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143話「新星の煌めきと祭りの気配」

 シャウルが嵐のように去っていった後、私は執務室の書架から王都の風俗史に関する古い記述を探し出した。彼女が浮かれていた"銀髪祭"という名の由来が、ふと気になったからだ。


 銀髪祭。


 それは、()()()()()()()()()()()"()()()()()"アルフェッカを称えるために、建国当初から続く伝統ある祭典だという。


 毎年、春の足音が聞こえ始めるこの時期になると、王都中央にそびえ立つ"星の塔"を囲むように数多の出店が並び、大道芸人や旅の楽団が集う。民衆にとってそれは、厳しい冬を越した祝いであり、国の安寧を司る精霊への感謝を捧げる華やかな催しであった。


(……アルフェッカを称える祭り、ね)


 ふと、虚空に意識を向ける。


 当の本霊である"姫"のアルフェッカは、"星の塔"に座す、この国の守護者だ。そういう意味では、守り神というのは間違いないかもしれない。


 龍脈を通じて、微かな彼女の鼓動のようなものは感じ取れるが、ガーランドにいた頃は、いつも足元や肩の辺りに乗っかっていたが、王国内であれば、あんな分身を使うまでもなく、全てを把握することができるのだろう。


 全識の"姫"。それが、私の知るアルフェッカだ――。



「――へえ、お嬢様、"銀髪祭"に行くんですかい」



 午後。私は砦の補修に関する書簡を届けるため、グラスベル領の騎士たちが身体を休める宿舎へと向かった。


 そこには、かつての生気を取り戻そうと、不器用に林檎を丸齧りするギエナの姿があった。


「結構賑やかなもんですぜ、お嬢様。王都の"銀髪祭"ってやつは。毎年、他国からも来賓があったりしやすからね」


 ギエナは包帯の巻かれた左腕を気にすることなく、シャリ、と良い音を立てて林檎を噛み砕く。宿舎の窓からは、厳しい冬を越そうとする騎士たちの訓練の掛け声が聞こえてくるが、ギエナやアルトの姿がそこにないことが、現在の戦力の空白を如実に物語っていた。


「まあ、とはいえ、今は国際情勢も不安定だ。あんまり他国から来たがるもんも少ねえとは思いますがね。公国であれだけド派手にやり合ったんだ、噂は商人たちの荷に乗って、どこまでも広がりやすから」


「そうなのね。……ミラクやリゲルも、呼んだら来るかしら。少しは賑やかになると思ったのだけれど」


 私の言葉に、ギエナは苦笑して首を振った。


「いやあ、あの二人はまだまだ忙しいでしょう。ミラク嬢は帝国に弓引いたんです、エリダヌスの地盤を固めておかなきゃいけねえ。リゲルの坊ちゃんだって、今や大公だ。国を建て直すのに、寝る間も惜しんで書類を喰らってるはずですよ」


「……そうよね。遊んでいる暇なんて、誰にもない、か」


 そういう意味では、こうして領地で内政をこなし、祭りの見物に行こうかと悩める自分は、一番気楽な身分かもしれない。そんな自嘲じみた思いが脳裏を掠める。だが、ギエナの瞳に宿る真剣な光は、私が"気楽"でいることを許してはくれなかった。


「まあ、祭りに行くんなら止めやしやせんけどね。ただ、おじさんもアルト坊も、まだ戦えるほどにゃ癒えてねえ。護衛は一応つけやすが、あんまり過信しねえでくだせえよ」


「……そうね、わかったわ。とはいえ、二人の傷が癒えるまで、戦力が大幅にダウンしたままでいるのは、あまりにも痛いわね……」


 私は腕を組み、しばらく考え込んだ。


 アダーラとの決戦で痛感したのは、個の力の不足だ。私自身の"姫"の力も万能ではない。概念をぶつけ合う戦いにおいて、私を護り、道を切り拓く"騎士"の存在は不可欠だ。


 そこで、私はあるアイデアを口にした。


「ねえ、ギエナ。他の騎士にも、あなたやアルトのように、魔法の"種"を渡すことができるかもしれないわよ。そうすれば、"姫"に対抗できる戦力が、他にも増やせるんじゃないかしら」


 ギエナが林檎を噛む手を止めた。


「……おいおい、お嬢様。何考えてるんです?」


「帝国が半年後に動き出すというのなら、アルトやあなたを待つだけじゃ足りないわ。騎士団の中に、誰か有望な人はいないかしら? 魔法の力に耐えうる資質を持った、対"姫"の戦力として数えられる騎士が」


 私の問いに、ギエナは珍しく真剣な、それでいてひどく迷ったような表情で沈黙した。


 窓の外から吹き込む風が、彼女の使い込まれたマントを揺らす。彼女はしばらく考え込んでいたが、やがて、重い口を開いた。


「……いねえことはねえですけど。……あんまり、オススメはしやせんぜ」


「どうして? 実力があるなら、多少難があっても、背に腹は代えられないわ。詳しく教えて」


 しかし、ギエナはそれ以上、その"騎士"について語ろうとはしなかった。ただ、林檎の芯を皿に置き、ひどく複雑な溜息を吐くだけだ。


「……さあね。ただ、お嬢様は辛い思いをするかもしれねえってだけですよ。……まあ、どうしてもってんなら、場所くらいは教えやすがね」


 私は渋るギエナを押し切り、ついにその有望な"騎士"が現在、どこで、何をさせられているのかを聞き出した。


「……後悔しねえでくだせえよ、お嬢様」


 ギエナの残した言葉を背に、私は宿舎を後にした。


(――私が、辛くなる?)


 彼の口ぶりが、少しだけ気になった。


 とはいえ、新たなページを書き加えるための、未知なる可能性は必要だ。ギエナがそこまで言い淀む相手とは、一体どのような人物なのか。


(まずは、会ってみるしかないわね)


 祭りの賑わいが近づく王都の空を見上げながら、私は次なる目的地を、密かに心へと刻んだ。


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