156話「登城と警告」
翌朝、王都ヴァルゴに聳える、白亜の王城。
その玉座の間へと続く長い赤絨毯を、私は一人で進んでいた。
ザラとシャウルは、重厚な扉の向こうに待機させている。シャウルは不安げに私の背を見送り、ザラは無言で周囲の衛兵の視線を牽制していた。
そうして、私は久方ぶりに、彼に見える。
「――セファス王、ご報告が遅くなり、申し訳ございません」
玉座に座る、セファス王。
かつて初めて彼に会った時は、その威厳に圧倒されたものだが、今の私には、彼の双肩にのし掛かる"王国"という名の重圧が、物理的な重さを持って透けて見える気がした。
「……面を上げよ、ノクティア・グラスベル」
促され、私は深々と下げていた頭を上げた。
私は、ガーランド公国で起きたすべてを、ありのままに報告した。ディバルド大公の散り際、アダーラを始めとする、三人の"姫"が起こした惨劇、そして、生き残ったリゲル公子との間に結んだ、対帝国への同盟締結について。
「本当はもっと早く、直にお耳に入れたかったのですが、私も、私の騎士たちも、あの戦いで負った傷が深く……。心身共に、即座に王都へ向かえる状態ではありませんでした」
私の言葉を聞き終えたセファス王は、深く背もたれに体を預け、一筋の溜息をついた。その表情には、まるで友人を失ったかのような悲痛さが滲んでいる。
「……よろしい。書簡でも大まかな流れは把握していたが、お前の口から直接聞くことで、ようやく現実味が帯びてきた。ディバルドの死は痛恨だが、公国との絆を繋ぎ止めたお前の働きは、まさに王国の救いと言えるだろう。"銀髪祭"も近い。ノクティアよ、暫しその身を休めるがよい」
「恐れ入ります、陛下。ですが……」
私は、彼が差し出した休息という名の慈悲を、静かに押し止めた。
「休息の前に、陛下に二つ、早急にお伝えしなければならないことがございます」
私は、懐から一通の封書を取り出した。
リゲルが別れ際に託した、二通目の手紙。
セファス王の側近がそれを受け取り、王へと手渡す。
静寂が玉座の間を支配した。王が紙面を繰る微かな音だけが、高い天井に反響する。内容を読み終えたセファス王の瞳には、鋭い光が宿っていた。
「……なるほど。次はこう動くわけだな、ノクティア。リゲル公子も、随分と残酷な真実を託したものだ」
「そうですね。彼もまた、力を尽くしてくれています。我々の協力者として」
「……お前に問う。半年後の帝国の侵攻。リゲル公子から託された、この情報を以てすれば、我らは間に合うと思うか?」
王の問いは、最短距離で核心を貫いてきた。
公国や連邦と、いかに強固に結びつこうが、最終的にはそこ――半年という期日で、帝国を超えるだけの戦力を用意できるか、というその一点に懸かっている。
「わかりません。……ですが、やらなければならないのです。私は、"姫"という存在が抱える歪みを、そのまま放置しておくことはできません。それが、この世界の綻びを広げているのだとしたら、私は……」
私の返答に、セファス王は言葉を失ったように俯いた。
その沈黙は、長く、重い。彼はかつての自分を、あるいは若き日の理想を、目の前の少女に重ね合わせていたのかもしれない。
「……そうか。お前の眼差しは、もはや一介の令嬢のそれではないな」
王が顔を上げた時、その表情は王としての冷徹なものへと戻っていた。
私は間を置かず、二つ目の懸案を口にする。
「陛下、さらに、もう一点。……私の侍女――シャウルが王都の裏路地で、不穏な動きを察知しました。銀髪祭の最中、この王都の守護神であるアルフェッカ様を標的にした、暗殺計画が進められているようです」
その瞬間、セファス王の顔から余裕が消え失せた。
彼は眉間に深い皺を寄せ、絞り出すような声で呟いた。
「……何だと? 間が悪い……」
「間が悪い? 陛下、暗殺計画をご存知だったのですか?」
「いや、そうではない。計画については初耳だが、今、彼女は……非常に、芳しくない状態にあるのだ」
王の言葉に、私は心臓が冷えるのを感じた。
「芳しくない、とは……まさか、体調を崩されているのですか?」
「……言葉で説明するのは難しい。地脈が乱れているのか、あるいは彼女自身の内側に異変が起きているのか。あやつ、数日前から塔の最上階で臥せったまま、まともに言葉も交わせぬ有様なのだ」
シャウルが見た雷撃を纏う大男。カノンが残した不吉な言葉。
それらが、アルフェッカの変調と無関係であるはずがない。暗殺者たちは、彼女が弱っていると知って、牙を剥こうとしてきているのだろうか――?
「一体、何が起きているのですか……」
「わからぬ、だが、実際に見たほうが早いだろう、来なさい、ノクティア。お前ならば、あの塔で何が起きているのか、何かを見抜けるかもしれん」
セファス王は玉座から立ち上がると、傍らの衛兵に短く指示を出し、迷いのない足取りで奥の私室へと続く回廊を歩き始めた。
私はその後ろ姿を追い、暗い石造りの通路を進む。
目指すのは、王都の中央にそびえ立つ、銀色の"星の塔"。
その最上階で、この国の運命をその髪に束ねていた"姫"が、どのような姿で待ち受けているのか。
背後で、重厚な扉が閉まる音がした。
私たちは銀髪祭の喧騒を背に、冷たく静まり返った聖域へと、深く足を踏み入れていった。




