第13話 小さな冒険
ラスタ少年と知り合って数日が過ぎた。
そんなある日の事、その日私はご機嫌だった。
ここ暫く続いた不調が、今日は割りと平気だったからだ。
気分よく目覚めた私は、久しぶりに秋津と散歩でもしようかと思っていた。
そんな時だった、ラスタ少年がやって来たのは。
「アウラー!」
そう叫びながら私の元に駆けてきた。
【ちっ、あのガキまた来やがったのか】
秋津が悪態をつくのを聞きながら私はラスタ少年に片手を上げて答えた。
「アウラ!アウラ!聞いてくれっ!」
なにかいい事でもあるのか、ひどくソワソワした様子で話すラスタ少年。
秋津の頭を撫でながら、私はラスタ少年の話に耳を傾けた。
こころなしか、秋津の機嫌が悪くなった気がするが気にしない。
「おれたち、今日は冒険に出るんだ!アウラも一緒に来いよっ!」
そんな風に言う彼は、確かにそれっぽい格好をしていた。
頭にヘルメットのようなものを被り、何処から持ち出したのかロープを担ぎ
丈夫で厚手の服を着ている。
露出の少ないその姿なら、派手に転んでも怪我はしないだろう。
そこまでして何処に行くのかと、興味をそそられた私は
彼らの集合場所に、同行することにした。
むろん秋津も渋々だが付いて来た。
その場に居たのは、男女合わせて五人の少年少女だった。
十二歳くらいの少年を先頭に、九歳くらいの少年と少女、
七歳くらいの少年に、五歳くらいの女の子だ。
そこに遅れてやってきた、私とラスタが加わる。
「遅いぞ!」
といって出迎えたのは、十二歳くらいだろう少年だった。
彼が最年長のリーダー格のようだ。
この冒険も彼が言い出した事のようだった。
彼は私に怪訝そうな表情を向け
「誰だ?こいつ」
といってきた。
ラスタ少年は、何故か胸を張り
「アウラだよ!」
と言って私を示した。
「アウラ?」
「そう!アウラ!!」
なぜか偉そうにそう返すラスタ少年。
「こいつが?あの竜殺しの?」
・・・・・・・いやいやいや殺してないし、どんだけ話がかわってんの!?
てか私の真後ろに居るのに、件の竜。
大型犬にしか見えないかもしれないけど、
背中に羽があるし、耳の後ろに角だってあるのに・・・。
なのに・・・、大型犬にしか見えねぇー。
うん、秋津だし、まいっか。
年長の少年は、私をマジマジと見つめた後
「あんま、強そうには見えないぞ!こいつ!」
とのたまった。
「アウラは凄いんだ!見てくれよこいつっ!」
ラスタ少年はそう言うと、私の背後で大人しくしていた秋津を指差す。
「 ! すげえっ!ほんとに幽鬼狼を連れてるのかっ!」
嬉しそうに秋津に駆け寄り・・・・・そして、
「アーーーー!」
・・・・・秋津の牙の洗礼を受けたのだった。
まぁ、そんな事があった訳だが
なんとか落ち着いた後、私は彼らを紹介された。
年長の少年は彼らのリーダーで名をクルーノ・ヘイズ十二歳。
九歳くらいの少年がガラム・トノベ九歳、女の子の方がリリー・クレイノ九歳。
七歳くらいの少年がバートン・ウイル七歳、
五歳くらいの女の子がウーナ・バークス五歳とのこと。
ウーナって確かラスタ少年の妹の名前だったはず。
そう思ってよく見ると、たしかにラスタ少年と同じ黒髪黒目の少女だった。
もう退院していたようだ。
なんだか私を見る眼が険しい気がするが、見なかった事にしよう。
うん、私はなにも見なかった。
ウーナ嬢がラスタ少年にベッタリだとか、私を見る眼に敵意があるとか
そんなもろもろを見なかった事にした。
さて不都合なものは見なかった事にして、クルーノ少年の話を聞こう。
クルーノ少年は皆の前に立ち高らかに言う。
「さてと、いいかお前ら!今回の目的はこいつだっ!」
そう言って彼が取り出したものは、子供の掌サイズの石ころだった。
「なにこれ?石ころ?」
クルーノ少年の掌の上の石ころを覗き込んだラスタ少年が、ぼそっともらした。
「ちがう!いいか、これは晶石だ!」
「晶石?」
「晶石ってなに?」
「あれだろ、この前日曜学校で言ってた」
「知らなーい」
「ちっ、とっとと話せよ脳筋」
「・・・・・・」
ラスタ、リリー、ガラム、バートンと口々に言う。
最後は聞かなかった、うん、聞かなかった。
「アウラ、晶石って知ってる?」
ラスタ少年が聞いてきたので、私は教わった事を教えることにした。
「晶石、燃料、元」
「燃料の元?」
「そうだ!アウラは物知りだな!」
私の言葉をラスタが復唱し、それを聞きつけたクルーノ少年が私を褒めた。
