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間に合わなかったシンデレラは、硝子の靴で戦場を踊る  作者: 入江 鋭利
11章「騎士と青年と凍てつく茨」
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123話「赤き猛攻、見据える瞳」

 ――かに、見えた。 


 瞬間、赤黒い魔力は、アルトの握る剣から溢れ出した、純白の輝きによって一瞬にして霧散する。


 聖剣"アルシャイン"の光――それは、あらゆる悪しき力を、寄せ付けぬが如く。


 アンタレスの額に、苛立ちのシワが寄る。


「チッ、何だよ、そのオモチャ!」


 彼女は吐き捨てるように叫び、牽制のために左手の猟銃(ショットガン)を放つ。


 至近距離での射撃。しかし、アルトは右目の"硝子の瞳"で弾丸の散開パターンを読み切り、最小限の回避で弾幕をすり抜ける。


 間髪入れず、アンタレスは巨大な鋏を横薙ぎに振るうが、それさえもアルトの聖剣"アルシャイン"が放つ拒絶の光に阻まれ、手応えを奪われた。


 距離を取り、再び青眼に構えるアルト。その揺るぎない構えを見て、アンタレスは苛立ちを隠そうともせずに口を開いた。


「……ああ、そういや思い出したよ。確か、アンタら王国(ヴァルゴ)は、昔、魔法の技術を無理やり蘇らせようとしてたことがあったっけか」


 この世界において、純粋な"魔法"を扱えるのは異界の魂を宿した"姫"だけだ。


 かつて栄華を極めた魔法の体系は、今や失われた叡智(ロストテクノロジー)となり、理屈さえも解明不可能な"不条理"へと成り果てている――というのが、アンタレスの知る"魔法"だ。


 しかし、"失われた"叡智ということはつまり、魔法を体系として、只人でも扱えた時代というのが、確かに存在していたことを表している。


「確か、大戦の頃だったかねぇ? だからアンタたちの国にはいまだに、"魔法使い"なんて滑稽な役職の奴がしぶとく生き残ってんだ。……その剣も、その頃の遺物(ゴミ)か?」


「……御託はいい。この剣の輝きに臆したわけじゃないんだろ? とっととかかってこい」


「……あはっ、そっちこそ。ピカピカ光ってるくれえで、アタシを殺れるわけねえだろうが! ぶち殺して、その目玉を抉り出してやるよ!」


 アンタレスは再び、地面を爆ぜさせて距離を詰めた。


 彼女は"アルシャイン"の能力を、冷静に分析する。光の斬撃による遠距離攻撃、そして光による魔力の霧散。現状見えているのはそれだけ。不確定要素ではあるが、致命的な脅威には至らない。


 恐らく、王国の遺物――古い研究の末、魔法の真似事が可能になった程度の、"ありがたい"装備というやつだろう。


(――なら、先に手数で潰しちまえばいい。光る暇も与えねえよ!)


 咆哮と共に、アンタレスの手足の筋肉が、まるで内側から膨れ上がるように激しく盛り上がる。


 "赤ずきん"としての魔法を、今は"狩人"としての自己強化へと全振りする。不自然なまでの膂力と敏捷性が、彼女の肉体を凶器へと変貌させた。


「――がああああああッ!」


 巨躯が突進する。アルトは牽制のために聖剣を振るおうとしたが、アンタレスの左手が放つ散弾の方がわずかに早かった。


「……っ!」


 回避に転じるアルト。しかし、アンタレスの連撃は止まらない。


 鋏による容赦ない突き。そこから無理やり体を捻り、大剣のごとき横薙ぎ。さらに、その動作で生まれたわずかな隙を埋めるようにショットガンの追い撃ち。体勢が崩れたアルトの腹部へ、岩をも砕く威力の蹴りが放たれる。


 それらすべてを、アルトは"硝子の瞳"を酷使して紙一重で回避し続けた。


(――一番厄介なのは、現状、こいつの"目"だ)


 アンタレスは、冷徹な捕食者の瞳でアルトを観察していた。


 彼女の攻撃はどれもが必殺級だ。"溶解"は触れれば終わり、単なる拳や蹴りでさえ、常人なら一撃で昏倒、あるいは即死する。


 それでも戦いが成立しているのは、アルトの右目が"()"えているからに他ならない。


(逆に言えば、"目"さえ潰してしまえば終わりだ。……出し惜しみはさせねえぞ。一秒残らず使い切らせてやる!)


 彼女の手札は多彩だ。鋏による近接、猟銃の中距離、そして"溶解"。


 しかし、彼女はあえて戦術を近接のゴリ押しへとシフトした。


("溶解"は、こいつの退路を断つだけに使う。真っ向から、身体能力(スペック)の差で叩き潰してやる――!)


 小細工のない白兵戦。


 そこで物を言うのは、純粋な技量と肉体の限界値だ。


 元現代人ながらも、帝国の先触れとして暴れ回ってきたアンタレスと、若き騎士として研鑽を積んできたアルト。技量そのものはほぼ互角。……ならば、物語の補正を受けた"姫"としての身体能力が、天秤を大きく傾け始める。


 アルトの頬を、アンタレスの拳がかすめ、衝撃波だけで皮膚が裂ける。


 聖剣の光で受けても、アンタレスの鋏の一撃は重く、アルトの手首に確実な疲労を蓄積させていった。


 銀色の瞳に走る、わずかな亀裂のような激痛。


 カウントダウンは止まらない。


 一分という短い猶予が、アンタレスの猛攻によって、一秒、また一秒と削り取られていく。


 そして、アルトの体力もまた、無尽蔵というわけではなかった。攻撃を避け、防ぎ、いなし。それらを繰り返す都度、敏捷性は低下していく。


 ――鋭い前蹴りが彼を捕らえるのに、そこまで長い時間はかからなかった。


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