「お前を愛する事はない」と言った旦那様は誰にも愛されてなかった
「お前を愛する事はない」
今日結婚した旦那様の、戸惑う私を見下す目。その後ろに立つ執事とハウスキーパーの嬉しそうな目。
それらを見ていると、涙なんか引っ込んでしまった。
無言の私を寝室に残して、旦那様たちは出て行った。
元々、歓迎されるとは思っていなかった。
長年戦争をしていた二国が和平を結ぶため、伯爵家の娘の私ティティーナが敵国だった国のアルトワ公爵に嫁ぐという完全な政略結婚。
ちなみに、年齢の合う王女と侯爵令嬢が嫁ぐのを泣いて嫌がったので、私にお鉢が回ってしまった。
それでも、迎え入れてくれたアルトワ公爵家の人たちは優しかった。
もうじき息子に爵位を譲って隠居するという義両親は、一人で来た私に細かく気を使ってくれて、その息子であり私の旦那様となる男性も親切で、もしかしたら幸せになれるのではと夢を見た。
でも、それは盛大だが参列者が冷たい目の結婚式までだった。
義両親が旦那様に爵位を譲渡し領地に引っ込むと、旦那様は本性を現した。
私との結婚は、爵位を得るためだったのだ。
使用人も次々と入れ替えられ、有能な老執事は旦那様の取り巻きに替えられ、気配りのハウスキーパーは旦那様の愛人のステラに。その他の人も変わり、私は知らない人の中に置かれる事になった。
旦那様も黙認なので皆が私への嫌がらせを楽しみ、監視がついて敷地から出られない私には逃げる事も匿ってくれる友人もいない。その間に、私が我儘とか浪費家とか噂だけは流され、年に一度の王家主催の夜会だけは着飾られて連れていかれて皆に白い目で見られるのが私の役目だった。
「残念ながら……、あなたの寿命はあと三か月から半年という所です」
そんな生活も二年目、突然終わりが来たのを告げられた。
昨夜の夜会で気を失った私にさすがに医者を呼んでくれたのだが、まさか不治の病を宣告されるとは思わなかった。
中年の医者は、丁寧に説明してくれた。
「心石病、という病です。心臓がやがて石のように動かなくなります」
「聞いた事はあります」
「心臓の動きと共に他の器官も動きが鈍くなり、昨日のように突然気を失う事があります。段々とその頻度が高くなり、やがて起きる事なく心臓が止まります」
「そうなんですね……」
「まだお若いティティーナ様に、残念な事です」
「先月、十九歳になりました」
誰も覚えていない誕生日。惨めだったけど、あれが人生最後の誕生日だったなんて。
「大切なのは、栄養と休養です。詳しい説明を診断書に書いて、公爵にお渡しいたします。どうぞお大事になさってください」
「ありがとうございます」
敵国の人間にも優しい、心からの言葉だった。
……でも、夕食はいつも通りだった。
私は私の皿の上の魚の腐った臭いに鼻をつまむのを我慢し、向いの席では旦那様とステラが楽しそうにいちゃついている。心石病と聞いたとは思えない。
その後ろに控えている執事。
こいつは無能だ。家の事より旦那様の機嫌を損ねない事を考えている。
きっと、医者が渡した診断書を握り潰したのだろう。
「ねえ、旦那様」
久しぶりに声を掛けた私に、旦那様とステラが目線を向ける。
「離縁しましょう!」
「はっ」
鼻で笑われた。
「じゃあ、別居しましょう。屋敷の裏の森に、森番小屋がありますよね!」
「そんな所で生活できるか。今は夏だからまだしも、冬はどうする気だ」
「やだ、元々私の部屋の暖炉に火が入った事なんて無いですよ。あ、でも食材はくださいね。じゃ、そういう事で!」
「勝手にしろ。そうだ、ステラに子が出来た。無事に生まれたらお前など用済みだ」
「まあ! おめでとうございます!!」
心から喜ぶ私に、二人は気味の悪いものを見る目になる。
二年ぶりにスッキリとして食堂を出た。
