変人王女はくーるなえーあい令嬢になりたい
はやりのえーあい令嬢のお話。
誰がなんと言おうとえーあい令嬢のお話である。
セレスティーヌは魔導王国の第三王女だ。
魔導王国はその名の通り魔法技術がとても発達した国だ。魔法で動く馬のいらない車はもちろん、食料を保存するための魔導保存庫も広く使われている。部屋は魔導空調装置でいつでも快適。魔導通信具はもはや一家に一台当たり前だ。医療技術だって魔法医療が発達しているから幼い子供や赤ちゃんを産むお母さんが死んでしまう確率はかなり低い。
そう魔導王国はとっても先進的な素晴らしい国なのだ。
そんな国の王家に産まれたセレスティーヌは、末の娘と言うこともあり大切に育てられた。両親の国王夫妻も上の兄姉たちもこの末っ子王女をたいそう可愛がった。おかげでセレスティーヌは好きなことを存分にしながら伸び伸びと成長したが、あまりにも伸び伸び育ちすぎて13歳になる頃には大分変わり者の王女になってしまった。
まず表情を隠せない。ころころと表情が変わる。特によく笑う。流石に13歳だから人前で激しく泣いたり怒ったりはしないが、不満な時はぷくっと頬を膨らませる癖は直っていない。
流石に年頃の令嬢、それも王女なのだから、表情を露わにするのははしたないのではと懸念を示す者もいたのだが、国王一家は末娘可愛いさに直させようとしなかった。
次に溢れすぎる好奇心。色々なことに興味を持って意欲を持って学んだおかげで多才な娘に成長しつつあるのだが、あっちこっちに出没するものだから落ち着きがないと言われてしまっている。朝には魔法薬を煮詰めていたと思ったら、午後には魔導からくり人形のネジを回していたりする。おかげでどこにいるかいつもわからない。あと爆発は駄目絶対。
そして何よりもセレスティーヌは特級の魔導オタクだった。魔法は淑女の嗜みと豪語して憚らず、健康と美容のためには一日極大魔法をぶっ放すのがいうのが彼女の持論だ。彼女はそれを有言実行しており、毎朝6時になると王宮の鍛錬場にセレスティーヌの極大魔法が炸裂するので、時報代わりになっている。まあ、王国では時計が庶民にも広く普及しているから、そんな物騒な時報はいらないのだが。
セレスティーヌは黙っていれば相当な美少女だ。王家の色である空色の艶やかな髪を腰まで垂らし、瞳は海のように深い青色、まなじりは少し下がり気味で優しそうな印象を与える。肌は白くきめ細かで、頬は桜色に色づき健康的だ。年の割には小柄で幼さを残しているが、それが更に愛らしさを倍加させている。
庇護欲を誘う美少女とはセレスティーヌのためにある言葉だろう。彼女が黙っていてくれれば。
セレスティーヌは一度しゃべり出すと魔法のことばかり、花の話題を振ればどの花があの魔法薬に使えるとか言い出すし、ドレスの話題を振れば、どんな魔法印を刺繍するのが機能的だろうかとキラキラした目で語り出す。刺繍は淑女の嗜みとはいうが、高い効力のある魔法印は複雑で精細な針裁きが要求されるためそう簡単に刺繍できるものではない。セレスティーヌが天才であるが故の非常識である。どの騎士様が格好いいという話になれば、相応しい魔法剣を作ったので見て見て、とお茶会で剣をぶんぶん。王女の細腕じゃ剣を振れないだろうって? そこはきちんと剣に軽量化の印を施してあるのだ。
ぶんぶんと剣を振るセレスティーヌの様子を引きつりながら「さ、流石は王女殿下ですわ」と令嬢達が褒めると。
「ふふん! 天才に抜かりはないのよ」
とセレスティーヌは小さな胸を張り、まぶしいばかりのドヤ顔を披露するのであった。
そんなわけでセレスティーヌは一般的な貴族令嬢とはなかなか話が合わず、令嬢たちから変人王女とかオタク王女だとか囁かれるようになってしまった。なんとも気の毒な話だ。
そんなセレスティーヌにも婚約者がいた。東の公爵家嫡男のアドリアンだ。彼はセレスティーヌより4つ年上の17歳、魔法にも剣術にも優れた逞しい男性である。顔立ちは高位貴族らしく整っているが、黒髪と焦げ茶の瞳はともすれば目立たないと評される色合いだ。筋肉も相応についているため、スマートなキラキラ王子様系ではなく、厳つい騎士団長系だ。それゆえ令嬢達の評価は分かれたが、セレスティーヌはアドリアンが大好きだった。大きくて包容力があるのがいい。魔法の使いすぎで疲れて動けなくなったセレスティーヌを抱きかかえて運んでくれるのも好きだ。何よりも優しく甘やかしてくれるのがとても大好きだ。セレスティーヌは結構な甘えただったのである。
