表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
間に合わなかったシンデレラは、硝子の靴で戦場を踊る  作者: 入江 鋭利
10章「お菓子と瞳と棘無しの記憶」
129/176

118話「本当の強さ」

 執務室を埋め尽くす、白銀の軍勢。


 アダーラが指先一つで生み出した氷の兵士たちは、感情を持たぬ機械のような正確さで、一斉に槍を突き出してきた。


「させない……っ!」


 私は咄嗟に、これまでの戦いでも最大の出力を込めて"硝子の盾"を幾重にも展開する。透明な障壁が、リゲルと私を囲むように城壁を成した。


 だが、その防壁は、強靭な兵士たちの槍先が触れた瞬間――。


 ――パリン、と。


 まるで、張ったばかりの薄氷のように、あっけなく粉砕された。


「……っ! なら、今度は……これならどうよ!」


 盾が通じないのならと、今度は攻撃に転じる。無数の"硝子の槍"を空間に生成し、弾丸のような速度で氷の兵士たちへ射出した。命中すれば、鉄の鎧さえ貫くはずの鋭利な突起。


 しかし。


「うそ……っ」


 氷の兵士たちは、盾を構えることさえしなかった。飛来した硝子の槍を、剥き出しの腕や胸で受け止め、文字通り"弾き飛ばして"しまったのだ。


 私の魔法は、彼女が作り出した"不条理"に傷一つつけることができない。


「なに、ぼーっとしてるの、おねえちゃん。あきらめちゃった?」


 アダーラのあどけない声。


 一際強い冷気が彼女の掌から溢れ出し、室内の酸素さえもが凍りつきそうな圧力が私たちを襲おうとした、その時だった。


「……っ、おい! ぼさっとするな!」


 激しい衝撃と共に、私の手首が強い力で掴まれた。


 反射的に魔法を練ろうとした私の手を強引に引き寄せたのは、顔の半分を凍らせたはずのリゲルだった。


「ちょっと、何するのよ! まだ戦える、私は……!」


「たわけめ! わからんか、今の貴様では、奴には逆立ちしても及ばんわ!」


「そっちのひとはわかってるね。……おとなしく、ねむって」


 アダーラがふわりと宙に浮き、凍てつく死の抱擁を広げる。


 その寸前、リゲルは私の手を引いて、粉砕された執務室の扉から廊下へと飛び出した。


「なっ……どこに行くのよ! あいつを食い止めなきゃ、街が、宮殿が……!」


「見下げた阿呆だな! 今の貴様に、奴を止められるものか! ガーランドの騎士は、勝てぬ戦で無駄に命は散らさん。立て直すぞ!」


 リゲルの怒声に、私は返す言葉を失った。


 悔しさと無力感が胸を締め付ける。けれど、彼の言う通りだ。今の私の"硝子"では、アダーラの"氷"に対して、砂の城を差し出しているのと変わらない。


 暗い廊下を走りながら、焦りが渦巻く。


 このままでは、アダーラはリゲルを追って宮殿中を凍らせていく。医務室にいるギエナや、彼に付き添っているシャウルにまで、あの無慈悲な冷気が及んでしまうかもしれない。


(……どうすればいい。どうすれば、あんな化け物に打ち勝てるのよ……!)



 思考の泥沼に沈みかけていた私の髪を、グイ、と引っ張る小さな感覚があった。



「駄目よ、ノクティア。……忘れてない? あなたの武器が、一体何なのか」


 肩の上で、賢者アルフェッカが凛とした声で私を叱咤した。


「――私の、武器?」


「そう。あなたの本領は、その稚拙な"硝子の魔法"そのものじゃないでしょ?」


 アルフェッカの言葉が、霧の中の灯台のように私の意識を射抜いた。


 魔法の出力。物理的な破壊力。それでは、私は彼女に及ばない。


 そもそも、私の魔法の力は、そこまで強くはないのだ。アンタレスには、スピカやオレオーンたちの最期の力を借りて、ギリギリ相性勝ち。アルゴラは、ミラクと共闘しなければ倒せなかった。


 真っ向からの力押しは、私の得意とするところではない。ならば――。



「――私の武器は、"童話"を読み解く力……!」



 そう、それだけは、誰にも負けるつもりがない。


 魔法の力比べ(あいてのどひょう)で、戦ってはいけないのだ。対"姫"戦闘は、如何にこちらの法則(ルール)に引き込むかが肝要なのだろう。


「ようやく気付いたのね。魔法の力は、"物語"から逸脱し、(ひず)むほどに強くなる。……けれど、その歪みに飲まれず、攻略の糸口を見つけるためには、力以外の"強さ"が必要なのよ」


 アルフェッカの声は、走り続ける私の耳元で冷徹に、けれど確かな信頼を込めて続けられた。


「ギエナやシャウルのことは安心なさい。二人とも無事だし、今は隠れさせているわ。ギエナを治療する際に流した、私の"髪"の一部――その存在を辿れば、いつでも位置はわかる。アダーラの探知からも外れているはずよ」


「アルフェッカ……助かるわ」


「礼は後。今は、あの"雪の女王"の正体を解剖なさい。あなたは、気兼ねなく思い切りやりなさいな」


 冷たい廊下を走り抜けながら、私の視界は急速に"物語の構造"を捉え始めていた。


 アダーラ。

 凍てつく魂を上書きされた少女。


(氷、雪、冷気。それを操るとなると、対象の童話は限られてくる……)


 リゲルの手に引かれながら、私は呼吸を整え、思考を研ぎ澄ませた。


(……もし、彼女の、あの起伏に乏しい表情が、何か別の要因によるものだとしたら……?)


 アークトゥルスの夜に舞う死の結晶を、今度は"魔法"としてではなく、"記号"として読み解いていく。


 果たして、私の硝子で、あの絶対零度の絶望に打ち勝つことができるのか――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