表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/173

159話「髪に宿る過去」


 短い対話を終え、重苦しい情報の断片を抱えたまま、私はセファス王と共に塔の最上階を後にしようとした。


 だが、背後から掠れた、けれど意志の籠もった声が私たちを呼び止めた。


「待って。……セファス、少し席を外してくれないかしら。ノクティアと二人だけで、話したいことがあるの」


 王は一瞬、意外そうに目を見開いたが、アルフェッカの真剣な眼差しを認めると、無言で承諾し、静かに扉を閉めた。


 部屋に残されたのは、艶を失った銀糸の海と、弱り切った"髪長姫"、そして私。


「……私に話って、何かしら。アルフェッカ、あなたはもう、休んだほうがいいわ。無理をしないで」


「いいえ。……暗殺者(グリス)が動いている今だからこそ、伝えておかなければならないことがあるの。なぜ、この国に反"姫"派などという、歪んだ思想を持つ者たちが生まれたのか。その根源にある、私の……"罪"の話を」


「……あなたの、罪?」


 私は思わず聞き返す。そんな話は、初耳だ。


 けれど、聞いておかなければならない気がした。私が来るずっと前から、この国に横たわる、わだかまりの正体が、そこにあるのだから。


「私がまだ、この塔に根を張る前の話よ」


 アルフェッカは遠い目をして、窓の外に広がる王都の灯火を見つめた。


 彼女が語り始めたのは、今から数十年前。この世界を焼き尽くしたあの大戦が終結した直後の、秘匿された物語だった。


「大戦が終わった直後、この国は今とは比べ物にならないほどの栄華を誇っていたわ。戦勝国の代表として、まだ"大星潮条約"による不自由もなく、世界で最も強大な国。当時の王国には、三人の"姫"がいたのよ」


「……三人?」


 私の知る限り、王国の守護者はアルフェッカ一人だ。

 かつてのこの国には、他にも、"姫"がいたということだろうか。


「ええ。でも、そのうちの一人のことは……もう誰も覚えていないわ。私も、王でさえも。あの大戦の直後に起こった、"マッチ売りの少女"との凄惨な諍いが終わると同時に、彼女はその名も存在も、人々の記憶から……歴史のすべてから消し去られてしまったから」


 その話は、以前にも聞いたことがあった。


 アルフェッカを含む、四人の姫が、世界を焼き尽くさんとする"マッチ売りの少女"を止めようとした話。その直後に、一人の"姫"が姿を消したということか。


 歴史や記憶から消える、というのは簡単なことではないだろうが、私たちの操る魔法ならば不可能ではないし、そうして、消えてしまいたくなる気持ちだって――わからないわけじゃない。


 しかし、今回重要なのは、どうやらその消えた"姫"ではないようだった。


「だから、以後の王国を支えていたのは、残された二人の"姫"だったわ。一人は、国防の要もして、王都の安寧を司っていた私、"芽吹いてしまった髪長姫"。そして、もう一人は――」


 アルフェッカは、そこで一度言葉を切った。


 彼女の手が、胸元の銀糸を愛おしそうに、けれど苦しそうに、宙空を握りしめる。


「――戦の要。"個"としての圧倒的な強さを尊び、戦いそのものを楽しむような、戦場の申し子のような"姫"がいたのよ。彼女は私の無二の友人だったわ。あちらの世界から同じ境遇を背負ってこの地に降り立ち、言葉にならない孤独を分かち合えた、唯一の仲間だった」


 アルフェッカの言葉から伝わってくるのは、かつての戦友への深い情愛だった。


 厳しい大戦後の混沌とした世界。人々は救いを求めると同時に、理外の力を持つ"姫"を恐れてもいた。そんな不安定な情勢の中で、アルフェッカが、唯一心を許し、笑い合えた存在。


「私たちが何を考え、何を恐れていたか……。それを説明しなくても理解し合えるのは、彼女だけだった。公務が終われば、二人で塔の頂上で星を眺めて、いつかこの役目を終えたらあんな場所へ行きたいねって、そんな子供じみた夢を語り合ったこともあったわ」


「……つまり、その人はアルフェッカにとって、何よりも大切な存在だった……ってことよね? その人は、今はどうしているの?」


 私の問いに、アルフェッカは力なく、自嘲気味な笑みを浮かべた。


 くすんだ銀色の髪が、彼女の悲しみに呼応するようにサラサラと音を立てて崩れる。


「……今、この王国に力を貸している"姫"は、私とあなただけ。……ノクティア、それがすべてを物語っているわ」

「それじゃあ、彼女は……」


「ええ。あの大戦が終わった後、世界は平穏を取り戻したはずだった。でも、"マッチ売りの少女"が現れたことが、最大の誤算だった」


「……誤算?」


「ええ、そうよ。私ち旧い世代の"姫"たちは、"魔女闘争"と呼ぶ、あのおぞましい火の記憶……。"マッチ売りの少女"を退けるために、私たちはすべてを賭けて戦ったの」


 アルフェッカの瞳は、何かを思い出すかのように、その色を深くしていく。


「……その、戦いが終わった後から、私たちは少しずつ、ズレていったの」


 一筋、銀色の涙が零れ落ちた。

 それは、失われた時代への鎮魂歌のように。


「そうして、袂を分かったのよ。誰よりも共にあり、誰よりも信頼していたはずなのに……。なぜ、私たちは手を取り合い続けることができなかったのか。そして、彼女がなぜ王国から去らなければならなかったのか」


 アルフェッカは、震える声でそう告げた。


 かつての友情が、どのようにして修復不可能な"別離"へと至ったのか。


 未だ、血の滲む傷を押さえるようにして、彼女はぽつり、ぽつりと語り出す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