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42話「いざ、王都へ」


 ガタゴトと揺れる馬車の中、私は対面に座る"おじさん"の言葉を、噛みしめるように聞いていた。


 いよいよ、王都へと向かう道中。再建に追われるアルトを砦に残し、私の馬車に同乗したのは、不真面目な侍女シャウルと、酒臭い自称"おじさん"のギエナ・アルファルドだった。


「――お嬢様。いいですか、王都じゃあね、決して"本物"である必要はねぇんですぜ」


 ギエナは窓の外を流れる景色を眺めながら、欠伸混じりにそう切り出した。


「……本物である必要が、ない?」


「そう、本物だと思わせた奴が勝つ、あそこはね、デカい劇場の舞台なんですわ」


「つまり、私は、演じればいいということね」


「そうさ。あんたが本当は何を考えていようが、王都の狐どもには関係ねぇ。奴らが知りたいのは、あんたが『自分たちに利益をくれる便利な道具』か、『喉元を食い破る恐ろしい怪物』か、そのどっちかってことだけだ」


 ギエナは腰のスキットルを軽く振り、喉を鳴らして安酒を流し込んだ。


「王都に入ったら、あんたは単なるグラスベルの令嬢じゃねぇ。帝国の"赤ずきん"を退け、硝子の軍勢を従える、底知れぬ力を持った"最強の姫"……そういう物語の主人公を演じてもらう」


 つまり、彼は私に、ハッタリをかませと言っているのだ。


 私は心の中で、『長靴をはいた猫』の物語を思い出していた。賢い猫が、貧しい主人を『カラバ侯爵』という偽の身分に仕立て上げ、王さえも騙して城を手に入れた話。


 今のギエナは、まさにその猫の役を演じようとしているのだ。


「いいですか、お嬢様。王都に入ったら、絶対に隙を見せちゃいけねぇ。常に『私はあんたらの命をいつでも硝子に変えられる』って顔をしてなせえよ。慈悲なんて見せりゃ、付け込まれる。あんたが傲慢であればあるほど、奴らは勝手に深読みして、あんたを恐れるようになる」


 ふうん、と私は感心していた。砦で試してきた時から、何となく思っていたが、彼は相当に頭が回る人間だ。


 普段は枯れたふりをしているが、こうして話していれば、並の人間ではないことが伝わってくる。


 こうなれば、むしろ心配なのは――。


「……あー、おじさんの講釈(こうしゃく)が長くて、耳にカビが生えそうっす」


 隣でぐったりと座っていたシャウルが、退屈そうに髪を指でくるくると回しながら呟いた。


 問題は、こっちか。私は額を一度抑えてから、彼女に声をかける。


「シャウル。あなたも聞いているの? 王都に入れば、あなたの粗相一つが私の命取りになるのよ」


「わかってるっすよー。あたしはただの侍女。お嬢様の影に隠れて、おこぼれの美味い飯を食うだけっす。……でも、まぁ、お嬢様は心配しなくていいっすよ。あたし、"嘘"の匂いには鼻が利く方なんで」


 シャウルは、眠そうな目を半分だけ開けて私を見た。


「口だけ回して、腹の中で笑ってる奴とか……逆に、震えながら強がってる奴とか。そういうのが、あたしには透けて見えるんす。……だから、もし王都の奴らがお嬢様を騙そうとしたら、すぐ教えてあげるっすよ」


 シャウルの言葉に、ギエナが愉快そうに鼻を鳴らした。


「へへ、こいつぁ頼もしい。お嬢様のハッタリを支えるには、最高の"鑑定人"だ」


 私は、自分の周りにまともな人間が一人もいないことに、改めて眩暈(めまい)を覚えた。


 嘘を見抜く。その特技が本物だとしたら、私自身にも向けられているのではないかという疑念が、一瞬だけ背筋を冷たく撫でる。


 私の弱さを看破されているとしたら――この、舐めた態度も頷けるかもしれない。


 そんな風に考えていた私の前で、ギエナが一度、手を打ち鳴らした。


「なーに、ぼーっとしてんです、お嬢様。そこの嬢ちゃんに、言えたもんじゃねえですよ」


「……ええ、ごめんなさい。少し、考えごと」


「考えごと、ねえ。一つ言っときますぜ、お嬢様。あんた、王都から無事に帰ってきたきゃ、他のことなんて考えてちゃいけませんぜ」


 ギエナの言葉が、私の痛いところを突く。


「あんたが何者で、何を考えていたとしても、今は"最強の姫"として君臨しなせぇ。自分自身に嘘をつけ。それが、あんたの求めるもんへの一番の近道だ」


「……自分自身に、嘘を」


 私は窓に映る自分の顔を見つめた。


 硝子の瞳。


 この瞳が、本当はただの怯えた異世界人のものであることを、誰にも――王にも、他の姫にも、悟られてはならない。


「……わかったわ。王都を出るまで、私は気高き"姫"であり続ける……そういうことね?」


「ハッ、飲み込みが早くて助かりますぜ。……さあ、練習だ。まずはその、安っぽい令嬢の微笑みを捨てなせ。もっとこう、虫ケラを見るような冷たい目で、おじさんのことを見下してみてくだせえや」


「……こうかしら?」


 私がギエナの教え通り、感情を殺して彼を睨み据えると、彼は満足げに肩を揺らした。


「最高だ。……これなら、王都の狐どもも、せいぜい震えて待つしかねぇでしょうよ」


 馬車は揺れる。王国の心臓部、王都ヴァルゴへと向かって。


 ハイエナの軍師と、嘘を嗅ぎ分ける侍女。


 私は、自分という存在を最も美しい嘘で塗り固め、新たな戦地へと足を踏み出す覚悟を決めた。


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