表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/38

31話「間に合わなかったシンデレラ」

 静寂が、音を立てて壊れた。


「……あは、あはははは!」


 私の喉から溢れ出したのは、場違いな哄笑だった。


 抱きかかえていたスピカの残骸をそっと床に横たえ、私はふらふらと立ち上がる。視界は涙で滲んでいたけれど、その奥にある"核"のようなものは、これまでにないほど冷たく、鋭く研ぎ澄まされていた。


「あはは、あはははははっ!!」


 お腹の底から突き上げてくる笑いが止まらない。


 可笑しくてたまらなかった。


 私の知る童話は、どれにも納得のいく結末があった。救われるお話、救われないお話。主人公が救われても、誰かが傷つくお話。


 それでも、信じていたのだ。最後には奇跡が起きて、みんなで笑い合えるハッピーエンドが待っているのだと。


(――そんなもの、どこにもなかった)


 現実はいつだって、残酷で、苛烈で、救いようがない。

 私はいつだって――間に合わない。

 

「……何がおかしいのさ。狂っちゃった? あんたの脳みそまで溶かした覚えはないんだけどぉ?」


 アンタレスが不機嫌そうに唇を尖らせ、指先からドロリとした溶解液を滴らせる。


 私は芝居がかった、流麗な足取りで一歩、彼女の方へ踏み出した。


「ええ、狂ったのかもしれないわね」


 言い放つ声も、踊るように。

 朗々と、崩れかけの砦に満ちていく。


「でもね、そのおかげで分かったの。私は、十二時までの魔法を待つだけの、お利口な女の子じゃいられないって」


「……は? お前、何を言って――」


 アンタレスの疑問符を、強く踏み込んだ足音でかき消す。


 そう、ここはもう、舞台の上。余計な台詞は要らないのだ。


 そう確信して、天を仰ぎ、喉を震わせて叫んだ。


「いつだって私は一歩遅れる! 舞踏会に間に合わず、救いたい手にも届かず、運命を変えることもできなかった!」


 叫びと同時に、全身から溢れ出した冷たい光が、私の纏っていた煤まみれの軽装鎧を粉々に砕いた。


 破片が舞い、夜の闇を吸い込んで、それは透き通るような、けれど夜の煌めきを凝縮したような"ドレス"へと変貌していく。


 硝子の鱗が幾重にも重なり、裾が動くたびに星を砕いたような火花が散る。




「そう、私は――"()()()()()()()()()()()()()"!」




 私の背後、崩落した砦の空間に、巨大な時計の文字盤のような光の円陣が出現した。


 現在時刻を示す針は、まるで剣のように研ぎ澄まされ、カチ、カチと不規則な音を立てて空間を震わせる。


 それを見た"赤ずきん"の顔が、驚愕に歪む。


 圧倒的捕食者だったはずの彼女が、気圧されている。その事実が受け入れがたいのか、強く歯を食い縛る音が響いた。


「……ッ、何その格好! どうでもいい演出なんて、溶けちゃばいいし!!」


 アンタレスが恐怖を塗りつぶすように叫び、最大級の溶解の波を放つ。


 すべてをドロドロの泥に変えてきた、あの理不尽な溶解液。


 けれど、それは私の目の前に展開された、一枚の透明な"硝子の壁"に接触した瞬間、空しく霧散した。


「……な、に……? 溶けない……!? なんで、アタシの"溶解"が、効かないの!?」


 アンタレスの顔が驚愕に歪む。


 私は硝子の壁を指先でなぞりながら、冷徹な笑みを浮かべた。


「アンタレス。……あなたも現代人、この世界にやってきた"姫"なら、『王水』という薬品のことは知っているわよね?」


「おうすい……? 何それ、知らないわよ!」


「金すらも溶かし、プラチナさえも蝕む、規格外の腐食性を持つ最強の酸よ。……でもね、その最強の薬液を、人類がどうやって保存しているか知っているかしら?」


 私は一歩、また一歩と、アンタレスへ歩み寄る。


 足が着地するたび、泥と化した床がカチリと音を立てて、美しく、硬質な硝子の結晶へと変わっていく。


 ――世界のカタチ(ものがたり)が、塗り替わっていく。



「至極簡単な道理よ。――硝子は、酸じゃ溶けないの」



「……っ、そんな、理屈……!!」


「理不尽には理屈を。絶望には絶望を。……物語のルールを無視して暴れたいなら、私もそうさせてもらうわ、だってそれが"姫"だもの」


 アンタレスの顔から、さっきまでの余裕が完全に消え去った。


 次々と溶解液を放つが、それらが私を守る透明の盾――硝子の障壁を越えることはない。


 毒々しい赤色を、私の放つ冷徹な硝子の輝きが圧倒していく。


「くっ、こんな、馬鹿な……っ!」


「あなたにはわからないでしょうね、アンタレス。たぶん、"姫"との戦闘経験は薄いんじゃない? 」

 

 私は右手をゆっくりと掲げた。

 背後の時計の針が、重厚な金属音を立てて一刻を刻む。


「さあ、始めましょう。主役(わたし)のいない舞踏会(パーティ)は退屈だったものね?」


 私の声が、凍てついた砦に響き渡る。


 硝子のドレスが、月光を反射して真っ白に輝いた。


 苦々しげに、赤ずきんが構える。それを見据えて、私は言い放った。


「ここからの脚本(シナリオ)は、私のものよ。……"めでたし"までに、絶望させてあげる」


 引きつったアンタレスの表情を、私は硝子の瞳で睨みつける。


 何もかもに間に合わなかった私も――ようやく、反撃開始だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