第11話 友誼のはじまり?飼育のはじまり!
【くはぁ~、食った食った~♪】
私の目の前で、黒い小動物が丸くなったお腹を抱えて
だらしなく寝そべっている。
その様はまるで日曜日の中年親父・・・。
「・・・・・・親父くさ」
ぼそっと本音が漏れた・・・。
【親父ちゃうわっ!!】
小声のはずなのだが聞きつけて反論してくる。
ちっ、耳のいい奴め
あの後、彼は空腹を訴えて泣きついて来た。
耳にはキューキュー鳴き声が聞こえてくるのに
私の頭には
【頼むよー!ホント腹へって死にそうなんだ!なんでもいいから恵んでくれぇ~!!】
という言葉が響く。
それによくよく考えてみれば、彼の言葉は日本語だった。
さらに秋津 博則という名前。
まさかこんな異郷にあって、同郷の者と出会うとは。
縁とは、なんとも奇妙なものだ。
しかし、そうと解かれば見捨てる訳にも行くまい。
せっかく出会えた同胞なのだ。
仕方なく、私は教会に引き返すことにした。
昼の残りがあるだろう、と思ったのだ。
秋津に動かないように言い含め、私は来た道を戻る。
教会の食堂から適当に食べ物を持ち出すと、急いで秋津の元に戻った。
「食え」
戻った私は秋津に残飯を与える。
秋津は目の色を変えて
【飯っ!五日ぶりの飯っ!!】
残飯に飛びついた。
そこまで空腹だったのかと、不憫に思った。
さすがに残飯だけでは可哀想かと思った私は
密かにくすねて来た果物を秋津に与える。
秋津は残飯を瞬く間に平らげ
私が与えた果物を美味そうに丸齧りした。
そして冒頭に戻る。
【いやー、しかしホント助かったぜ!ありがとよっ!娘っこ!】
そう礼を言ってきた。
先ほどは小娘扱いしたくせに、なんとも現金な奴だ。
「小娘、言った」
そして例の如く、私の口は私の意思に反して言葉を発する。
【なんだよぉ、根に持ってるのか?心の狭い奴だなぁ】
「別に・・・」
うん、別にその事はなんとも思ってないが。
【悪かったよ、まさか話の通じる奴がいるなんて思わなかったんだ】
ん?そういえば、さっきも言葉が解かるのかうんぬん言ってたな?どゆこと?
「なぜ?」
【あん?】
「言葉」
【むぅ、俺にはお前がなにを言いたいのか解かんねぇ】
ダメか、ネーナさんやルシフ神父なら解かってくれるのだが
万人に理解を得ようというのが間違いか。
さてどうしたものか。
思案していると、秋津は私を見上げながら言った。
【言葉・・・か、どういう訳かお前は俺の言葉が理解でき、俺はお前の言葉なら理解できる】
なに?
【ここにたどり着くまでに人間を見かける事はあったさ・・・、
人間を見つけて嬉しくなって近づいたけど、奴らがなにを話しているのか解からかった。
そのくせ、近づくと襲ってきやがる】
もう必死で逃げたさと彼は言った。
彼はどんな気持ちで彷徨ったのだろう。
【なぁ娘っこ、アウラつったか?なんでお前は俺の言葉が理解できる?
なんでお前は“日本語”を話せるんだ?】
そうなのだ、どうも私は彼に話しかける時だけ、日本語で話してをしていたらしいのだ。
【お前は日本人を知っているのか? 会った事があるのか?】
なんとなく彼の気持ちが理解できた。
ならば期待を持たせるような事は酷だろう。
だから私は
「ない」
【なに?】
「日本人、いない」
【じゃあ、なんでお前・・・】
「同じ・・・」
【は?】
「秋津、同じ、私・・・」
しっかりと言ってやらねばなるまい。
もう還れないと
「私、同じ、転生」
【お前・・・・じゃあお前も】
「ん」
【ははっ、やっぱそうなのかよ・・・・】
「・・・・」
【薄々解ってたんだ。俺ぁもう死んでんだって・・・・、でも理解したくなかった】
悲痛そうな声で彼は搾り出すように言葉を吐き出した。
【なぁ、俺の話、聞いてくれるか?】
迷子の子供のような、どこか途方にくれた様子で彼は私に言った。
それで少しでも気が晴れるのならと私は頷いた。
「ん」
そうして彼はぽつりぽつりと語り出した。
side 秋津
俺の名は秋津 博則
歳は27、ごく普通の会社員だった。
自分で言うのもなんだが、容姿はいたって平凡
何処にでもいる日本人だった。
趣味はゲームに読書、日々の日課にランニングを欠かさない、ただそれだけの男だった。
俺の日々はいたって単調だ。
朝起きて飯を食い、顔を洗って出勤する。
定時まで働いて残業は基本お断り。
電車に揺られて家に帰り、ネット巡回したあとゲームをやって寝る。
それの繰り返しの日々だった。
平々凡々の日本人、それが俺、秋津 博則だ。
そんな平凡な毎日が、ずっと続くことを信じて疑わなかった。
あの日もそうだ。
いつものように家を出て会社に出勤した。
定時にとっとと帰ろうとして上司に愚痴を言われたっけ・・・。
いつもの駅のいつものホームで、俺は何時も通りに電車を待っていた。
電車が来た、その時、俺の身体に衝撃が走り気づけばホームに落ちていた。
誰かに突き飛ばされた、そう思う前に目の前が真っ白になった。
電車のライトが俺の視界を真っ白に染め上げていた。
気づけば俺は深い森の中にいた。
あたりには誰もいないし何も無い、森の木々以外は・・・。
ふと自分の身体の異変に気づく・・・。
まるで動物のような毛皮に覆われた身体、指は五本あるが明らかに人のモノではない。
尻尾まであるのに気づいたときは卒倒しかけた。
まるで犬のような身体。
それに小さい、子犬のようなサイズだ。
俺の身に一体何が起こったのか?