「晶石はな、魔導器の燃料になるんだ」
クルーノ少年がラスタ少年に説明する。
クルーノ少年が言うとおり、晶石は魔導器を動かす燃料になる。
魔導器とは滅んだガハラバードの技術で、
術核と呼ばれる器に刻まれた術式を、
晶石を加工して作った燃料によって発動させる機械の事だ。
晶石は微量に魔力を含んでいるため、これを加工して燃料代わり利用する。
一般的な利用法は、冷暖房や、調理などに使われる。
刻む術式によって様々な利用法があるのだ。
メリットとしては、なんと言っても魔術師なしで魔術が発動することだろう。
デメリットとしては、常に燃料となる晶石が必要だと言う事か。
こと魔導技術において、ガハラバードは他国を圧倒していた。
しかし、その力に過信し滅んだとも言える。
とまあ、その辺の話はこのくらいにして、晶石の話に戻ろう。
晶石は燃料になる、つまり晶石はお金になるのだ。
駆け出しの冒険者が、日銭を稼ぐために採取に出かけるほどである。
つまり・・・・。
「いいかっ!こいつを集めれば換金してもらえるんだぞ!」
と、こうなる訳だ。
「しかも俺はこいつが沢山ある場所を知っているんだ!」
おぉーという声に気を良くしたのか、クルーノ少年は鼻の穴を広げ
「今日の冒険はこいつの採取だ!いいか、離れないように付いて来いよ!」
そういって、先頭に立って歩き出したのだ。
私達は、その後ろを少し遅れて付いていった。
クルーノ少年は狭い路地を行く。
まるで隠れるように・・・。
「ねぇ、クルーノ」
「なんだよ?」
ラスタの問いかけに、クルーノが面倒そうに答える。
「まさか町の外に出る気?」
クルーノの進行方向は町の外に向かっていた。
「当たり前だ、外にしか晶石はないんだぞ?」
「でも、まずいよ 子供だけで外に出ちゃ行けないって父ちゃんが言ってた」
ラスタの言葉に鼻で笑ってクルーノは
「来たくなかったら、来なくてもいいんだぜ」
と言い捨てて、スタスタ歩いて言ってしまう。
「ま、待ってよ!行かないなんて言ってないだろっ!」
ラスタや他の少年達は、そのままクルーノの後を追う。
「これだから脳筋は・・・兄さんの忠告を無視するなんて・・・」
私の背後でブツブツいってる声がする、私もリリーも聞こえないふり。
リリーは若干青ざめている気がするが、そのまま急ぎ足でクルーノ達を追っていった。
彼らだけで行かせる訳にも行かないか。
そう思い、私も後に続こうとするが秋津によって阻まれる。
私の服の裾に噛み付き、私を引き止める。
【なにか嫌な予感がする、行くのは止そうぜ】
「無理」
そういう訳にもいかないだろう。
彼らだけより、魔法を使える私が居たほうが良いに決まっている。
【どうせガキ共は外に出られないさ
出入り口は見張りがいるんだ、おいそれと出られる訳が無い】
だから止めようと秋津は言う。
でも万が一、外に出られたら?
彼らだけで行かせる訳には行かないだろう。
私の意志が変わらないと知ると、秋津は嘆息して私の後に続いた。
「行くの?」
声に振り向く。
ウーナ嬢がなんの感情も抱かない透明な瞳で私を見据えていた。
「ん」
答えを返す。
「そう、私は待ってるわ。付いて行っても足手纏いになるだけだし」
それに病み上がりだしねと彼女は行った。
どうでもいいが、この子は本当に五歳児だろうか?
あまりにも大人び過ぎている。
「私のこと気にしてていいの?みんな行っちゃうよ?」
慌てて振り向くと、彼らは随分先に行ってしまったようだ。
私も急いで追いかけよう。
走り出し、ふと何気なく振り向いた。
ウーナ嬢はその透明な瞳で私達を見送っていた。
走る私に秋津が追従する。
今は彼女の事を考えても仕方あるまい。
気にはなるが、それは後でもいいだろうと自分に言い聞かせる。
だが、再び気になって振り返ったとき、彼女の姿はもう何処にも見えなかった。
モルガナの町には北と南に出入り口が存在する。
日中はその堅牢な門は開け放たれ、多くの人が出入りする。
旅人、商人、冒険者。
沢山の人が通る分警戒もそれなりに厳重だ。
朝、昼、晩の三交代制で門番が入れ替わる。
基本四人一組で門番が立つ。
この出入り口を見つかることなく抜けられるのか?
私の疑問にクルーノが答えた。
彼は出入り口から死角になっている茂みに身を隠しつつ、防壁の下の辺りを手探りで探っている。
「たしかに出入り口の警備は厳重だ、でも警備されてるのは出入り口と町中だけで
防壁は案外緩いんだ」
「壁?」
まさかこの壁を登る気か?
