2話「呼ばれた私と見知らぬ世界」
ノクティア・サイレンス=グラスベル。
このグラスベル領を治める領主の一人娘、歳は、奇しくも私と同じ18歳。
中々子宝に恵まれなかった領主の、遅くに生まれた子供ということもあり、それはもう多くの寵愛を受け、立派な貴族令嬢として育ってきたという――。
「――というのが、きみの"この世界"での肩書きさ。なんとなく、わかってくれたかい?」
ポーラと名乗った女性は、混乱する私をベッドに座らせ、一通り話し終えると、最後にそう結んだ。
「……わかるも何も」
私は、眉間を揉みほぐしながら、呻くように問う。
「なんで私が、転生……? してくることになったんですか? 私、死んだんじゃ……」
「ふむ、まあ、その疑問もよくわかる。そうだな、転生というよりも、転移、あるいは"憑依"というべきだろうか。きみの魂が世界の壁を越え、その体に定着したのだ」
「……どうして、そんなことに?」
私は頭を抱えた、意味がわからない。
何をどうしたら、火事で焼け死んだ人間が貴族令嬢に生まれ変わることがあるのだろうか。
まだ、兎を追いかけて穴に落ちた先で見ている夢、と言われた方がしっくりと来る。
そんな私の疑問に、どう答えるべきか、ポーラは一瞬だけ悩む素振りを見せた。そして、ぽつり。
「"姫降ろしの儀"。我々が行ったのは、それだ」
「……ひめ、おろし。それって、どういう?」
耳馴染みのない言葉に、思わず首を傾げる。
「そうだな、一言で言えば、"呼んだから"だ。私私たちは、こちらの世界を救うために、"姫君の魂"を招くことにしたのだよ」
「……私に、協力を求めたってことですか?」
私は自分の手を見つめる。白くて、綺麗な手。
そんなことを言われても、大したことなどできはしない。私はただの高校生で、秀でたことなど、バイトのシフト管理くらいしかない。あとは、童話が好きなことくらいだ。
壮大な人違いというオチは勘弁してほしい。
「ああ、そうさ。だが、ただ呼べば来るものではない。魂を入れるための"器"が必要だった」
ポーラの声が、一段低くなる。
「そのために、その体の持ち主――ノクティアお嬢様は、自らの魂と引き換えに、器となる体を差し出したのだ」
「――は?」
言っている意味が、一瞬わからなかった。
体を、差し出した?
「自ら望んで、私を自分の体に……? じゃあ、この体の持ち主は……ノクティアさんは、どうなったんですか?」
「消滅したよ。きみという異邦人を招くための、代価としてね」
吐き気がした。
私はまた、誰かの犠牲の上に生き残ったのか。
妹を見殺しにして、今度は、会ったこともない少女の命を食い潰して、のうのうと息をしているのか。
「……世間的に、きみは私と共に西の山に登り、修行中に崖から落ちて意識不明……ということになっている」
ポーラの淡々とした説明が、遠く聞こえる。
私はふらつく足でベッドから立ち上がり、窓辺まで歩いていった。
窓の外に広がるのは、中世ヨーロッパ風の街並み。
"いかにも"な煉瓦や石造りの家々。遠くに見える、見たこともない形状の山脈。
理屈はわからない。それでも、認めざるを得ない。
「――本当にここは、私のいた世界じゃないんだ」
景色だけじゃない。
ガラスに映るこの顔も、体も、命さえも。
何ひとつ、私のものではないのだ。
「……それで? 命を擲ってまで、彼女は何を望んだんですか」
込み上げてくる吐き気を堪えつつ、私は窓の外を見つめたまま、ポーラに問うた。
『世界を救うため』と彼女は言っていた。けれど、それではあまりにも、理由が抽象的すぎる。
ノクティアという少女の、命に見合うだけの理由を、聞いておかなければならないと思った。
「戦争だよ」
短く、重い答えだった。
「我が国は今、帝国の侵略を受けている。異世界の"姫"の力を運用する帝国軍は、通常戦力では太刀打ちできない相手だ。対抗するためには、こちらも"姫"の力を借りるしかなかった」
「……それが、私?」
「そうだ。ノクティア・サイレンス=グラスベル。そして、その中に宿る魂よ、きみは、私たちの希望なのさ」
希望、なんて柄じゃない。
私は溜息をついて、振り返る。
「人違いだと思いますよ。私には、戦争を止めるような力なんてありません」
「それはこれからわかることさ。……おっと、噂をすれば」
ポーラが視線を扉へ向けた。
ドタドタと、廊下を走る慌ただしい足音が近づいてくる。
「お嬢様! 旦那様をお連れしました……!」
勢いよく扉が開かれ、先程のメイド服の少女――スピカが飛び込んでくる。そして、その背後から、一人の壮年の男性が姿を現した。
立派な髭を蓄えた、彫りが深く、たたえた優しくも厳しい表情は、いかにも威厳を感じさせる。
しかし、その瞳には深い疲労と、それ以上の焦燥が浮かんでいた。
「……彼が、ノクティア――きみの父親。グラスベル辺境伯だ」
ポーラが囁く。あれが、この体の持ち主の父親……?
どう反応したらいいのか分からず、思わず身構える私を見て――グラスベル辺境伯は、大きく目を見開いた。
「……おお、ノクティア、よくぞ……!」
駆け寄ろうとして、彼は寸前で足を止める。
その目は、愛娘を見る目ではなかった。
まるで、腫れ物に触れるような。期待と、恐怖と、罪悪感が入り混じった、複雑な視線。
ああ、そうか。
彼も知っているのだ。ここにいるのが娘ではなく、娘の命を奪って成り代わった、得体の知れないナニカであることを。
「……目が、覚めたのだな」
絞り出すような声に、私はどう振る舞ったらいいのかもわからず、ただ小さく頷くことしかできなかった。
「はい、おはようございます。その、私は……」
その先の言葉が、紡げない。
実の娘の体を奪った私が、何を言えばいいというのだろうか。喉の奥が、膿んだように痛む感覚があった。