充実した日々を過ごしていたセレスティーヌだったが、ここ最近は悩みがあった。それは西の公爵家の令嬢であるフランソワーズである。彼女も13歳でセレスティーヌと同い年。そして二人ともこの春に王立学園に入学し、ともに第1学年。公爵令嬢と王女であるからクラスも同じAクラス。互いに意識するなという方が難しいのだが、そのフランソワーズがセレスティーヌにやたらと突っかかってくるのである。
「ごきげんようマニアックな王女殿下、今日も小さいですわね」
「余計なお世話よ!」
煽り耐性の低いセレスティーヌはついついムキになって反論してしまう。その様子を見るとフランソワーズは満足そうに
「オーッホッホッホ! 王女殿下ともあろうお方がはしたないですわぁ」
と高笑いを上げながら取り巻きを連れて去って行くのである。
かつての王権が強い時代なら不敬だの何だのという話になるが、流石に今の世に、同年代の貴族令嬢から多少小突かれた程度で不敬だとのわめくわけにもいかず、セレスティーヌは高笑いを上げながら去って行く豪奢な金髪縦ロールの後ろ姿を頬を膨らませて睨み付けることしか出来なかった。
そして決定的なことが起きてしまった。
学園のガゼボでフランソワーズが取り巻きとともにこんなことを言っているのを聞いてしまったのだ。
「アドリアン様はクールな女がお好きだそうですの。ならばあのちんちくりんな王女よりもこの美しくクールなわたくしこそが相応しいのは自明ですわぁ。オーッホッホッホ!」
その聞きたくないクソデカボイスはたまたま近くを通りかかったセレスティーヌの耳に飛び込んできてしまった。
フランソワーズがアドリアンを狙っている!?
アドリアンはくーるな女性が好き!?
嫌だ! アドリアンを取られたくない!!
ショックを受けたセレスティーヌはその場を走り去ってしまった。なので、フランソワーズの取り巻き達が「流石にこれはまずいよね」と顔を引きつらせている様子を見ることはなかった。
その夜、セレスティーヌは与えられた王宮の工房で魔導からくり人形を調整をしながら考え込んでいた。
アドリアンがくーるな女性が好きなら私はくーるな女にならなければいけないのだろうか。そもそもくーるな女ってどんなのだろう? 喋らない人? 悩んでもなかなかいい考えが浮かばない。魔法式の構築や魔法薬の調合だったらパパッと思いつくのに。
ため息をつきながら魔導からくり人形を調整していく。ふと魔導からくり人形と顔が合った。この魔導からくり人形は女性型だ。メイドのお手伝いが出来ればいいなと考えて作成したが、その制御式が難しかった。その制御式は「えーあい」と呼ばれ、最近になって魔法学会で盛んに発表されているが、大分問題が多かった。
例えば「えーあい神官」、神殿の簡単な業務を補助させる目的で組まれたが、実際に動かしてみると死の呪文ばかり唱えるとんでもない代物ができあがってしまった。「えーあい神官」がいくら呪文を唱えたところで効かなかったのが幸いであったが、縁起が悪いったらありゃしない。
「えーあい騎士」は人形の制御という面ではそれなりに出来が良かったのだが、「それでいい」「ああ」「構わない」と脈絡なくブツブツ言うため、周りの騎士から「うるせぇ! 黙らせろ!!」と大変不評だったらしい。
セレスティーヌの手元にあったのは「えーあい令嬢」の資料だ。やはり独特な言い回しが多いものの、できあがる人格は穏やかで比較的評判の良い「えーあい」だった。
セレスティーヌは早速「えーあい令嬢」の式を組み、手元の魔導からくり人形に組み込んでみた。その出来は想像以上に良かった。多少癖はあるが余計なことは言わないし、たまに変な拘りがあるが作業はきっちり熟してくれる。
翌日、早速アドリアンにも「えーあい令嬢」を組み込んだからくり人形を見せてみた。アドリアンはまずセレスティーヌを抱き上げてよく作ったねと褒めてくれる。大好きなアドリアンに頭をなでられてセレスティーヌは嬉しくなり顔をへにゃりととろけさせた。
アドリアンと一緒に「えーあい令嬢」を組み込んだ魔導からくり人形の動きを観察し、試験を進めた。「えーあい令嬢」搭載魔導からくり人形は言葉少なに黙々と指定された作業を熟していく。
