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151話「騒めく王都」

 街道の荒れた道は、段々と、王都特有の滑らかな石畳へと変わっていく。 


 傾きかけた日が、王都の中央にそびえる"星の塔"を長く引き伸ばし、街全体を黄金色に染め上げている。


 王都ヴァルゴ。


 間近に迫った"銀髪祭"の余熱を帯びた街は、数日前に離れたグラスベル領の静寂が嘘のように、人の波と活気に溢れかえっていた。軒先には白銀のリボンが飾られ、風にたなびくたびに街全体が精霊の鱗粉を振りまいているかのように煌めいている。


「お、お嬢様! 見るっす! あの屋台、連邦の串焼きじゃないっすか! こっちには公国の名物パイもあるっすよぉ……!」


 馬車の窓から身を乗り出し、喉を鳴らしているのはシャウルだ。彼女の目はすでに獲物を狙う肉食獣のそれであり、その熱量に圧倒された私は、溜息をつく暇さえなかった。


「落ち着きなさい、シャウル。……まずは宿に荷物を置くのが先よ」


「そんなこと言ってる間に、あのお肉が売り切れちゃったらどうするんすか!? 事件っす、国難っすよ!」


 半ば発狂気味の侍女を力尽くで引きずり、ようやく手配していた宿へと辿り着いた頃には、街はすっかり夜の帳に包まれていた。


 だが、王都の夜はこれからが本番だ。銀髪祭を控えた前夜祭の熱気は、暗闇を押し戻すほど強いランプの灯火に彩られている。


(……今日はひとまず身体を休めて、明日の朝一番で登城するのが良さそうね)


 頼れるものが少ない今、無理な行動は控えるべきだ。けれど、道中の不機嫌な沈黙に耐え続けた私の精神もまた、少しの気晴らしを求めていた。


「わかったわ、少し歩きましょうか。シャウル、あなたもあまり遠くへ行かないと約束するなら、少しだけ屋台を回ってもいいわよ」


「やったっす! お嬢様は世界一話のわかるご主人様っす!!」


 宿を出ると、ザラも仏頂面のまま、影のように私の数歩後ろについてきた。


 彼女は祭りの浮かれた空気など一切無視し、周囲の人混みに油断なく視線を走らせている。その手は常に剣の柄に置かれ、彼女の周囲だけが真空のように冷え切っていた。


「……あたし、あっちの林檎飴を見てくるっす!」


 シャウルは宣言するなり、人の波を掻き分けて猪突猛進に駆け出していった。


「ち、ちょっと、シャウル、待ちなさい……!」


 追いかけるため、駆け出そうとしたところで、私は――不意に、ある露店商の前で足を止めた。


 そこは、祭りに浮かれた若者や子供たちが集まる、安価なアクセサリーを売る屋台だった。


 色とりどりの小物が並ぶ中で、私は一つの、簡素ながらも美しい白銀のリボンを見つめていた。



(――リボン。……そういえば結局、買ってあげられなかったな)



 脳裏を掠めたのは、ザラの妹――スピカの笑顔だった。


 振り切ったつもりでいた。ケリをつけたつもりでいた。目まぐるしく変わっていく日々の中で、決着をつけたような気になっていた。


 それでも、彼女の面影が、幾度となく、記憶の扉を叩く。忘却や、慣れすらも許さないかのように――。



「――ノクティア様。あまり悠長にしている余裕はないかと」



 私の物憂げな表情の理由を、後ろに立つ姉が察しないはずがなかった。


 ザラが、喉の奥で氷を噛み砕くような、苛立ち混じりの声を放つ。


「……感傷に浸るのも結構ですが、シャウル様は行ってしまわれましたよ」


 突き放すような、けれどどこか自虐的な響きを孕んだ一言。


 ザラは私を一瞥することもなく、構わず前方へと歩き出した。その背中は、かつて妹を愛していた自分さえも切り捨てようとしているかのように、頑なで、寂しかった。


「……ええ。そうね。急ぎましょう」


 私はリボンから視線を外し、先を急いだ。


 後悔しても、もう、スピカの件は取り戻しようもない。


 だというのに、私の思考はどこか遠く――祭りの喧騒を遠ざけていた。


「完全に見失っちゃったわね。全く、あの子は……」


 口にしつつ、周囲を見渡す。圧倒されそうなほどの人混みは、小柄な少女の一人程度、あっという間に飲み込んでしまう。


 だが、私は焦りはしなかった。このひと月の付き合いで、彼女の行動パターンは嫌というほど熟知している。


(……今日は長距離の移動だったわ。あの子、元気そうに見えても、実はかなり疲れているはずよ)


 私の予想が正しければ、空腹を抱えたシャウルは、食べ歩きだけで終わらせるような効率の悪いことはしない。


(となると、そんなに遠くまでは行っていないわね。まずは腰を据えて、一息吐こうとするはず……)


 私は立ち並ぶ屋台の列を抜け、大通りから一本入った路地へと視線を向けた。


 そこには、王都の庶民たちが愛用する、いかにも"安くて美味くて量が多い"という活気に溢れた大衆食堂があった。店の外まで肉を焼く香ばしい匂いと、大声で笑い合う労働者たちの声が漏れ聞こえてくる。


「……ここにいるのですか? 本当に?」


 背後からザラが、疑わしげに鼻を鳴らした。


「ええ。あの子の嗅覚を信じるなら、間違いなくここよ」


 私は、使い込まれた木の扉に手をかけた。


 ザラが相変わらずの仏頂面だったが、それでも、いつでも剣を抜ける姿勢のまま私の背後を固めているのがわかる。


(一応、護衛らしくはしてくれてるのね)


 そんなことを考えつつ、私はある種の確信とともに、扉を開いた。


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