表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
間に合わなかったシンデレラは、硝子の靴で戦場を踊る  作者: 入江 鋭利
10章「お菓子と瞳と棘無しの記憶」
128/177

117話「Glass on Ice」

 執務室の空気は、既に呼吸をするだけで肺が凍りつくような極低温に達していた。


 私は吐き出す息さえも白く凍る中で、魔力を極限まで練り上げる。


「……っ、これならどう!」


 展開したのは、無数の"硝子の棘(スパイク)"。透明な凶器が、空気を切り裂いてアダーラへと殺到する。だが、対する彼女は、まるでお手玉でもするかのような気楽さで手を振った。


「ふふ、おんなじだね」


 瞬間、彼女の周囲に同数の"氷の棘(スパイク)"が形成された。硝子と氷。光を反射し合う二つの結晶が空中で激突し、互いを砕きながらキラキラと無機質な残骸を撒き散らす。


「――まだ、まだあっ!」


 私は間髪入れず、硝子細工の巨大な腕を創り出す。魔法に裏打ちされた、強大な握力。しかし――。


「なあに、次はこれ?」


 事も無げに、アダーラは同じ形の、巨大な氷の腕を創り上げた。空中で組み合った二つの腕――先に砕けたのは、硝子の方だった。


「――っ、今ッ!」


 魔法の衝突で生じた視界の歪みに紛れ、私は手元に"硝子の剣"を生成し、一気に距離を詰めた。魔法戦で埒が明かないなら、懐に潜り込んで斬る。これまでの修羅場で培ってきた、生存のための泥臭い選択だ。


 しかし。


「へえ、おねえちゃん、うまいね。……こうやるのかな?」

 アダーラもまた、私の動きをなぞるように、美しく、そしてより鋭利な"氷の剣"を作り出し、私の最初の一撃を完璧な動作で受け流した。


 キィィィィィィィン――!!


 耳を劈くような硬質な金属音が響く。


 そこで私は、残酷な事実に気づかされた。


 私の"硝子"と、彼女の"氷"。どちらも無機質な結晶を操り、物質を具現化する能力だ。使い方も、応用も、驚くほど似通っている。


 けれど、決定的な違いがある。彼女の氷には、触れるだけで全てを停止させる"冷気"という絶対的な付加価値が備わっているのだ。


 "()"()"()()"()()()()()()()()


 だとするのなら、そんな相手に、一体どうやって――。


「あ、ゆだん、してる。がらあき」


 思考の隙間を突くように、アダーラの指先がリゲルを指した。


 放たれたのは、巨大な氷柱。


 彼では、避けられない。彼は"王"たる器ではあるだろうが、戦士ではない。ましてや、人の域を超えた、"姫"の魔法など――。


「リゲル!!」


 私は思考を放り出し、リゲルの前に飛び込んだ。硝子の盾を瞬時に最大出力で展開する。


 ――ドォォォォン!!


 凄まじい質量。受け止めた衝撃が肩を突き抜け、盾が粉々に砕け散る。


 その直後、視界に白い影が滑り込んできた。


「おねえちゃんは、こっちだよ」


 アダーラの手のひらが、私の腹部にそっと添えられた。


 瞬間、巨大な氷塊が膨張するように出現し、私の体は紙屑のように後方へと弾き飛ばされた。


「……っ、が……はっ……!!」


 石壁に背中を叩きつけられ、肺から空気がすべて絞り出される。


 衝撃以上に、当たった箇所から熱を奪われる感覚が恐ろしい。感覚が麻痺し、指先が思うように動かない。


「……っ、グラスベル! しっかりしろ!!」


 リゲルの悲鳴のような声が遠くに聞こえる。


 私は震える腕でどうにか体を起こしたが、ダメージは明らかだった。これまでの戦いで負ったどんな怪我よりも、この"一撃"の重みと冷たさは深刻だ。


「……ねえ、おねえちゃん。あんまりつよくないね」


 アダーラは、残念そうに肩を竦めた。


 その瞳には嘲りも悪意もない。ただ、道端に落ちている石ころの硬さを確かめるような、無機質な事実の確認があるだけだった。


「アダーラがしってるなかだと、まんなかのちょっとしたくらい。……あんまりはやくないし、ちからもつよくない。まほうだって、あんまりつかえてないよね?」


「……あら、そう? まだまだ、本気は……出して、いないのだけど……!」


 強がりが、虚しく室内に響く。


 アダーラは小首を傾げ、三日月のような笑みを浮かべた。


「そう。なら、はやくだしてよ、ほんき」


 刹那、室内の温度がさらに数段階、一気に低下した。


 砕けた窓から吹き込む雪が、彼女の周囲で意思を持つように渦を巻き、形を成していく。

 

 形成された氷が、節くれだった四肢を持ち、氷の鎧を纏った"人の形"へと変わっていく。


 その異様な光景に、私は既視感(デジャヴ)を覚え、戦慄した。



「……っ、私の、"シンデレラ城の舞踏会(ヴァルツァー)"と同じ……!?」



 レグルス砦。あの絶望的な状況下で、周囲の死体を利用して強引に発動させた私の切り札。


 けれど、目の前の彼女は死体など必要としていなかった。ただの空気から、雪から、無限の兵隊を作り出していく。


「――はやくしないと、しんじゃうよ」


 アダーラが、ゆっくりとこちらを指差す。

 

 一斉に動き出す、氷の兵士たち。


 硬質な足音が、死のカウントダウンのように執務室に鳴り響く。

 

 硝子の姫としての自負も、これまでの経験も、すべてを飲み込むような圧倒的な"数"と"質"。


 私は、震える手で折れかけた硝子の剣を握り直した。


 目の前に迫る白銀の軍勢は、まるでもう一人の、そして完成された私自身を突きつけられているかのようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