するとアドリアンがこんなことを言ったのだ。
「へぇ、この「えーあい」はクールだね」
セレスティーヌはその言葉を聞き逃さなかった。
「アドリアン、これが「くーる」なの?」
「うん? この前騎士団に持ち込まれた試験「えーあい」搭載からくり人形はとてもうるさく暑苦しかったんだ。それに比べるとこれは大分クールに出来ている。流石セレスティーヌだね」
アドリアンに抱きかかえられているセレスティーヌは考えた。「えーあい令嬢」の真似をすれば自分も少しは「くーる」になれるのではないかと。そう考えると「えーあい令嬢」の言動がとっても「くーる」なものに見えてくる。なによりこの「えーあい」を組んだのはセレスティーヌなのだからその真似が出来ないはずはない。そう考えると新しい自分になれそうな気がしてなんだかわくわくしてくる。
そう、まずはあのいけ好かないフランソワーズより「くーる」なのは自分だとわからせなければ。
今のセレスティーヌの暴走思考をアドリアンやあるいは他の親しい誰かが知ったらきっと止めてくれただろうが、残念ながらセレスティーヌは誰にも打ち明けることはなかった。
どうしてこんな思考を暴走させたのかって? 恋する13歳の乙女だもの。仕方ないよね。
セレスティーヌは「えーあい」の言動を研究した。並行してフランソワーズの弱みを探しだした。
そしてある日、セレスティーヌはフランソワーズが落としたノートを拾った。そこにはセレスティーヌには理解できない文字列が記されていた。
「これは難解な暗号! きっとフランソワーズの裏帳簿に違いないわ!」
わかる人が見ればそのノートの正体は一目でわかったのだが、「くーる」な「えーあい」に夢中なセレスティーヌにはもはやそれが怪しげな裏帳簿にしか見えなかったのである。
だって、陰謀とかにはまりやすいお年頃だもの。仕方ないよね。
そしていよいよ決戦の日がやってきた。
学園でのお茶会でセレスティーヌはフランソワーズ達と対峙した。
セレスティーヌは背筋をしっかり伸ばしてフランソワーズにはっきりと告げた。
「フランソワーズ、あなたにアドリアンは渡さない。アドリアンは私の婚約者なの」
フランソワーズはぐっと押し黙った。変人王女と見下していた相手にまさか真正面から対決姿勢を示されるとは思ってもみなかったのだ。彼女の取り巻きの令嬢達は互いに顔を見合わせ、「まあこうなるよね」などと囁いている。
セレスティーヌはフランソワーズの様子を見て更に攻め込んだ。
「私とアドリアンは婚約して千八百二十一日になるの」
「なんですって?」
フランソワーズが聞き返したので繰り返す。
「私とアドリアンは婚約して千八百二十一日になるの」
1821日、およそ5年である。だがくーるでえーあいな女は日数で表すのだ。1821ってとても長い感じがして最高にくーるでえーあいだ。
セレスティーヌが満足そうに胸を張っているとフランソワーズの取り巻きの令嬢の一人から声がかかる。
「1821日ですから、あと5日で婚約満5年なのですね。おめでとうございます殿下」
他の令嬢からも婚約5年のお祝いの言葉をもらい、セレスティーヌは顔をふにゃりと緩ませて喜んだ。
「えへへ、みんなありがとう」
はにかんで喜ぶセレスティーヌは可愛らしい。フランソワーズ以外の令嬢は素直に祝福したのであった。
フランソワーズだけは悔しそうに唇をかんでいる。
その様子をセレスティーヌは満足そうに見て、さらに畳みかけることにした。
「あなたの「きょうい」をこの魔導具で計測してあげるわ」
セレスティーヌは懐から眼鏡のような魔導具を取り出す。
そしてすちゃっと装着して見せ。
「数字は嘘をつかないのよ」
びしっと考え抜いた台詞を決めた。
くーるでえーあいな女は数字で語るのだ。
「数字は嘘をつかない」、最高にくーるでえーあいな台詞だ。
セレスティーヌはとても得意げだが、令嬢達には今の状況がよくわからない。「きょうい」ってなんだろうか? セレスティーヌがフランソワーズに言うのだから、やはり「脅威」だろか? もし数字が高かったらフランソワーズは王家の脅威と見なされてしまうのだろうか。あと眼鏡をかけたセレスティーヌが可愛い。
魔導具の眼鏡をかけたセレスティーヌがフランソワーズを見つめている。そしてぽつりと呟いた。
「B (+10)」
なんだって?