ふとラスタ少年と目が合う。
それと彼の担いだロープに目が行く。
私に見られているのに気づいたラスタ少年は、私の視線の先に気づき
ふるふると首を横に振った。
どうやら違うらしい。
「おっ、ここだここだ」
そういってクルーノ少年は、防壁の一部を取り外す。
「へへ、前に見つけたんだ、ここが崩れて穴が開いてたのを」
開いた穴は子供一人くらいなら通り抜ける事が出来そうな小さなものだった。
これを見つけた時、別の岩でばれない様に隠し偽装したのだろう。
だが子供である私達には十分な大きさと言える。
「この時間帯は防壁の上の警備は交代時間だから居ないんだ。早く通り抜けよう」
随分詳しいな。
私の疑問気づいたのか、気を利かせたのか、ラスタ少年が私の耳元で小声で囁く。
「クルーノの父ちゃんは警備隊員なんだ、だからシフトとか配置図を盗み見したんだと思う」
なんとも用意周到な事だ。
「通り抜けたらどおすんのさ」
さっきまで黙っていたガラム少年が口を開く。
「すぐそこに林があるだろ?あそこに隠れて全員揃うのを待ってくれ」
穴の向こうを指差してクルーノが指示をだす。
「うん」「わかった」
頷きく彼らを見ながら、自分の番が来るのを待っていたら
服の裾を引っ張られた。
また秋津かと振り返れば、不安そうなリリーの顔があった。
「あのね、私・・・やっぱり待ってる。怖いし、ウーナ一人ぼっちにしちゃうから」
ごめんね、といって彼女は踵を返す。
「あっ!リリー!何処行くんだよ?」
かかる声に振り返り、手を振りながら去っていった。
「ちぇ、なんだよ意気地の無い」
ぶつぶつ文句を言い出したクルーノ少年をまぁまぁとガラム少年が宥めていた。
ほどなく私達は穴を抜け外に出た。
駆け足で林に隠れ、全員揃った所で目的地目指して出発したのだ。
目的地まではなんの問題もなく到着した。
町に程近い森の中に小さな泉がある。
そこに、小規模ながら晶石の鉱脈があるそうなのだ。
私達は深い森を進みながら、手に入れたお金の使い道について話したりした。
進む事、数刻後
そろそろ疲れが見え始めた一同は、ようやく目的地に到着した。
そこはなんとも神秘的な場所だった。
森の木陰から射す光が、泉の水に反射してキラキラ輝いていた。
薄暗い森の中に一粒の宝石があるようだった。
【ほう、これは美しいな】
秋津でさえ感嘆として息をつく。
しばしその光景に見入った後、私達は目的の晶石を求めて行動を開始した。
目的のものはすぐに見つかった。
泉に程近い岩肌に、晶石と思われる石ころが頭を出している。
私達は手分けして晶石厚集めに奔走した。
「そろそろ引き上げよう」
クルーノが声を上げる。
晶石は十分な量が確保出来ている。
後はこれを町まで持って帰るだけだ。
「そろそろ帰らないと夜になっちまう」
クルーノが空を見上げて太陽の位置を確認している。
つられて私も確認すると、空がほんのり夕焼け色だ。
たしかにそろそろ帰らねば、町につく頃には日が暮れてしまっているだろう。
いささか晶石集めに夢中になっていたらしい。
私達は慌てて帰り支度を始めた。
来た道を引き返しながら、今回の冒険は大成功だと口々に囁きあう。
私も少し楽しかった。
よくよく考えれば、こんな風に友人と共に遊ぶのは初めてだ。
表情が動くことは無いが、内心嬉しさを抱えて私達は森を行く。
そのときだ。
突然、鳥の声が聞こえなくなった。
さっきまで聞こえていた囀りが聞こえない。
真っ先に反応したのはクルーノだ。
「やばいっ!急げっ!急いで森を出るんだ!」
「く、クルーノ?なんなんだよ?」
ガラム少年が問いかける、こころなしかラスタやバートンも不安そうだ。
「魔物だっ!」
あまりにも簡潔すぎる説明だったがそれで十分だった。
私達は全速力で駆け出した。
「でも!森の外まで付いて来たらどーすんのさっ?」
駆けながらラスタが叫ぶ。
「安心しろっ!森の魔物は森から出ない!
縄張りからは出てこないんだ!親父が言ってた!」
警備隊員の言葉なら本当だろうと安心したのか、彼らの表情が少し明るくなる。
駆ける足を緩めることなくクルーノが私を見る。
「アウラはすごいな、全然動揺してない」
私の隣を走りながらクルーノが言う。
「平気そうに見えるかもしれないけどさ、俺だって怖いんだぞ。
なのにアウラは顔色ひとつ変えないんだな」
すげーよ、という言葉を聴いて、違うと言いたかった。
私だって恐怖は感じているのだ。
ただ表に出ないだけで。
だが私には魔法がある。
いざとなれば、私がみんなを守らなければ。
クルーノを見詰めながら、私はそう考えていた。
その時、私の後ろを走る秋津が叫ぶのを聞いた。
【危ない!アウラ!!】
秋津の声に私は反射的に視線を前方に戻した。
そして私は、私の前に迫り来る巨大な腕を見たのだ。
迫り来る腕を、私はただ見つめる事しか出来なかった。
クルーノをクノールと打ち間違えそうになる。
誰だ、こんな名前にしたのは・・・・・・・・私だ!
なんて考えて書いてます。
調子が良ければ、このまま14話をと行きたい所なんですが、
無理そうなら明日になるかもです。