半幅パニックになった俺は我武者羅に走り出した。
一人でいたくない、だれか人はいないのか・・・。
無我夢中で走り抜けて道に迷った。
もともと深い森の中だ、道らしい道などない。
もはや方角すら解らなくなっていた。
それでも歩みは止められなかった。
三日彷徨ってようやく森を出た。
三日間飲まず食わずでも、疲労度はさほど高くない。
空腹を感じていない訳ではないが、この身は普通より頑強らしい。
四日目になって遠くで人影を発見した。
人間だ! 喜びのあまり駆け出した。
自分の身の事も忘れて。
人間は複数人の集団だった。
荷車に荷物を沢山積んで、武装した数人に囲まれて歩いていた。
武装した人間に警戒心を刺激されたが、今の俺にはそんなもの足止めにすらならなかった。
【おぉーーい!まってくれぇぇ!!】
俺は彼らに追いつこうと呼びかけた。
「■■■■!■■■■■■!!」
突然、先頭の男が訳のわからない言葉で声を発し、俺を指差した。
いやな予感がした俺は慌てて向きをかえた。
とすっと音がして、今まで俺がいた場所に矢が突き刺さっていた。
殺される!
そう感じた俺は彼らの進行方向とは逆方向に走り出した。
しばらくの間、俺を追う気配を背後に感じていたが
追いつけないと諦めたのか、気配は次第に消えた。
だが死の恐怖に突き動かされた俺は、無我夢中で逃げ続けた。
五日目、疲労と空腹が限界に近かった。
そんな時だ。
町を発見したのは・・・。
遠めに見る町は、高い防壁に囲まれていた。
唯一の出入り口には警備の人間が立っている。
昨日接触した者達の事を考えると、迂闊に近寄ることも出来なかった。
それにどうも彼らは、俺の言葉を理解できないらしい。
そもそも、この身体に言葉を発することが出来るのかと
俺は今更になって、そんな事に気がついた。
町がある、だが入れない。
この向こうには人が暮らし、食べ物だってあるだろう。
人恋しさと空腹の誘惑には逆らえず、なんとか町中に入れないものかと思案する。
町を囲む防壁を見て回った。
すると、壁の一部が劣化してか小さな亀裂が所々入っている箇所に気づいた。
しかも向こう側は林のようだ。
うまくすれば気づかれずに町に入れるかもしれない。
俺は覚悟を決めた。
亀裂の隙間に爪を立て、よじ登る。
一足一足、慎重に登る。
とうとう頂点に到達した俺は、すぐさま林の中に飛び込んだ。
ここまで来て見回りの兵に、捕まるわけにはいかなかった。
しかし、無理に無理を重ねたせいか、俺は林の中ほどで意識を手放してしまったのだ。
そして俺は彼女に出会った。
side アウラ
【と、まぁ そうしてお前さんに出会った訳よ】
話の途中から気分が乗ってきたのか、先ほどまでの沈んだ様子が消えていた。
どうやら少しは気分が晴れたらしい。
【結局、あの時ホームに落ちて俺は死んだんだろうなぁ】
どこかのんびりと呟いた。
さっきまでの悲壮さは何処にいった?
「悲しい?」
【悲しくないっつたら嘘になるが、いつまでもクヨクヨしてもはじまらねぇよ】
彼は随分とポジティブなようだ。
【事故だったにせよ、故意だったにせよ、死んじまったもんはしょうがねぇ】
彼はカラカラ笑うと
【幸い今の俺には理解者が現れてくれたしな】
は?
【同郷の誼だ!これからよろしく頼むぜ相棒!!】
ちょっとまて、そんな話は聞いてない!
こちらとて教会に養ってもらっている身なのだ!
動物など飼えるかっ!
「ま、」
【まさか見捨てたりしないよな?】
「!」
【お前に会うまで俺ぁはずっと悩んでた、日本人としての俺は実は夢だったんじゃねぇかと】
彼はパタパタ尻尾を振りながら
【たった数日前のことなのに夢の中の話なたいに現実感がなかった、
対してこっちは感覚を伴う実感がある】
【まるで獣の俺が人間になってる夢を見ていたような錯覚に襲われた。
日本など本当はなくて、日本人の俺など最初からいない、
そう考えると怖くてしょうがなかった】
彼は私を見据えて
【だが娘っこ、お前の存在が俺を肯定してくれた。だからいいや、あの俺は確かにいた。
それが解っただけでいい。それだけで俺はこれからの生を生きていける】
やれやれ、彼はどうやら相当にポジティブな性格のようだ。
一度関わってしまった手前、このまま見捨てるのも後味が悪いし・・・。
まぁ、しようがないよね?
私は彼の前に屈むと右手出して
「よろしく」
そう言った。
彼は一瞬、キョトンとしたが、すぐにニヤっと笑って
【こちらこそよろしくな!相棒!!】
そう言って私の右手を掴んだのだ。
しかし問題もある、彼の住処をどうするかだ。
とりあえずこの林に創造魔法で小屋でも建ててみるか・・・・。
教会の人たちに始めて隠し事をする。
動物を隠れて飼う子供の気持ちとは、こういうものだろうかとつらつら考えていた。
しかしこの数日後、あっさりバレる事になる。
後に彼は無害である事が証明され、正式に教会に引き取られる事になった。
・・・・・・・・・むろん、飼育係りは私である。