「B (+10)」
もう1度、今度はフランソワーズ達にも伝わるようはっきりと告げられる。しかしその意味はよくわからない。セレスティーヌは眼鏡を外して再び決め台詞を放った。
「数字は嘘をつかないのよ」
いや、数字じゃなかったよね!!
セレスティーヌ以外の場の人々の心が一致した。
流石に鈍感なセレスティーヌもこの微妙な空気に気づき。
「変ね。アドリアンで試した時は数字が出てきたのに」
と、魔導眼鏡を調整している。
それにしてもB (+10) とはなんだろうか?
等級でB級というのはあり、Aよりは下だが、それに次ぐ位なので、悪い感じはしない。だが公爵令嬢がBというのも微妙だ。
「フランソワーズ様はB・・・」
一人の令嬢が口に出した。言葉にすると余計に微妙さが際立つ。フランソワーズにも微妙さが伝わったのか「誰がBよ!!」と騒ぎ始めた。
「脅威がBっていいのか悪いのか微妙ね」
「AとかSとか出るよりはいいのでは?」
「安全だったらEやDになりそうだから、Bはそれなりの要注意人物扱いじゃないかしら」
令嬢達が色々と考察を巡らせる。そしてセレスティーヌの方を見るが当のセレスティーヌはさあと首をかしげた。作ったの貴女でしょうに。
微妙な空気を破るように一人の令嬢がセレスティーヌの元に進み出た。ふんわりとした雰囲気の彼女はナタリー、裕福な伯爵家の令嬢だ。そして、多才ではあるが変人と称されてしまっているセレスティーヌとも対等に渡り合える数少ない人物だ。
「セレス、面白そうなものを作ったのね」
「ナタリー! どう? 格好いいでしょう」
セレスと愛称呼びをする位にはセレスティーヌとナタリーは仲が良い。
「古代魔導時代のものを再現したのかしら。誰のレシピ?」
「ローゼンね」
ローゼンの名前が出て令嬢達の中から「うげ」と声が上がる。
古代魔導師ローゼン、素晴らしい発明も多いのだが、それ以上にロクでもない代物も多く、発明品の8割方は悪戯目的のオモチャだと言われている名の知れた古代の変人だ。そしてそんな魔導具は人知れず埋めておけばいいのに、セレスティーヌが掘り起こして復元してくるのである。
「アドリアン様で試したのでしょう。その時はなんて表示されたの?」
「103よ。数字三桁。けれど今だと何故か文字が出てくるわ。フランソワーズの右隣の子はC、その隣はD、学年委員長はAね。あれ? 向こうを歩いているマクドナルド先生は90と表示されるわ。男性だと数字で女性だと文字になるのかしら、これ」
女性は文字で男性は数字、ナタリーの脳裏に一つの可能性が浮かぶ。
「セレス、それで私を見るとどう?」
「ナタリーは・・・Eね。ナタリーは優しいから「きょうい」も低いってことかしら」
セレスティーヌはナタリーにひしと抱きつく。ナタリーはそんなセレスティアの頭を優しくなでてやる。傍から見ると姉妹のようで微笑ましい。だがナタリーにはセレスティーヌをなでているのは別の意図があった。逃げ出されないようにすることと、魔導具の正体を言い聞かせることだ。
「セレス、よく聞いてね。この魔導具で測れるのは『脅威』ではないわ」
「ローゼンの魔導書には「きょうい」と書いてあったわ。何度も確認したのよ」
「『胸囲』の間違いだと思うの。『胸囲』と『脅威』、どちらも古代語で音だけ同じ「きょうい」だからややこしいわ」
「つまりこの眼鏡はバストを計測する魔導具? ローゼンってばまたくだらないものを作ったのね」
今それを作ったのは貴女ですけれどー! と突っ込む令嬢達の心の声はセレスティーヌには届かない。
「ああ、それとも服飾店向けに作ったのかしら? 眼鏡で見るだけで採寸できるなら楽だものね」
セレスティーヌがナタリーの腕の中からぴょいと飛び出す。
「なら早速改良型の作成にとりかからなければいけないわ。見ただけで採寸できるなんて便利だもの」
「お待ちなさい!」
かけていきそうになるセレスティーヌをフランソワーズが呼び止めた。
「一方的に私をB呼ばわりしておいて、なんたる無礼ですわ!」
やー、王女を呼び止める貴女もたいがいですよ、という周りの心の声は当然フランソワーズには通じない。
「貸しなさい!」
フランソワーズはセレスティーヌが持っていた眼鏡型魔導具を強引に奪い取る。
「何をするの!?」
「貴女も計って差し上げますわ!」
眼鏡をかけたフランソワーズの目がセレスティーヌに向かう。金髪縦ロールに黒縁の眼鏡は微妙に似合っていない。
