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18話「大釜の底に沈む罪」

 誰しも、自分の考えたことが面白いようにハマれば、それなりの快感を覚えるものだろう。


 私にも覚えがある。テストのヤマが当たった時、ミステリー小説の犯人に気が付いた時、思いつきで作った料理が、思いのほか美味しかった時。


 組み上げたロジックの答え合わせに、人間は心地よさを覚える生き物なのだ。


 しかし――これはどうしても、快いものではなかった。

 胃の奥からせり上がってくる不快な熱を、私は必死に飲み込んだ。


 指先が、自分の意志とは無関係に細かく震えている。それを悟られないよう、私は袖の中で強く拳を握りしめた。


(……やったのは、私だ)


 崖の下から聞こえてきた、鈍い破壊音。


 肉と骨が潰れる、あの生々しい音は、私のいた世界ではテレビの向こう側にある"作り物"でしかなかった。


 けれど今、私の目の前で、私の言葉一つで、生きていたはずの人間がただの物言わぬ肉塊へと変わった。


 それが紛れもない事実。今の私にとっての、避けようのない現実だ。


 暗闇に覆い隠されていたのは、せめてもの救いだ。そうでなければ、きっと私は、膝をついていただろう。


「――お嬢様、上まで来た分は片付きましたよぉ」


 背後からかけられた、あまりにも穏やかな声。


 振り返ると、そこには返り血を浴びたスピカが、いつものように屈託のない笑みを浮かべて立っていた。


 彼女の足元には、つい数秒前まで息をしていたであろう男たちが、喉を裂かれ、無様に転がっている。


「……そう。お疲れ様、スピカ」


「はあい! 剣を握るのも久しぶりですから、ちょーっと緊張しましたけど、大丈夫でした!」


「ふふ、頼もしいわね……」


 上擦りそうになる声を喉の奥で押し殺し、私は冷徹な仮面を被り直す。


 目の前の惨状に吐き気を催している自分を、全力で隠す。


 そうしなければ、この世界の残酷さに飲み込まれてしまいそうだった。


 スピカが強いことは知っていた。昨日だって、私を守るために男を叩き伏せた。


 けれど、今の彼女は違う。


 迷いなく、呼吸を整えるように、淡々と命を刈り取ってみせた。


 私が妹のように、守るべき対象だと思っていた少女は、この狂った世界に最適化された"捕食者"なのだという事実を、これ以上ないほど突きつけられた気がした。


「……ノクティア様」


 アルトが、死体の山を検分しながら私に歩み寄ってくる。


 彼の隻眼には、私への疑念と、それ以上に深い驚愕が宿っていた。


 無理もない。誰もが"あり得ない"と断じた崖の上で、現実に地獄を現出させたのだ。


「あなたの予見通り、彼らは登ってきました。……そして、全滅した」


「……当たり前でしょう。ここは入り口のない塔だもの。登ってきた王子様は、落とされる運命(シナリオ)なのよ」


 私は、震えを隠すためにあえて冷たく言い放ち、視線を死体へと向けた

 そこで、あるものが目に留まる。


 男たちが背負っていた、荷物から飛び出した、不気味な円筒形の金属。


「アルト、それは何?」


「……これですか。帝国製の最新兵装だと思われますが」


 アルトが死体の背嚢からそれを取り出す。


 ずしりと重そうなその物体は、微かに化学薬品のような、鼻を刺す匂いを放っていた。


「見たところ、高濃縮の薬塩を詰めた爆破装置……いわゆる"爆弾"の類かと。正門の壁を壊すために用意していたのでしょうが、こんなものまで持ち込もうとしていたとは」


「爆弾……!? そんなものまで、帝国は作っているの……?」


「人殺しの道具を作らせれば、連中の右に出るものはいないでしょう。恐らく、従来の火薬とは桁違いの威力かと思われます」


 私はその銀色の筒を見つめた。


 この世界では最新の、けれど私の世界では、文明を終わらせるほどにありふれた破壊の象徴。


 それが、いま私の目の前にある。


「……そんな危ないもの、ここに置いておくわけにはいかないわね」


「ええ。回収して、後で処理させましょう。……しかし、これだけの数があれば、砦の一つや二つ、内側から消し飛ばせたでしょうね」


 アルトの言葉に、私は背筋が凍るのを感じた。


 もし、私が"童話の教訓(ラプンツェル)"を思い出さなければ。もし、スピカがここで剣を振るわなければ。


 この爆弾は、この砦を破壊し――帝国は、平和なシルマの街まで侵攻していたことだろう。


 そうなれば、死んでいた人間は、きっと今日ここで犠牲になった者よりも、ずっと多かったはずだ。


(……殺さなければ、殺されていた)


 その事実は、私の罪悪感を消し去ってはくれない。

 けれど、震えを止めるための理由にはなった。


 まだ血の匂いが残る夜風を深く吸い込み、漆黒の地平線を睨みつける。


 遠く正門の方では、まだ戦火が揺れている。

 狼を一匹仕留めたところで、夜はまだ終わらないのだ。


「……さて、戦果の報告に向かいましょうか。スピカは私についてきて、アルトは、引き続き、後続が来ないかの警戒をお願いするわ」


 私は、死体の一つから、血に塗れた徽章のようなものを剥ぎ取り、歩き出した。


 一刻も早く、この場所から離れたい――そんな気持ちが、無かったとは言い切れなかった。


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