ステラが子供を産む時、私はもうこの世にいない。あの人たちは、誰が産んだ事にするのだろうか。
翌朝、誰にも見送られず森番小屋へ引っ越した。荷物は、数着の着古した肌着とワンピースをカバン代わりに擦り切れそうなシーツに包んだ物だけ。
森番小屋に着き、埃まみれのドアを開けようとすると、足元に干からびた人参と芽のでたジャガイモとやせ細った大根の載ったザルを見つけた。
「これが『食材』?」
あの人たちがやりそうな事だ。でも、ジャガイモの芽って、毒があるんじゃなかったっけ。
「芽を取って食べればいいか」
と、思ったのだけど、台所に包丁が無い。薪割り場にはナタが無い。
刃物は取り払われたようだ。まあ仕方ない。
半日、井戸で水を汲んでは家の中を拭きまくっているうちに日が傾いてきた。
「夕飯はこの人参にしましょう。人参の丸茹で!」
お鍋に水と人参を入れて、竈門で茹でる。
竈門から黒い煙が出たり、沸騰したお湯がはねたり、大騒ぎしながら茹で上がった人参をお皿に載せると、何とも言えない達成感があった。
フォークとスプーンで食す。
ああ、人参ってこんな味だったのね。久しぶりに味を感じるわ。旦那様や使用人たちに睨みつけられずに食べられるって、それだけで美味しい……。
「でも、塩は欲しいわね。バター……は贅沢かしら。明日の朝食はジャガイモにしましょうっと!」
などと喜んで皿洗いしている私を、監視している者が旦那様に報告するのは想定内だった。
翌日、私は森の奥に分け入った。
森の奥には川が流れていると聞いた事がある。
草をかき分け、道なき道を踏みしめてゆく私がヘトヘトになった頃、やっと水音が聞こえた。川だ!
目の前に広がる川は、想像よりも綺麗で深くて広くて、私はワンピースを脱ぎ捨てて肌着になるとザブザブと川の中に突き進んだ。
と、思ったら誰かに抱き抱えられて川岸に引き戻された。
「なっ、何?」
川岸に座り込んで何事が起こったのかとキョロキョロ見回すと、後ろでずぶ濡れになった旦那様が息を切らしていた。
「旦那様? どうしたんですか」
「どっ、どうしたって、君が川に飛び込むからっ」
「えっと、水浴びしたかったんですが」
「水浴び……。君がいきなり小屋を出て森の奥に入って行ったと報告されたのだが、水……?」
「はい。あの小屋埃が凄くって」
はあぁー、と、わざとらしく息を吐く旦那様。この癖が私は大嫌いだ。
「それなら本邸に来て湯を沸かしてもらえ!」
「無理です。私、二年間一度もお湯を沸かしてもらった事がありません」
「は?」
「私のためにお湯を沸かす必要は無い、と旦那様が言ったと聞きました」
そんな事言ったかな? 言ったかも、という顔の旦那様。
「二年間水で体を洗ってましたから、川の水浴びで十分です。分かったら帰ってもらえますか? 女性のあられも無い姿を見るものではありませんわ」
「しっ、失礼した!」
私が濡れた肌着姿だと気づいた旦那様が後ろを向く。
もう一度ゆっくりと川に入る。
チラチラと後ろを見て、私が胸まで水に入ったのを確認した旦那様がゆっくりと去ろうとしたので、慌てて声を掛けた。
「旦那様、塩をありがとうございました」
今朝届けられたしなびた野菜には、塩が添えられていた。
「いや、何なら本邸から毎回食事を運んでもいいのだが」
「は? あの、本気で言ってますか?」
「当然だ」
何を言ってるんだろう、この人。
「えっと、つまり、生煮えだったり、塩漬けみたいにしょっぱかったり、イモ虫が煮込んであったり、ステーキに添えられたナイフとフォークの先が切れないように丸くなってたりする、食べたくても食べられない食事を、わざわざ作ってわざわざ運んでくれるという事ですか?」
うわー、超余計なお世話。
旦那様は、思わず振り返ろうとして状況を思い出してやめた。