そして少しするとフランソワーズの口角が意地悪くつり上がった。
「AA! AAですわ!! セレスティーヌ殿下はAAですの! ちっぱい! ちっぱい殿下ですわぁ!!」
「まだこれから大きくなるもん!」
セレスティーヌは頬を膨らませて反論する。しかしフランソワーズは勝ち誇りちっぱいだのちんちくりんだのと散々煽り散らした。
「大きく・・・なるもん・・・」
とうとうセレスティーヌは膝を折って泣き出してしまった。その様子を見ろしながらオーッホッホッホ!!と高笑いを上げるフランソワーズ。周りの令嬢達からすれば地獄のような光景だった。
その時一人の令嬢がぽつりと呟いた。
「ところでフランソワーズ様のB (+10) の (+10) って何かしら」
そしてその呟きに別の令嬢がそっと返した。
「パッドでしょう。フランソワーズ様は盛ってるって有名じゃない」
その言葉はその場にいる全員の耳に良く届いてしまった。当然フランソワーズにも。
フランソワーズもまた膝から崩れ落ちたのだった。
「この悪戯眼鏡は私が預かっておくわね」
眼鏡をかけた学年委員長が「きょうい」の眼鏡を回収した。
こうしてお茶会に平和が戻るかに見えたがこれでへこたれるセレスティーヌやフランソワーズではなかった。
「不覚を取ったわ。でもくーるでえーあいな女はこんなことでへこたれないのよ!」
復活したセレスティーヌがフランソワーズに向かって叫ぶ。くーるでえーあいな女というけれど、今の貴女はどちらかというと熱血系じゃありませんか? と令嬢達は思っていたが淑やかな彼女たちは口には出さなかった。
「ふふ、ちっぱい殿下に何が出来るというのかしら」
「またちっぱいって言ったね!」
むきゅっとセレスティーヌは頬を膨らませる。しかしすぐに懐から一冊のノートを取り出す。
そのノートを見るとフランソワーズは露骨に焦り始めた。
「そ、それは!!」
「やはりこれは貴女の大切なもののようね」
「か、返しなさい!!」
フランソワーズはセレスティーヌに掴みかかろうとするが結界で弾かれてしまう。倒れ込んだフランソワーズをセレスティーヌの深く青い瞳が射貫いている。そして彼女の周りには空色の魔力が溢れ出ていた。
周りの令嬢達はとうとうセレスティーヌが本気になってしまったことを察した。だが止めることはしない。いや、止められない。何せセレスティーヌは魔導王国で最上位クラスの魔導師なのだ、止められるわけがない。フランソワーズの数々の無礼はあくまでも見逃されていたに過ぎないのだから。
令嬢達はそっと祈りを捧げるのだった「フランソワーズ様、ご愁傷様」と。
フランソワーズは震えていた。侮っていたちびっ子王女の本気に。そして何よりもその王女が持っているノートがまずい。あれを公開されたら生きていけない。
「お願いします。どうかそのノートを返して下さいまし」
今までとはうって異なり愁傷な態度でフランソワーズは懇願する。だがセレスティーヌは首を横に振った。
「正義のために私はこれを明らかにしなければならないのよ。これは複雑怪奇な暗号で書かれた貴女の裏帳簿なのだから!」
言い切った。
セレスティーヌは満足そうに小さな胸を張った。
そう、くーるでえーあいな女は帳簿を武器にするのだ。
裏帳簿で悪を断罪、最高にくーるでえーあいだ。
「暗号はとても難解よ。だからここにいるみんなにも協力してもらうわ」
周りの令嬢達は困った。果たして自分たちに難解な暗号の解読を手伝うことはできるのだろうかと。一方で本気になったセレスティーヌにすぐさまフランソワーズが魔法で丸焦げにされる様子はなさそうなことに彼女たちは安堵した。困った公爵令嬢ではあるが、流石に目の前で王女に焦がされて処されるのを見たくはない。
セレスティーヌがノートを開く。そしてその表情は真剣なものになる。
「これから読み上げるわ」
フランソワーズが慌てふためき、セレスティーヌにすがりつこうとするが結界に阻まれてしまう。
そしてセレスティーヌのさわやかなソプラノがそのノートの中身を紡ぎ始めた。
**
私は腎臓
恋するキドニー
ドキドキキドニー
あの人のぬくもりを感じちゃうとずっきゅん
アンジオテンシン血圧上げちゃう
ああ心臓さん
鼓動増やして
ときめきおもい
彼に伝えて
**
場の時間が停止したようになる。
読み上げられた内容を理解できない。
腎臓? ドキドキキドニー??
