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間に合わなかったシンデレラは、硝子の靴で戦場を踊る  作者: 入江 鋭利
6章「魔法と萌芽と不思議の少女」
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68話「不透明の議題」-後

「……ま、考えたって仕方ねえですわな。今はまだ、情報が少なすぎる」


 そこで、ギエナが手を打ち鳴らした。言う通りだ、今ここで話したところで、何もかもが憶測にしかならない。


「よし、刺客の正体と能力についてはここまでだ。今の最大の問題は、明日の会議をどう乗り切るか、でしょう。お嬢様」


「……ええ、そうね。そっちについて考えましょうか」


 テーブルの上に、私たちは再び地図を広げた。


 王国の勝利は、まだ確定していない。むしろ、今夜の襲撃によって、事態はさらに複雑化している。


「ガーランドのリゲル皇太子。……あいつは、今夜の混乱を間違いなく利用してくるでしょうね。下手なことを言えば、揚げ足を取られかねん」


「下手なこと……? 例えば?」


「ま、ミラク嬢に助けられたことなんかは、間違いなく突っついてくるでしょうね。あとは、王国の"反姫派"との内ゲバなんじゃないか、とか」


「……待って、それは違うじゃない。なんなら、ミラクに証言してもらって……」


 そこで、ギエナは首を振った。


「止めといたほうが賢明ですぜ。帝国の工作員を帝国が撃退した、なんて、わけがわからんでしょう。妙な口裏合わせたんじゃねえかって、議場でのお嬢様方に変な疑いがかかっちまう」


「……っ、それは」


「ただでさえ、帝国は立場が悪いんです。ミラク嬢に恩があるんなら、あの子をあれ以上追い込むのは、止めといてやんなせえ」


 彼の言うことは、全て正しかった。


 それ以前に、帝国が真っ二つに割れているなんて話が出れば、彼女の特使という立場も危うくなる。


 ミラクの複雑な立場を考えれば――これも仕方がない、と言えるのだろうか?


「まあ、それ以上に気にしなきゃいけねぇのが、今日、我々が放った毒餌――"解呪方法"についての証拠を、徹底的に要求してくるはずだろうってことっすね」


「……っ、やっぱり、そうなるのね」


 私は、心臓が冷えるのを感じた。

 ハッタリだと言い切ってしまえば、それまでだ。


 私たちは、"いばら姫"の呪いを解くための方法など知らない。龍脈と接続して魔力を補う、なんてことが、本当に可能なのかも。


 正確には、アルフェッカならば知っているかもしれないが、彼女の承認なしにその情報を渡すことは不可能であり、そもそもその記録がどこに残っているのかすら、確証はない。


「リゲルは言うでしょうね。『口先だけなら誰でも言える。具体的な術式の断片、あるいは検証可能な記録として提示せよ』と」


「ええ。それを出せなきゃ、ガーランドは再び"王国の割譲"を声高に主張し始める。それも、今度はより綿密に、一つも取りこぼさないようにな。条約の緩和どころか、国そのものがバラバラにされちまうでしょう」


 ギエナは苦い顔で、空を睨んだ。


「とりあえず、王都にゃ早馬を飛ばしやしたが、あいにくと今夜の騒動で、混乱も生じているようでして。……アルフェッカ様や王から正式な回答が届くには、どうしても時間が足りねえ」


「……つまり、時間稼ぎが必要なのね」


「正解。……明日、リゲルが食いついてきたところで、さらに大きなハッタリを畳み掛ける。回答を待つ間、議会を長引かせ、ガーランドを煙に巻く答えを提示し続けるしかない。……死ぬ気で、言葉の迷路を作ってもらいやすぜ、お嬢様」


 言葉の迷路。


 現代日本で培った、あの"クレーマー対応"や"事務的な交渉術"。そして何より、"童話の知恵"という、私の最大の武器。それを最大限に駆使して、王国の存続という薄い氷の上を走り続けろということか。


「……わかったわ。やってみる」


 それが、私にしかできない、私の仕事なのだろう。


「よっしゃ、それじゃ、今日は解散。明日に備えて、各自、体を休めてくだせえ」


 ギエナが話をそう締めれば、最初に動き出したのは、シャウルだった。部屋の端で話にも入ってこなかったため、てっきり寝ているのかと思ったが、そうではなかったようだ。


「話は終わったっすね。んじゃ、あたしは一足お先に失礼するっす」


 そう残して、足早に部屋を出ていく。全く、彼女は何があってもペースが崩れない。


「私も、失礼します……少し、考えたいことがあるので」


 火傷薬の上に包帯を巻き上げたのを確認すると、上着を一枚羽織って立ち上がった。


 きっと彼は、責任を感じているのだろう。自分がついていながら、サダルスウド相手に何もできなかった。そう、自責しているのだ。


「……ねえ、アルト、私は」


「それでは、また明日。どうか、良い夜を」


 声は届かず、彼は部屋を出ていった。


 本当に一言、自分を責めなくていいと、そう伝えたかっただけなのに。それすらも、今の彼は遠ざけてしまっていた。


「……まあ、難しいとこではありやすね」


 ギエナは腕組みをしながら呟く。


「相手取るのが"姫"連中じゃ、アルトの坊ちゃんは力不足。それは間違いのない事実だ。下手すりゃ、無駄死にまでありうる、ヤバい相手だ」


「アルトは、頑張ってるわよ。さっきだって、私を――」


「頑張ってる、ってのは、戦場において何の役にも立ちゃしねえんですよ、お嬢様。それをわかってるから、あいつは凹んでるんでしょうよ」


 そこでようやく、彼も腰を上げた。わざとらしく「よいしょっと」なんて声を出しながら立ったのは、おどけたかったのか、それとも癖か。


 どうあれ、彼もまた、今日は店仕舞いということらしい。


「……んじゃ、おじさんもそろそろお暇しまさぁ。お嬢様、今日はよく休んでくだせえよ」


「ええ、わかったわ。……また明日」


 そうして、ギエナも去っていく。無駄に広い客室の中で、私は一人、考える。


 "原初の姫"の存在、サダルスウドの見せた力、未だ決着がつかない、"棘無し"の皇太子。やらなければならないことが、いくつもいくつも増えていく。


 ああ、なんだかすごく、誰かの顔が見たかった。炎の中に消えた妹か。それとも、砕けて消えた友人か。見たい人ほどもういなかったけれど、それでもなんだか、物悲しい。


「――なんか、少しだけ、疲れたかも」


 独り言ちて、私はベッドに横たわった。また来る明日を、ほんの少しだけ疎ましく感じながら。


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