表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/174

154話「暗殺計画」

◆◇◆



 ――時は、あたしがお嬢様を撒いたところまで遡る。



(――お嬢様、ごめんなさいっす)

 

 あたしだって、別に毎日毎日、"姫"だの帝国だのって難しい顔をして歩きたいわけじゃない。

 

 むしろ、生来、そういうのは苦手な方だ。


 "銀髪祭"の夜。王都ヴァルゴを包む熱気と、どこからともなく漂ってくる肉の焼ける香ばしい匂い。これに抗えるほど、あたしの意志は鋼鉄製じゃない。


 人混みを縫うようにしてノクティアお嬢様の視界から消えるのは、あたしにとって造作もないことだった。お嬢様は考え事に没頭すると周りが見えなくなるし、あのザラって女騎士もお嬢様の護衛に手一杯で、あたしの影を追う余裕なんてなかったはずだ。


「ふふふ……悪いっすけど、羽根を伸ばさせてもらうっすよ。今夜のあたしの胃袋は、連邦の岩塩焼きと公国のクリームパイを受け入れる準備が万端っす!」


 鼻歌まじりに屋台を物色し、どの獲物から食い散らかしてやろうかと算段を立てていた――。



 ――その時だった。



「……っ!」


 祭りの喧騒を、冷たいナイフで切り裂くような視線が背中に突き刺さる。


 振り向けば、そこには見覚えのある、鼻持ちならない顔が立っていた。


 高級な絹の服に身を包み、脂ぎった顔に卑屈な笑みを浮かべた男。


 それは、以前、あたしに銀貨を握らせて、お嬢様のスパイをさせていた反"姫"派の貴族の一人だった。


「……なんすか、あんた。まだあたしに、何か頼みたい仕事でもあるんすか?」


 あたしは露骨に嫌な顔をして、手に持とうとしていた串焼きを諦め、彼に促されるままに路地裏の影へと足を踏み入れた。


 表通りの喧騒が遠のき、湿った石畳の匂いが鼻をつく。


 男は周囲を気にしながら、下卑た笑みを深くしてあたしに語りかけてきた。


「……賢い君なら分かっているはずだ。もはや、この王国に未来は無い。"人魚姫"を奪われた連邦や、蹂躙されたガーランドの惨状を見ただろう?」


「……何が言いたいんすか?」


「次に滅ぼされるのはここ、ヴァルゴだ。我々に残された道は、どれだけ傷をつけずに、王国を帝国に引き渡せるか……それだけなのだよ」


(……こいつら、本当に腐ってるっすね)


 あたしは内心、吐き気を催すような軽蔑を覚えた。


 そんなことをしても、帝国の連中がこいつらの食い扶持を残してくれるはずもないのに。自分の首を差し出して、代わりに鎖を緩めてもらおうなんて、おめでたいにも程がある。


「あたしはあんたの思想には興味ないっすよ。で、結論は何なんすか」


「変わらんよ、君に要求することはな。グラスベルの"姫"の動向を知らせ、我々の都合がいいように誘導しろ、それだけだ」


「……そうっすか、話は、それで終わりっすか? なら――」


 あたしが適当にあしらおうとすると、男は勝ち誇ったように、聞き捨てならない一言を口にした。



「――すべては、あの忌々しき"姫"を消すことから始まる。星の塔に籠もる髪長姫(アルフェッカ)を殺す……。これが王国の幕引きの合図だ」



「……っ! アルフェッカ様を、殺す……?」


 心臓がドクンと跳ねた。


 アルフェッカ様。ガーランドの時に、私たちに力を貸してくれた、お嬢様と同じ王国の"姫"。


「ああ、そうさ。難攻不落のあの塔から決して出てこない彼女が、唯一、無防備に大衆の前に姿を現すのが、この祭りの最奥に行われる儀式なのだ。そこを狙う」


「……アルフェッカ様は、"姫"っすよ。そう簡単に殺せる相手じゃ――」



 そこまで言いかけて、あたしは全身の毛が逆立つのを感じた。



(――っ、なに、これ)


 あたしの背後。光の届かない路地の暗がりに、いつの間にか"それ"が立っていた。


 ――バチッ。


 乾燥した冬の空気の中で弾ける、静電気のような音。けれどそれは、ただの不快な電気の音じゃなかった。


 あたしのすぐ後ろで、真夏の夕立が降る直前のような、重苦しく、ひりつくような臭いが立ち込めた。


 恐る恐る、首だけを動かして振り返ったあたしの視界に入ってきたのは、人間の範疇を完全に逸脱した巨躯だった。


 岩のように硬く隆起した筋肉。

 見上げるほどの背丈。


 そして何より、その男の肩から手首までを覆い尽くしている、鈍い光を放つ頑強な小手(ガントレット)。そこから、青白い雷のようなオーラが、不気味な放電音と共に漏れ出していた。


(――気付かなかった、あたしが!?)


「もちろん、こっちも用意しているさ。……色々とね」


 男の言葉が、遠い。そんなことを聞いている余裕もなく、あたしの本能は絶叫していた。



 ――こいつは、ヤバい。

 


 長いこと、裏路地のゴミ溜めで死肉を漁るように生きてきたあたしだから、わかる。


 こいつが纏っている気配は、お嬢様が戦ってきたあの化け物じみた"姫"たちや、あの恐ろしい"人類到達点"の騎士と、同じ種類のものだった。


 圧倒的な、抗いようのない武の質量。

 

 ガントレットの隙間から溢れる青い光が、路地裏の壁を青白く照らし出す。


 その光に照らされた大男は、表情ひとつ変えず、あたしのことなんて羽虫か何かのように見下ろしていた。


「……ぁ」


 声が出なかった。

 一刻も早く、ここを離れなきゃいけない。


 お嬢様に伝えなきゃいけない。


 アルフェッカが殺されるとか、政治がどうとか、そんなことよりも先に。

 

 ――この、雷を纏った死神が、命を、あたしたちの物語を、跡形もなく踏み潰しに来るっていう事実を。


 あたしは、震える足を必死に叩き、隙を見て路地裏から飛び出した。


 背後で貴族の笑い声が聞こえたような気がしたけれど、振り返る余裕なんて一秒もなかった。

 

 人混みの中を、肩をぶつけ、転びそうになりながら、あたしは叫びたい衝動を必死に抑えて走り続けた。


 祭りの賑わいが、今は不気味な悲鳴の予行演習にしか聞こえない。

 

(――お嬢様、お嬢様、お嬢様!)


 一刻も早く、これを伝えなければ。

 

 あたしは、心臓が破裂しそうなほどの恐怖を抱えながら、夜の王都を、ノクティアお嬢様の姿を求めて駆け抜けていった。



◆◇◆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