「残念ながら私には全く解読できないのよ、この暗号」
セレスティーヌが真顔でそんなことを言ってくる。令嬢達だって理解できない。いっそ冗談であって欲しいのだがセレスティーヌは真剣だった。
「次のページを読むね」
**
は~い、わたし肺
あなたにお熱なランランラング
ときめき感じて胸膨らませて
あなたの吐息でわたしも膨らむ
ああ、あなたの酸素とわたしの二酸化炭素
こうかんしたいな
**
令嬢達はなんとも言えない表情で固まった。見る人が見れば彼女たちの背後に宇宙が見えたかもしれない。
「これも私には全く理解できなかった。悔しいけれど暗号化に関しては素晴らしいと言わざるを得ないわ」
セレスティーヌの表情は真剣だった。この怪文章を本気で暗号化された裏帳簿と信じている様子だ。
「フランソワーズ、これほどの暗号を生み出せる才能は素晴らしいわ。だから裏帳簿なんかに手を出しては駄目。あと私のアドリアンを狙うのもやめなさい!」
ビシっと指を突きつけたが、その先にいるフランソワーズは魂が抜けてしまっていた。白目をむき口はだらしなく開き、「コロシテ・・・コロシテ・・・」とかすれた声で繰り返している。
とてもいたたまれない。
令嬢達はみな懇願するようなまなざしをナタリーに向けた。これを止められるのはあなただけだと。
ナタリーはふぅと静かに息を吐き、少し眉尻を下げて困ったような表情を見せながら立ち上がった。
「セレス、それは暗号化された裏帳簿なんかではないわ」
「そうなの? なら暗号化された裏工作の指示書かしら。肺とか腎はきっと日付を表していると思うの。東方の国々で腎は水、肺は金に相当するという考えがあるからそこからとったのかなって」
「暗号から離れてね。それは詩よ」
周りの令嬢達もうんうんとうなずく。
かなり感性が独特だが、あれは恋の詩だろう。そしておそらくはフランソワーズの自作。つまりフランソワーズは自作の恋の詩をセレスティーヌに暴露されてしまったわけだ、合掌。
ところがセレスティーヌは納得しなかったようで首を横に振った。
「ナタリー、私がいくら詩歌に通じてないからってそういう冗談は良くないよ」
「私、冗談を言ったつもりはないのよ」
「流石に私だってわかるよ、これが詩なんかじゃないことを。内臓を詩に詠む人なんていないもの」
ぐごげっ! といううめき声のような悲鳴のような謎の音を立ててフランソワーズが崩れ落ちた。
「確かにそうなんだけれど。でもそのノートはフランソワーズ様に返してあげましょう? きっと彼女の大切なものだから」
「貴方がそう言うなら。フランソワーズ、これはお返しするわ。元々貴女の落とし物だったものね。でもその暗号化裏帳簿で悪さをしようとは思わない事ね。中身はすべて複写して別に保存してあるから」
セレスティーヌはノートをフランソワーズが突っ伏しているテーブルに置いた。しかし、フランソワーズは痙攣を起こしていてそれに気づく様子はない。おそるおそる一人の令嬢がそのノートを手に取りページをめくった。その中身はかなり独特ではあるが間違いなく詩だ。しかもなかなか痛い感じの恋の詩。別の令嬢も見て間違いなく痛い詩、もとい恋の詩だろうと同意する。ならばなぜセレスティーヌはこれを暗号化された裏帳簿だと思ったのだろうか。令嬢達は考えた。フランソワーズのこの恋の詩はかなり感性が独特だ、そしてセレスティーヌもだいぶ変わり者でやはり独特な感性を持っている。独特な感性を持つ者が別の独特な感性に触れると、それを正しく認識できず、とんでもない方向に齟齬を起こすのではないだろうか。令嬢達はそう納得することにした。そして心の底から思ったのである。
自分が同じ目に遭わなくて良かったなぁ、と。
まあ、誰もがこんな痛い詩のノートを持っているわけではないのだが。
しかし、フランソワーズもアドリアンを狙うような真似をしなければ、セレスティーヌを怒らせて痛い詩を暴露されることはなかっただろう。そう考えると因果応報だ。
