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54話「困惑と飛躍、そして合流」

 先ほどの喧騒が嘘のように、運河のせせらぎが穏やかに響く別の店のテラス席。


 私たちはようやく、まともな食事にありついていた。


「ぷはーっ! やっぱり飯は静かに食うに限るっすね! さっきは毒見の途中で邪魔が入ったから、実質これが今日の一食目っす!」


「……あんた、さっき私の前菜を半分以上奪っておいてよく言うわね」


 呆れ顔でシャウルを見やる。彼女は既に二皿目の肉料理を口いっぱいに頬張り、幸せそうに尻尾を揺らしていた。その横で、私はようやく落ち着いて目の前の"再会"に向き直る。


「……で。改めて聞くけれど。アルト、あなた、どうしてこんなところにいるの? レグルス砦の修復はいいのかしら?」


 問いかけると、アルトは少し決まり悪そうに眼帯のない方の目を伏せ、手元の果実水に視線を落とした。


「……その補修作業のためですよ。戦後の修繕に必要な資材が、今の王国(ヴァルゴ)の業者じゃ賄いきれなくて。特に、"赤ずきん"にやられた外壁の修復には、エリダヌス特産の特殊な石材と、帝国製の触媒が必要なんです。だから、国内を通さずに直接こっちの業者と交渉しに来ました」


「一人で? 大変だったわね」


「いえ。砦の連中も、俺なら多少の無理は効くだろうって……。あ、でも、今回の出張には、副隊長から『ついでに少しは骨を休めてこい』って強制的に休暇を付けられたんです。俺は別に、休みなんて要らなかったんですけど」


 アルトは少し不服そうに唇を尖らせた。その様子は、レグルス砦で死線を潜り抜けた戦士というより、仕事を取り上げられた真面目な少年のようで、私は思わず口角が緩むのを抑えられなかった。


 相変わらずの仕事人間というか、放っておくと壊れるまで働き続けそうな危うさは変わっていない。


「ふーん。休暇ね。……まあ、この街は娯楽だけは腐るほどありそうだし、いいんじゃない?」


「そう言うノクティア様こそ……王都での用事が終わって、こっちに静養に来たんですか? でも、ヴァルゴからここまでは距離があるし、というか、ギエナ隊長はどこに……」


 アルトが心配そうに私を覗き込む。


 ああ、そうか。そういえば、彼とはレグルス砦で別れたままだったか。


「そうね。ねえ、アルト。近々この街で、"大星潮条約"の改訂サミットが開催されることは知ってる?」


「ええ、まあ。そのせいか、街もざわついてますし」


「私、それの王国側全権特使」


「……は?」


 アルトの動きが、物理的に止まった。


 飲もうとしていたグラスを宙に浮かせたまま、彼は瞬きもせずに私を見つめている。しかし、それも少しの間のこと。


 彼は手元の果実水を一気飲みして、表情を綻ばせる。


「……あっはっは! いやあ、ノクティア様。すみませんが、ちょっとよく聞こえなくて。ええと、何でしたっけ?」


「だから、私、全権特使」


「聞き間違いじゃなかった!」


 頭を抱えるアルト。うるさいっすね、と顔をしかめるシャウル。


「ええ。私、王国の命運をこの肩に背負ってるわけ。凄いでしょ」


 冗談めかして笑ってみせると、アルトの顔からみるみるうちに血の気が引いていき、代わりにとんでもない速度で赤みが差した。


「え? は? どうしてそうなったんです? 王様に呼び出された後、一体何が!?」


「そうね、レグルス砦での一件についてって話だったわ。たぶん、新しい"姫"への牽制でしょうね」


「……それは、そうでしょうね。"姫"は国家間のパワーバランスも変えますから」


「そこで私、王国の"姫"に会いたいって話したの。でも、断られてしまって……」


「それもそうでしょう。王都を守る"姫"は、国防の要ですし、そう簡単には……」


「で、気付いたら全権特使だったわ」


「絶対何か抜けてるって!」


 辺りがざわめく。ちょっと面白いから見ていたかったが、迷惑をかけるわけにもいかない。立ち上がらんばかりの勢いで叫ぶアルトを、どうにか宥める。


「ちょっと、落ち着きなさい。ほら、あんまり騒ぐと、ほかのお客さんに悪いわ」


「ああ、そうですね。申し訳ない。と、いうことは、さっきのレストランでの騒動も、全権特使として……?」


「あれはただのカスハラ対策よ。関係ないわ」


「無いわけねえだろ!」


 ついに敬語がどこかへ行った。


「もし相手が他国の重要人物だったらどうするんだよ! 普通に国際問題だろうが!」


 身を乗り出し、吠えるアルト。シャウルが「あはは、アルト様、顔が面白いっす!」と笑い転げている。


「まあまあ、ほら、考えてもみなさい。相手が本当にそんな重要人物なら、飲食店の店員相手にクレーマーめいたことしてないわよ」


「……まあ、それは、そうですけど」


 いい感じに肩の力が抜ける。そう、私はこれを欲していたのかもしれない。


 アルトは横をすり抜けていこうとしていたウェイターを引き留めると、追加の果実水を注文した。何か言いたげな顔をしていたウェイターだったが、黙って注文を取り、そのまま、そそくさと去っていく。


「……まったく、何だよ。『俺がこの地を守り……』とか言ってたのに、馬鹿みたいじゃんか」


 ブツブツと、何事かを呟いているアルトは、見方を変えれば酔っ払いのようだった。果実水、もしかしなくてもアルコールが混ざっているんじゃなかろうか。


 しばらくそうして、悶々としていた彼だったが、やがて、勢いよく立ち上がる。


「……よし、決めました。俺……私も、ノクティア様に同行します!」


「あら、いいの? 休暇中って言ってなかった?」


「今終わりました! というか、私はそもそも休暇など必要なかったんです!」


 テーブルの対角にいるシャウルが、力強く宣言するアルトに、横合いから茶化すような視線を送る。


「えー? でも、アルト様、休暇中なのに礼服とか持ってるんすかぁ?」


「うっ、そ、それは……こ、この後買ってください! そのくらい落ちるでしょう、経費とかで!」


 ムキになる彼が、何だか可笑しくて、私はいつの間にか、自然な笑みが溢れているのに気が付いた。


(――でも、いいわよね? 今日だけだもの)


 明日になれば、笑ってもいられないのだからと、自分に言い訳をして、私は顔を綻ばせるのだった。



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