「あのぉ、もらえるなら、食事よりナイフをもらえませんか。森の中を歩くと身体中傷だらけで」
腕や足は、草の葉や灌木の枝で傷だらけだ。ナイフがあれば伐採しながら歩けるんだけどなぁ。
旦那様は黙って帰って行った。
やっぱり刃物は無理か。
ところが翌日、旦那様がナイフを持って来た。
「わあ……綺麗」
柄に細かい彫刻をされた細身のナイフがヌメ革のケースに入っている。
しげしげと眺めた後、ケースから出そうとして苦労していると
「これを外すんだ」
と、旦那様がストッパーを外してくれた。
喜んで近くの腰くらいまで伸びた草に「えい、えいっ!」と切りつけるが、草は右へ左へ揺れるだけ。
「あれえ?」
笑って見ていた旦那様が、ナイフを取って「こうするんだ」とやると、スパッと草が切れた。
「すごい! すごいです旦那様!」
その後、旦那様はナイフの握り方や切り方を教えてくれた
翌日、届いた野菜はしなびていなかった。
お昼にまた旦那様がやって来て、高い部分の掃除を手伝ってくれた。
「わあ、助かります! 旦那様、あそこにも蜘蛛の巣が!」
ご機嫌な旦那様が小屋に通うのが数日続いたある日、庭の草むしりをしていると屋敷の若い下男が二人やって来た。
「ティティーナ様ぁ。遊びましょう」
「一緒にいい事をしましょう」
と、ニヤニヤと近づいて来る。
身構えている私の腕を引っ張ると、男の腕の中に抱き込む。
腕の中からぬけだそうともがいていると、やって来た旦那様と目があった。
はあぁー、と、わざとらしく息を吐く旦那様。そのまま踵を返して去って行く。
下男たちも笑いながら帰って行った。
「なるほど、ステラが仕組んだわね」
その夜、近づいて来る草を踏む二人分の足音に目を醒ました。
ベッドから身を起こして耳を澄ますと、真っ直ぐにこの小屋に向かっている。
枕の下に置いておいたナイフを手に取った時、ドアが勢い良く叩かれた。
いつまでも続くドアを叩く音に、ナイフを手にゆっくりとドアへ向かう。
心張り棒を外し、ドアを開けると、カンテラに照らされた昼間の下男たちの下卑た笑顔。
私も彼らに笑いかけると、一人の左腕にナイフを突き刺した。
いきなり腕に生えたナイフに二人が硬直している。
思ったより深く刺さって、私は頑張って男の腕からナイフを引き抜いた。血が吹き出したがどうでもいい。
「腕が! 血がっ!」と騒いでいる男の右足の太腿にナイフを刺して、また引き抜く。今度はスムーズに行った。
男は騒ぐのをやめて、信じられない物を見る目になった。
「てめえ! 何て事を!」
もう一人の男が手を伸ばして来たので、その腕を切る。
私のためらいの無い動きに、男はカンテラを持って逃げ出した。その後を、足を刺された男が足を引き摺りながら追って行く。
間も無く公爵家の騎士たちが小屋を取り囲み、私は王宮の貴族牢に収監された。
五日後、王宮の大裁判室で私は貴族裁判にかけられた。
控室まで案内してくれた係員が大裁判室を説明してくれる。
「こちらの小さい扉が大裁判室に入る扉です」
「何か向こうは賑やかですね」
「傍聴席が百席ほどあります。貴族裁判を傍聴できるのは、希望を出した貴族のみです。普段は半分も埋まらないのですが、今回は希望者が殺到しました」
「はは……」
「間もなく、五人の判定員と進行役の王太子殿下がご入場されます。その後、こちらのドアからティティーナ様、反対のドアからアルトワ公爵と執事、ハウスキーパー、今回被害にあったお二人が入ります。向かい合って椅子とテーブルがありますので、そこにお座りください」
「まーたあいつらの顔を見るのか……」
「なお、それぞれの後ろに記録官が控えています。不用意な発言にご注意を」
「はい!」
「最後に、奥のドアより国王陛下夫妻がご入場されます。普段はいらっしゃらないのですが、今回は公爵夫人の事件という事で臨席賜わります」