その時、夕刻の鐘が鳴る。お茶会はお開きだ。
「セレス、迎えに来たよ」
大柄な男性がこちらに歩いてくる。
「アドリアン!」
セレスティーヌがその姿を見つけ、ぱたぱたとかけていく。アドリアンは駆け寄ってきたセレスティーヌをひょいと抱きかかえた。
「お茶会は楽しかったか?」
「ふふん! 今日の私はくーるでえーあいな女だったのよ!」
会話が若干かみ合っていないが、アドリアンがセレスティーヌを見つめる表情はとても優しい。あの無骨でともすれば恐ろしげなアドリアンがセレスティーヌにはこうも表情を緩めるとは。そしてセレスティーヌもアドリアンにその全身を預けており、心なしか頬は桃色に色づいている。
どうみても相思相愛だ。
なぜフランソワーズはアドリアンを奪えると思ったのだろうか。明らかに無理だろう。令嬢達はため息をついた。
アドリアンを始め、令嬢達の婚約者の令息が迎えに来ている。これからみな帰宅の途につくのだ。波乱のお茶会もこれで仕舞いだ。
ところがだ。
「アドリアン様!」
いつの間に復活したフランソワーズがアドリアンに駆け寄った。そして手を広げアドリアンに飛びつこうとする。しかしアドリアンはセレスティーヌを抱えながらひょいと身をかわした。勢い余ったフランソワーズはべしゃっと地面に突っ込んでしまう。
あれだけのされたのにまだアドリアンを狙うとは。その根性だけは賞賛に値するかもしれない。令嬢達はそんなことを思った。セレスティーヌを見ると空色の魔力が露骨に漏れ出ている。
「ねえ、あれだけ言ったのにどうしてまだアドリアンをとろうとするの?」
お茶会では聞かれなかったセレスティーヌの低い声。明らかに怒っている。セレスティーヌは空色の魔力を全身に纏わせる。
「これ以上私のアドリアンを狙うなら。私はあなたを **整理** するわ」
そう、くーるでえーあいな女は**整理**するのだ。
「お前を**整理**する」、最高にくーるでえーあいな台詞だ。
いや、そうでも思って怒りから少しでも気をそらさないと目の前の寝取り女を細切れにして**整理**しそう。許さない!許さない!許さない!
セレスティーヌはくーるでえーあいな女ではなかったのだ。表情は豊かで嬉しければはにかんで笑うし、不満があればぷくっと頬を膨らませる。その行動もくーるからはほど遠く割と猪突猛進。夢中になれば平気で時間を忘れる。アドリアンのことは大好きだ。だからアドリアンに相応しい女性になりたいし、アドリアンには自分だけを見ていて欲しい。アドリアンが他の女性と一緒にいるとやきもちを焼くし、他の女にアドリアンをとられそうになったら、黙って我慢しているなんてできっこない。だって、セレスティーヌの恋心は燃えさかる炎のごとく熱く、愛情はそびえ立つ大山のごとく重いのだから。
「魔力は嘘をつかない。これ以上私のアドリアンを奪うような真似をするなら容赦しない」
そう、くーるでえーあいな女は・・・いや、くーるでえーあいな女はどこか旅立ってしまった。そこにいるのは愛する人を奪われまいと、感情をたぎらせるセレスティーヌだ。
アドリアンは怒りでふーふーと息を荒げるセレスティーヌを優しくなでて落ち着かせると、フランソワーズに向き直った。そして静かに告げた。
「そこのご令嬢。あまり婚約者のいる男に近づくものではないし、婚約者のいる男の名前をみだりに呼ぶものではない」
それは貴族令嬢であれば誰もが知っている常識。フランソワーズはそれを説かれていた。
「俺の婚約者はセレスティーヌで、愛するのもセレスティーヌだけだ。これ以上俺にちょっかいをかけてくるようならば、ご令嬢の家に抗議させてもらうからそのつもりで」
明確な拒絶だった。
今度こそフランソワーズは完全に沈黙したのだった。
その後、王宮の工房でアドリアンはセレスティーヌからお茶会での出来事を聞いた。
