表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/42

1話「目覚めた私は伯爵令嬢」

 どこかで、誰かが呼んでいるような気がした。


 くらい、くらいトンネルの向こう。


 反響するようにして響いてくる声が、何だかこそばゆくて、私は――。




「――っ!」


 熱い。痛い。苦しい。

 まだ、皮膚が焼ける音が耳にこびりついている。


「……はっ、ぁ……!」


 弾かれたように、私は上体を起こした。


 荒い呼吸。心臓が早鐘を打っている。私は反射的に自分の両腕を抱きしめ――そして、動きを止めた。


「……いたく、ない?」


 焦げ付いた皮膚も、熱で爛れた指先もない。

 そこにあるのは、透き通るように白い肌と、滑らかな感触だけ。


 眩しい陽光が、眼球を突き刺す。消毒液の匂いも、焦げ臭い煙の匂いもしない。


 ここは、どこだろう。

 病院? ううん、それにしては……。


 少しずつ目が慣れてくると、辺りの景色がはっきりしてくる。


 知らない場所だった。まず目に入ったのは、恐らくベッドの天蓋(てんがい)だった。滑らかなベルベット地で覆われたそこから降りた薄手のカーテンが、私と外界を(へだ)てている。


 カーテン越しに見える景色にも、見覚えがない。壁は、よく磨かれた石材だろうか? そこにかけられた深紅のタペストリーは、触れがたい威厳めいたものを放っているし、壁際に置かれた長机には精緻(せいち)な彫刻が施されている。


 どう見ても、日本には見えない。


 それこそ、ファンタジーの中のお城か何か、といった風情だろうか。


「私、あの時に焼け死んだんじゃ……」


 夢、ではない。体が焼ける感覚も、目の前で潰された妹の最期も、全身に嫌というほど焼き付いている。


 しかし、自分の体に目を落としてみても、特に火傷の痕のようなものは見当たらない。それに、あの状況では、助かりようもなかったはずだ。


「……それじゃ、ここが天国?」


 あるいは、妹との約束を守れなかった、不甲斐ない姉は地獄に落ちたのか。それにしては綺麗すぎるな、なんて、どこか的外れな考えを浮かべた――。



 ――その瞬間だった。



 不意に、部屋の扉が明け放たれる。唐突な出来事に、思わず私は身構える。


「おはようございます、お嬢様、入りますよ」


 そんな風に、穏やかな挨拶を口にしながら入ってきたのは、一人の少女だった。


 顔立ちは、日本人のようには見えなかった。大きな目に、2つにくくった灰色の髪。ロングのエプロンドレスは、いわゆる"メイド服"に近いものだが、装飾が少なく、より実用的な服装のように思えた。


 彼女はベッドの私が起きていることに気づかず、水桶を床に置くと、独り言のように呟いた。


「……お嬢様。今日はいいお天気ですよ。そろそろ起きてくれないと、スピカ、退屈で死んじゃいますからね」


 窓を開けようとして、彼女が振り返る。

 そして、ベッドの上に座り込む私と目が合い――その大きな瞳が、限界まで見開かれた。


「……え? お、お嬢、様……?」


 ポロリ、と。彼女の手から雑巾が落ちる。


「う、うそ! 起きて、起きてらっしゃったんですか!?」


 次の瞬間、彼女は弾かれたように駆け寄ってきた。


「目が覚めたんですね、良かった、スピカは、スピカはとても心配していたんです、このまま目を覚まさなかったら……!」


 スピカと名乗る少女は、ポロポロと涙を零しつつ、嗚咽に声を詰まらせながら言う。 


「ち、ちょっと待ってください。何が何だか、あなたは……?」


 私はとりあえず、彼女のことをなだめようとした。


 わけがわからない。どうしてこんなところにいるのか、ここがどこなのか、何故、怪我一つないのか、聞きたいことが色々ある。


 だから、話ができればと思ったのだが――少女は、私の話をまったく聞いていないようだった。


「わわ、そ、そうだ。すぐに旦那様と、ポーラ様を呼んできます!」


「いや、その前に、何が起こってるのか説明を――」


 思わず手を伸ばしたが、少女は制止も聞かずに、部屋を飛び出していく。


 反射的に、体が起き上がろうとしていた。瞬間、全身に広がる脱力感。寝起きの立ちくらみのようなものか。構わず、転がるようにベッドから降りて、立ち上がる。


 そのままふらつく足で、少女を追いかけようとして――私は、それに気が付く。



 ――部屋の端に置かれた姿身。



 ちょうど、扉の近くの壁に立てかけられていたそれが、目に入る。当然、映るのはその前に立つ、私の姿であるはずだ。


 しかし、そこに映っていたのは、私ではなかった。



 綺麗な髪。まるで、灰の中から拾い上げた宝石みたいな、肩ほどまである、(つや)やかなシルバーブロンドの髪。北欧系のモデルさんのような、はっきりとした目鼻立ち。特に、目元には人を引きつける力強さのようなものを感じる。


 頭身や身長も、記憶している自分よりも、頭一つ以上高いような気がする。



 ――まるで、絵本の中のお姫様のような、そんな存在が、そこにはいた。



「……は!? なんで、これ、私……?」


 それが信じられず、鏡に詰め寄る。戸惑う私を嘲笑うかのように、鏡の中の女性は、私の行動を、表情を、口の動きをなぞる。


 意味がわからない。私は焼け死んだはずで、ここは天国か地獄か……どうあれ、死後の世界というのであれば、また話はわかる。


 しかし、何をどうしたら、こんな美少女の姿を取ることがあるのだろうか――?



「それは、きみがこちらの世界にやってきたからさ」



 戸惑う私に、振り注いでくる、落ち着いたアルトの美声。


 顔を上げてみれば、そこ立っていたのは、一人の女性だった。


 先ほどの、メイド服の少女とはまた違う。歳の頃は30代に近いだろうか? 真っ黒な髪と瞳が印象的な、大人の女性。


 全身に纏った黒いローブと、頭の上に載せた、大きなエナン帽が、まるで童話の中の魔法使いを思わせる。


 彼女は、その底の見えない瞳を私に合わせながら、薄い唇をゆっくりと開いた。


「私は、魔法使いのポーラ。お初にお目にかかるよ、異世界の姫君」


 異世界の、姫君?

 私がその問いを口にするよりも早く、彼女はニヤリと微笑んだ。


 こうして、私の第二の人生が――異世界での生活が、幕を開けるのだった。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あるいは、妹との約束を守れなかった、不甲斐ない姉は地獄に落ちたのか。 ↑妹を守れなかったとは言え、神様もそこまで残酷じゃないさ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