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11話「夜半の不安に震えた指に」

 ――そう、上手くいくはずもない。


 図書室を飛び出し、意気揚々と作戦指令室へ戻った私たちを待っていたのは、もぬけの殻となった部屋と、冷え切った暖炉だけだった。


「……え、いない?」


 きょとんとしている私をよそに、アルトは残っていた衛兵と何かを話しているようだった。


 そして、肩をすくめつつ、戻ってくる。


「残念でしたね、お嬢様。オレオーン隊長および騎士団の主力は、先ほど"レグルス砦"へ向けて出立されたそうです」


 彼は、淡々と事実を告げる。


「えっ、でも、まだ夜も明けてないわよ……?」


「明朝まで待てない、状況は刻一刻と変わっている。……とのことで」


「〜〜〜っ、なんでそう、変に思い切りがいいのよ、あいつ!」


 私は反射的に踵を返した。


「スピカ、追いかけるわよ! 馬車を出して!」


「お、お嬢様、落ち着いてくださいっ!」


 駆け出そうとした私の腕を、スピカが抱き着くように掴んで止めた。


「砦に向かうには、夜の山道を通る必要があります。御者は皆、もう帰っておりますし、私が馬車を駆るにも、この暗さでは……」


「でも、今夜のうちに敵が登ってきたら……!」


「朝一番に、私が全力で飛ばしますよ! だから今日は休みましょ、ね?」


 スピカの真剣な眼差しに、私は毒気を抜かれたように立ち尽くした。


「……はは、傑作ですね。どうやら、空回りだったようだ」


 背後から、低く冷ややかな声がした。


 アルトだ。彼は壁に背を預け、眼帯のない方の目でじっと私を見ていた。


「結局、父上には届かなかった。貴女が何を言おうと、明日には"完璧な勝利"が歴史に刻まれるだけですよ」


「……そんなこと、わからないわ、あなただって、父君の耳に入れる価値がある程度には、私の考えを評価してくれたんでしょう?」


「ええ、しかし、それは夜が明けてから、早馬を飛ばしても間に合うものでしょう。私は、そろそろお暇します」


 そう口にして、彼は背を向ける。そのまま歩き去るのかと思いきや、彼はそこで、ピタリと足を止めた。


「……ところで、一つ聞いてもいいですか」


「……なにかしら?」


「なぜ、そこまで足掻くんです? あなたは兵士ではない。それこそ、軍事に関わるなど、お父様も望んではいないでしょう」


「お父様は関係ないわ、私は、私の意思で、戦いたいと思っているの」


「ならば、それはどうしてですか? 酔狂ではないと、そう仰るのなら、聞かせてください」


 私は少しの間、沈黙した。

 国のため? "姫"の義務? そんな高尚なものじゃない。


「……死なせたくないだけよ」


「死なせたくない?」


「ええ。隣で笑っている子が、理不尽に燃やされるのを……ただ見てるだけなんて、もう嫌なの」


「……ヴァルゴ王国は、戦火に晒されております。我々も力は尽くしますが、戦時中なれば、理不尽も死も避けられないものであると愚考いたしますが」


「嫌なのよ、そういうの。理不尽とか、誰かを亡くしたりとか。間に合わなくなってから後悔するのは、もう、沢山なの」


 私の両目には、目の前で焼け焦げていく、妹の轢死体が焼き付いている。


 ほんの、数分。私が早くバイトを上がっていれば、帰路を急いでいれば、あの子は助かった。


 だから、もう、遅れたくない。それは、ノクティア・サイレンス=グラスベルとしての言葉ではなく、星河こはるとしての、剥き出しの本音だった。


「……左様ですか。おめでたいことですね」


 アルトは興味を失ったように鼻で笑うと、背中を向けて暗い廊下の先へと消えていった。




「それじゃあ、お嬢様。また、明日ですね」


「ええ、また明日」


 スピカと簡単に挨拶を交わし、扉を閉めると、部屋を照らすのは月光だけになった。


 あの後、しばらくして自室に戻った私は、全身に酷い疲労感――否、通り越して、虚脱感(きょだつかん)とも言えるものが襲ってきた。


 思えば、今日は色々あった、ありすぎた。


 よくわからない世界に来て、事件にも巻き込まれて――まだ、家族を亡くした傷だって、()えてないのに。


「……だめだ、もう、限界」


 倒れ込むように、深く天蓋付きのベッドに身を沈める。


 冷たいシーツの感覚と、滑らかな上掛けの感触は、気持ちを落ち着かせてくれた、しかし、高鳴る心臓の鼓動を、隠し切ることはできない。


「……明日、本当に大丈夫かな」


 ぽつり、呟く。


 私は今、もしかするととんでもないことをしているのかもしれない。


 『ラプンツェル』なんて言って、考えが全く的外れだったら。


 もしかすると――さらに多くの人を危険に晒すかもしれない。


「……っ!」


 不安に、思わず枕を強く抱きしめる。


 つい昨日まで、私は普通の女子高生だったのだ。妹と、お母さんと、3人で慎ましく暮らして、たまに、好きな童話を読み聞かせたりして。


 そのくらいで良かったのに、どうしてこんなことに――。


「……お母さん、ちはる、会いたいよ」


 ぽつり、口に出すと、自然と頬を涙が伝った。枕を掻き抱く手にも、力が籠る。


 何もかも夢だったらよかったのだ。


 赤の女王に詰め寄られて、トランプ兵士が押し寄せて、そんな恐ろしい夢から覚めるように、目を開けたら、いつも通りの天井があって――。



 ――そんな風に考えた、その瞬間だった。



「……ん?」


 指先に、覚えた違和感。まるでそれは、何かに導かれるように。


 必然めいた感覚と共に枕を持ち上げると、そこには――。


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「ええ。隣で笑っている子が、理不尽に燃やされるのを……ただ見てるだけなんて、もう嫌なの」 ↑こはるの事がさらに好きになった。変に世界とか正義とかではなく、ただ目の前の人に手を伸ばせる勇気が一番共感で…
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