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間に合わなかったシンデレラは、硝子の靴で戦場を踊る  作者: 入江 鋭利
6章「魔法と萌芽と不思議の少女」
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70話「決裂と赤い影」-後

 ――そこからの議論は完全に平行線だった。


 王国の存続を賭けた緩和案は、ガーランドの強硬策、そして、リゲルの弁舌の前に、その価値を急速に失っていく。


 彼を押し留める"毒餌"はもうない。今日という短い時間では、"棘無し"を納得させるだけの根拠を提示することはできなかった。


 ミラクも、完全に勢いを失ってしまっていた。派閥が違うとはいえ、この事態を招いたのは帝国だ。となれば、余計なことは口にできないのだろう。


 そして――プレアデスのリラ・マイア。


 彼女だけは、この緊迫した状況の中で、ただ一人、窓の外を眺めていた。


 ベールの下の空虚な瞳は、何を見ているのか。


 彼女だけは、読めない。アケルナルと同じ、世界の仕組みを知る"姫"の一人だ。


 もしかすると彼女は、最初からこの展開を読んでいたのではないかと――そう、邪推すらしてしまう。




 時間は無情にも過ぎていく。

 正午を過ぎ、日は西へと傾き始めた。




 会議場の硝子の壁を通して差し込む光が、夕闇の橙色を帯び始める。


 それは、普段であれば魔法の時間への入り口として、私の心を支えてくれる景色だったが――今回ばかりは、そう思うこともできなかった。


「……議論は尽くされた」


 長い沈黙の後、議長が重々しく宣言した。


 その声には、対話を諦めた者の、乾いた冷酷さが宿っていた。


「エリダヌス連邦は、"大星潮条約"における王国側条件に、いかなる緩和の必要もないと判断する」


「……そんな」


 敗北、失敗、挫折。


 薄氷の上にあり、どうにか掴めるところまで来ていたそれを、私たちは取り落としてしまったのだ。


「ち、ちょっと待ってください。もう少し、話を――」


「グラスベル特使、二度は言わんぞ。議論は尽くされた。これ以上"大星潮首脳会議"を長引かせようとするのなら、ヴァルゴ王国特使団をこの度の襲撃事件の関連人物と判断する」


「……襲われたのは、私たちですよ。それに、大きな不利も被っている。なのに、どうして関連人物なんて」


「どんな不利も、国ごとひっくり返せば関係あるまい。随分と――他国の特使とも、懇意のようであるしな」


 ギロリ、と。議長の視線がミラクに向けられる。


 不吉な予感。そう、私たちが"関連人物"であるのならば。首謀者と思しき国は、一つしかしない。


 各国に侵略行為を繰り返す、"急進派"。その存在が、今は致命的だ。


「――フォルナクス帝国、セプテニア特使」


 冷たく、議長が問い掛ける。


「昨日の襲撃の際、巻き込まれた者が、帝国のものと思しき徽章を目にしている。襲撃者は、帝国の手のものではないのか?」


「――っ、それは、その……」


 ミラクが言葉を失う。


 これは痛い。連邦は、そのカード(もくげきしゃ)を隠し持っていたのだ。


 こうなると、先ほど口にした、"帝国を騙る輩"というのも、対話を求めているというのも、全部が全部、空虚(からっぽ)になる。仮に、彼女がどんな弁解をしようとも、もう、挽回のしようがない。


 どうすればいいだろうか。例えば、この状況は一見、ガーランド陣営に有利なようにも見える。


 なら、公国側に疑いを着せる?


(……それこそ、無理だ)


 もし次の襲撃が起こった時に、今よりも印象が悪化しかねない。そして、帝国の"急進派"は、それを的確にやってくる嫌らしさを持っている。


 それに、今のミラクに――"棘無し"を論破できるとも思えない。


「……これ以上が無いのなら、仕方があるまい」


 議長が、木槌を打ち鳴らす。


「エリダヌス連邦は、フォルナクス帝国に対し、"大星潮条約"に基づく経済制裁、ならびに連邦軍による沿岸監視の強化を行うことを、ここに宣言する」


「な……っ! ちょっと、それは……!」


 声を上げようとした所で、後ろから強く、ギエナに手を引かれる。


「お嬢様、落ち着いてくだせえ。今は、王国側だって崖っぷちだ。いくらあのミラク嬢に恩があったって、助けてやることはできねえ」


「……でも、このままじゃ、あの子は」


「気持ちは分かります。でも、堪えてくだせえ。考え方によっちゃ、帝国が弱体化するとも――」


 ――そこで、私とギエナは顔を見合わせる。



(なんで連中は、帝国の首を絞めるような真似をしたの……?)


 

 エリダヌスからの物資や提供物、そして、交易ラインは、帝国にとっても重要なもののはずだ。


 それを、手放そうとしている。そんなことをして、どんな利があるのだろうか。


(――まさか!)


 私の脳裏に、最悪の考えが過ぎる。


 けれど、それを言葉にするよりも前に、事態は進行していく。


「ガーランド大公国の提案する"王国の共同管理案"については、今後の王国の衰退加減を加味しつつ、随時、具体的割譲ラインを協議する。……本日の議事は、これにて――」


 議長が、宣告を完結させるために木槌を振り下ろそうとした、その刹那だった。


 不意に。


 会場内のすべての明かりが、まるで生き物のように激しく、不自然に明滅した。


 ジ、ジジッ……という、硝子が擦れるような嫌な音が、晶潮館の静寂を切り裂く。


「……何だ? 照明か何かの故障か?」


 議長が眉を顰め、天井を見上げる。


 だが、その明滅は一瞬で終わらなかった。


 青白かった光が、徐々に、ドロリとした不気味な"赤"へと色を変えていく。


 そして。

 円卓の向こう側。



 影の中から、現実の音ではない、何かが"()()()()"と引き千切れるような音が、響き渡った。



「……来ちゃった、かぁ」


 リラ・マイアが、初めて顔を上げた。


 その顔にはもう、狂気と愉悦の入り混じった笑みも、無邪気な気配もない。歴戦の"姫"として、忌々しげに、その裂け目を見つめていた。



「こりゃ、みんな、死んだかな」




 瞬きをする。


 次の瞬間、豪華絢爛な会議場の床には――赤い、一滴の血が、滴り落ちていた。

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