「わあ、おおごとだ」
そんな事を言っていると、隣の部屋が静まり返った。
「王太子殿下と判定員のご入場です」
あんなに賑やかだったのに、数人の足音しか聞こえない。
椅子をガタガタ動かす音がして、それも静かになった時、「カラン!」と鐘の音がした。
「ティティーナ様、ご入場です」
係員がさっとドアを開ける。
私は会場中の人たちの視線を感じつつ、堂々と自分の席へ歩いた。
席まで来て、王太子と判定員たちに一礼して座る。
お向かいの席では、公爵たち五人が席順をどうするか揉めていた。
結局、家の爵位順となって、公爵が上座、被害者の二人は一番下座になった。いいのかな。まあ、私も正解なんて知らないけど。
座った五人が私を見て驚いている。
だよね。私が着ているのはあの夜の血の付いたボロ布のようなワンピース。あなたたちが言いふらした「贅沢好きな我儘女」には見えない。
何で、着替えを持って行こうって誰も思いつかなかったのかな。
そして国王陛下夫妻がご入場して、裁判が始まった。
王太子が進行する。
「まずは、被害者による状況の説明を」
「はっ、はい!」
大袈裟に包帯を巻いている二人が立ち上がった。
「俺、私たちは公爵夫人の部屋をノックしただけです。何もしてないのに、出て来た公爵夫人にナイフで刺されました」
もう一人も必死に頷いている。
「では、公爵夫人の見解を」
「はい」
立ち上がる私に集まる視線は冷たい。
「私の住んでいるのは森番の小屋です。ランプどころかロウソクすらない真っ暗な森の中の小屋に、深夜にわざわざやって来る用事とは何だったのでしょう? 私は不審者から身を守っただけです」
傍聴人がざわめく。
「被害者たち。用事は何だったのだ」
「え?」
「その……」
「奥様は男遊びがお好きなのです! 夜毎に男たちを連れ込んでいました!」
口ごもった男たちに代わってステラが断言した。うん、鋼鉄の神経してるね!
「そうです。私も奥様が男たちを部屋に連れ込むのを何度も見ています」
慌てて執事も口を合わせる。
王太子は冷静に進行する。
「それでは、ここで医者の所見を」
判定員の横に座っていた医者が立ち上がる。
「今回の被害者は男性二名。傷は三箇所です。いずれも全治一か月から二か月の重傷」
旦那様たちが勝ち誇った顔になる。
「しかし、傷の場所は腕と足のみ。これは、命を奪うと言うより、相手の動きを止める目的と思われます」
残念でした、旦那様。
「そして、ティティーナ夫人の所見です」
ステラと執事に「しまった!」という表情がよぎる。何故私の身体を検査しないと思ったんだ。
医者が断言する。
「ティティーナ夫人は純潔です」
会場が騒めく。
「そして、肌、髪、爪、口の中の状態から長期に渡る栄養失調と貧血と診断いたします」
以上です、と言って医者が着席する。
「アルトワ公爵。これはどう言う事かな。奥方は夜毎に男遊びをしていたのではないのか?」
王太子の追求に、今真実を知ったばかりの旦那様はしどろもどろだ。
「し、執事たちが勘違いをしたようで」
「随分と無能を雇っているな!」
ピシャリと言い渡された。
「それはそれとして、何故公爵と結婚したティティーナ夫人が純潔なのだ?」
王太子は追求を緩めない。皆も興味津々だ。
さて、何て言いますか? 旦那様。
「そ、その……。私の体調が……」
不能説来た!
王命に逆らった事より、男の恥を取った!
「なるほど。それでは何故そこにいる公爵の愛人は妊娠しているのだ?」
あっさりと嘘がバレる。はい、私がステラの妊娠を教えてあげました! 王太子、裏を取りました!
「そもそも、なぜ公爵夫人が森番小屋に住んでいるのだ」
「……本人の希望で」
うん、本当だけど誰も信じてないね!