「フランソワーズが『アドリアンはくーるな女が好き』だって。だから私はくーるでえーあいな女になりたかったの」
「俺がクールな女が好きだと言った? なんのことだろうか」
アドリアンは考え込んだ。そしてふと思い当たった。
「ひょっとすると、騎士団に持ち込まれた「えーあい女騎士」の話をしているのを聞かれたのかもしれないな」
「えーあい女騎士?」
少し前のこと、騎士団に「えーあい女騎士」を搭載した魔導からくり人形が持ち込まれた。国の魔導研究部が作成した試作の魔導からくり人形で、実際に騎士団で運用して試験をすることが目的だった。
「その「えーあい女騎士」だが、動きはそれなりだったんだが、発言に難があってな。攻撃するときにいちいち「その程度か」「私は屈しない!」と暑苦しい台詞を吐き、負けると「くっ、殺せ!」と。いちいち笑えてきて仕方がなかった」
「「えーあい」だからって「くーる」なわけじゃないのね」
「全然。だからセレスティーヌの「えーあい令嬢」がクールに見えたんだろうな」
くっくっくとアドリアンが笑う。
「ああ、それで「えーあい女騎士」だったな。確か俺は魔導研究部の連中にこう言ったんだ。「この女騎士は暑苦しい。もう少しクールな性格にした方がいいだろう」と。たぶん、これが曲がって伝わったんじゃないか?」
「そうなんだ。ならアドリアンは「くーるでえーあいな女」は好きではないの?」
セレスティーヌの青色の瞳がアドリアンを上目遣いに見つめた。アドリアンはセレスティーヌを優しくなでながらこう言った。
「クールはともかく「えーあいな女」はいやかな」
アドリアンは「えーあい令嬢」を載せたからくり人形の方を見る。つられてセレスティーヌも同じ方向に目線をやる。
「あれには心がない。セレスティーヌが「えーあい」みたいに心を失ったら俺は悲しいよ。俺はここにいるセレスティーヌを愛しているのだから」
セレスティーヌは嬉しさで表情をふにゃりと緩めた。そして安心した様子でアドリアンにもたれかかった。
大好きなアドリアンのぬくもりを感じられて、セレスティーヌの心は満たされたのであった。
・・・余談・・・
セレスティーヌの学年の委員長を務める令嬢は黒髪で眼鏡の似合う知的な少女だ。彼女こそクールという表現が似合うだろう。
そんな彼女は最近どこか幸せそうだった。
「委員長、何かいいことでもあった?」
クラスメートの令嬢が話しかけてくる。委員長は黒縁の眼鏡を直しながら答えた。
「ええ、ちょっといいことがあったの」
「もしかして恋?」
「それはまだ内緒」
そっかー、話せるようになったら教えてね、と令嬢は友人達とともに去って行く。後には委員長が残された。
委員長の視線の先には剣術の鍛錬をする令息達の姿がある。だいぶ遠いが委員長にはよく見えている。そう、委員長の視力はとてもいいのだ。眼鏡はカモフラージュに過ぎない。
「アンリ様は85、シャルル様は98、ああレオン様は108もあるのですね」
謎の数字をつぶやきながら委員長は恍惚とした表所を浮かべる。
「ああ、殿方の胸筋ってとても素敵。そしてこの眼鏡は彼らの美しい筋肉を数字にしてくれる。ああ、数字は嘘をつかない、いえ筋肉は嘘をつきませんわ」
とろけるような眼差しを浮かべ、頬を紅潮させ、どこか息の荒い彼女の様子はくーるでえーあいな女・・・とはかけ離れていた。
残念ながら、台詞だけ真似してもくーるでえーあいな女にはなれないのである。
おしまい
みねバイヤーン先生の
『AI小説のみわけかた』
(https://ncode.syosetu.com/n8715mb/)
あんど もあ先生の
『或る婚約破棄 と AI小説の見分け方』
(https://ncode.syosetu.com/n3414mc/)
に触発されてAI令嬢の話を書いていたら、あさっての方向に飛んでいきこんな話が出来上がりました。
最高にくーるでえーあいでしょう?
お読みいただきありがとうございました。