「公爵夫人、このように言っているが」
「はい。私の希望です」
肯定されて公爵が驚いている。失礼ね。
「公爵家では、食事が腐っていたり、真っ黒コゲだったり、イモムシが煮込んであったり、心休まる場ではありませんでしたから」
私の痩せた身体が本当だと皆に告げている。
「顔や身体を洗うのは、一年中冷たい水です。部屋は洗濯も掃除もされず、着る物は数着のワンピースだけ。冬になっても暖炉に火は入れられません。私が毛布にくるまって寒さに耐えるのを、この人たちは笑って見ていました」
っと、いけない。怒りを表に出さないようにしないと。冷静に。
「いえ、私の祖国への憎しみが簡単になくなる物では無いとわかっています。なので、二年耐えました。ですが、私は心石病で余命僅かとなり、これ以上公爵邸で冷遇されるのに耐えられなくなったのです」
冷笑を浮かべていた人たちが、さすがに表情を引き締めた。
「うっ、嘘だ! 心石病だなどとでまかせです! 同情されようとこいつはっ!」
必死に私の嘘を責める旦那様を、王太子が冷たい目で見ている。
当然だ。私の身体を検査された時に心石病の事も告げて、診察もしてもらった。以前診察した医者が、診断書を執事に渡した事も確認されている。
王太子の態度に、皆もどちらが正しいか察したようだ。
周りの冷たい目に気づいた旦那様が「まさか、嘘じゃないのか?」と気づいて沈黙したので、こっちが思いっきりぶちまける。
「私は、あと僅かな命なら最期に祖国に帰りたかった! 家族に一目でも会いたかった! 無理ならせめて、優しい言葉を掛けて欲しかった! でもこの人たちがくれたのは、森番小屋のみすぼらしい生活と男たちに襲わせる事でした! それがこの国のやり方なのですか!」
いけない、本気で泣けてきた。涙がボロボロ落ちてくる。二年間泣かなかったのに。
ハンカチを目に俯く私を見た傍聴人たちの風向きは、完全に同情に変わっていた。
王太子が口を開く。
「アルトワ公爵。君は我が国と友好国の両方の信頼を裏切った」
旦那様が目を見開くが、何も言えない。
「我々は、両国間の友好を築くためだとアルトワ公爵に確認して婚約を打診したはずだ。アルトワ公爵も、納得して受けたものと思っていた。それが、二年もティティーナ夫人を虐待し、愛人を侍らせ、使用人たちもそれに倣っていたとは……! これは、我が国の顔に泥を塗る行為と自覚しての事か?」
王太子の冷静な怒りに、旦那様の顔色が真っ白になる。
「念のために聞こう。今回、妻を襲わせたのは、愛人に子供が出来たから妻を追い出し、愛人を後妻に迎え入れたかったからか?」
旦那様は「違う!」と言っているけど、皆さんは「なるほど」と納得した顔だ。
旦那様が極悪人のように言われているのに、執事は「私が診断書を握り潰したので、旦那様は奥様の心石病を知らずに森番小屋へ行かせました」とは言わない。
ステラは、「自分が旦那様に『奥様が男遊びをしている』と教えました。男たちをけしかけたのも自分です」と言わない。
私を襲おうとした男たちも「ステラに誘われた」と言わない。
傍聴席にいる、先日の夜会で「君もこんな女と結婚させられて大変だね」と笑っていた旦那様の友人は、目が合った途端に顔を背けられた。
……旦那様、全然愛されていませんねー。
少し可哀想になったので、さりげなく旦那様に心石病を知らなかった事を言わせてあげようと思ったのだけど
「アルトワ公爵は我が国の恥だ」
と、王太子が告げた所で私の意識が途切れてしまった。
王宮の客間で私が目覚めたのは、三日後だった。
王太子が駆けつけて、
「目が醒めて良かった、良かった」
と何度も言われたので、私の病状はかなり進行しているのだろう。「栄養、休養」とはほど遠い生活たったものね。
王太子が教えてくれた。
一昨日、私が眠っている間に裁判の判定が下されたそうだ。
アルトワ公爵は爵位を剥奪された。公爵家はお取り潰し、財産と領地も没収。
ステラと執事と私を襲った男たちは処刑となる。今は牢でその時を待っている。
公爵邸の使用人たちは、冷遇したか、見て見ぬふりをしたかに関わらず、全員終身労働刑となった。昨日、判決と同時に有無を言わさず全員護送された。
おかげで収容所では「お前のせいだ!」と大ゲンカになっているそうだ。
裁判のために王都に来ていた先代のアルトワ公爵夫妻は、息子のしでかしにショックを受け、自分たちの財産も没収を申し出たが、今までの功績を鑑みてそれは免除された。
残された人生を、犯罪者を生んだ平民として生きる事になる。
そんな中、地位と財産こそ失ったが処罰は無いアルトワ元公爵。
着の身着のままで護衛も侍従も無く城から放り出されたアルトワ元公爵は、あっという間に平民たちに取り囲まれてなぶり殺されたそうだ。城の衛兵たちが駆けつける間も無く。
この城には、裁判の時だけ開かれる、関係者だけが通れる通称「囚人の門」があるそうだ。
きっと、アルトワ公爵の馬車に石でもぶつけてやろうと集まった人の所に本人が登場してしまったのだろうと王太子は言った。
「あの者は、自分が『公爵』の肩書きが無ければただの嫌われ者だと自覚していなかったからな」
自分の気まぐれで決める「中止」「廃止」「取りやめ」が、それで生活している者を苦しめるとは思ってもいなかったのだろう。
「実は、以前から報告は来ていたのだ。あの者は、口煩い年長者を遠ざけて友人の延長のような者ばかりに囲まれるようになって、すっかり無能になってしまったと。近々監査を入れる予定だったのだが……」
そんな無能だから、牢に入れずに放り出したのですね。腹黒いわー。
あの人の末路は、さぞかし他の貴族たちの教訓となって、襟を正した人が沢山いた事でしょう。
城は今、アルトワ公爵家の仕事をどう振り分けるかで大忙しだそうだ。
そして、アルトワ公爵邸に勤めていた貴族の令息令嬢の家から除籍届が次々と届いているらしい。やった事が事だけに家で庇えるものでは無いらしく、恩赦の嘆願より切り捨てる方を選んだようだ。
これからあの使用人たちは、今までの私のように孤立無縁で絶望の中で生きていくのだ。
「今回の事件は、国王から状況の説明と謝罪を君の祖国と伯爵家に早馬で届けた。君の家族が最速で君に会いに来れるよう便宜をはかるよう手配もした。もうじき会えるよ」
「ありがとうございます……」
家族に会える。
やっと、長い戦いが終わった気がした。
上手くいった……。
王太子が退出した後、王宮の豪華なベッドに横たわり、私は満足の笑顔を浮かべた。
あと半年の命と知った時、私はただでは死なないと誓った。
絶対にあいつらを破滅させて死んでやると。
私が旦那様から離れれば、逆に旦那様は私に興味を持つと思った。
旦那様が私に興味を持つ事を、ステラが良く思わないだろう事も。
まあ、そこから先は行き当たりばったりしかなかったけど。
予想通り、旦那様は森に住む私に興味を持った。私は全然恨んでなんていませんという顔で天真爛漫に旦那様を褒め称え、ますます旦那様の好意を引き出した。
ステラがどう出るかと思っていたら、下男を寄越した。だから、私も彼らを使わせてもらった。手足の一本や二本、喜んで提供してくれるよね?
わざと騒ぎにして、わざと裁判にした。
公衆の面前で、自分たちのしてきた事を認めざるを得ない状況を作るために。
ノックの音がして、水指を持った侍女が入ってきた。
「お疲れではありませんか? 何かお食べになります?」
私は身体を起こして水だけもらった。
「ご家族がこちらに向かってらっしゃるので、もう少しのご辛抱です」
その言葉に、水の入ったコップを握りしめる。
「……せめて、国内に嫁いでいれば、ひとりぼっちで死ななかったのにな」
侍女が涙ぐんで口を押さえ、部屋を出て行った。
ごめん。ひとりぼっちで死ぬ気は全く無い。
でも、あの侍女は駆けつけた家族にあの言葉を言うだろう。家族は聞いたその言葉を他の人に言うだろう。
聞いた人は、私にこの縁談を押し付けた人たちを見るたびに「この人の我儘のせいでティティーナが不幸な亡くなり方をした」と思うだろう。決して口には出さないけど、決して責めたりしないけど、きっと忘れない。
あの人たちには、「私に不幸な縁談を押し付けた人」の肩書を一生背負ってもらおう。
私は少しだけ軽くなった心を抱きしめる。
絶対に、私はひとりぼっちで死んだりしない。
そう思いつつ、深い眠りに沈んでいった。




