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間に合わなかったシンデレラは、硝子の靴で戦場を踊る  作者: 入江 鋭利
10章「お菓子と瞳と棘無しの記憶」
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112話「輝く勝機」

(――勝機は、ゼロじゃない)


 肩で息をしながらも、アルトの思考は急速に冷え切っていく。


 目の前に立つ赤ずきんは、まさしく災厄そのものだ。理をねじ伏せる膂力、全てをドロドロに溶かす溶解の魔力。普通に戦えば、数秒と持たずに肉の塊に変えられるだろう。


 だが、アルトには武器がある。


 そのうちの一つがこれ――失われた右眼窩に宿った、銀色に輝く"硝子の目"。


 知らぬうちに宿り、己の血肉として開花させたその瞳は、今や本物の目を遥かに超える解像度で世界を切り出している。相手の筋肉の収縮、魔力の微かな揺らぎ、そして飛来する散弾の軌道。


 この目が視えている限り、近接戦闘において、アルトが一方的に打ち負かされることはない。



 ――そう、視えている、限り。



「――いつまで保つか、ってとこだろ?」


 不意に、アンタレスが楽しげに、けれど確信を持って問いかけてきた。


 彼女は巨大な鋏を肩に預け、泥を跳ねさせながら一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


「アンタのその目。帝国(うち)でも似たようなやつ、見たことがあるよ。"姫"の力を植え付けた"種"から芽生える、紛い物の奇跡だ」


「……それに、答える必要はないな」


「答えてもらわなくってもわかるってぇ! だってお前さ、今、その目から魔力がダダ漏れだもんよ!」


 アンタレスの瞳が、獲物をいたぶる子供のように被虐的に細められた。


「……でもさあ、そんな便利なもん、ずーっと使いっぱなしにしときゃいいのに、多分今は"スリープモード"だろ? 出し惜しみしなきゃ、アタシの鋏は避けられないもんなぁ」


「……"すりーぷもーど"というのはわからないが。だが、手の内を晒さないのは騎士の基本だ。それにも、答える必要はないだろう?」


「いいさ、勝手に類推すっから。んでもって、ギリのギリまで追い込まれないと使えない――。ここまで考えりゃ、アンタのその"目"には、何らかの重い制約があるってことくらい、間抜けなアタシにもわかるさ!」


 図星を突かれた衝撃が、アルトの心臓を叩いた。それを表情に出さないよう、彼は奥歯を噛みしめる。


 アンタレスの推測は、残酷なまでに正確だった。


 アルトの"硝子の目"には、致命的な欠陥――いや、対価が存在する。


(――こいつの言う通りだ。勝負は……一分間)


 人間の脳は、本来、不条理な魔力の奔流をそのまま処理するようにはできていない。"硝子の目"によって加速された視覚情報を処理できるのは、アルトの精神力を持ってしても、連続でわずか六十秒が限界だった。


 それを一秒でも超えれば、眼球が内側から弾けるような激痛に襲われ、最低でも二日間は光を失うことになる。


 だからこそ、アルトは、この目の力を"致命的な一瞬"にのみ解放することにしていた。それが、ギエナや王国の騎士たちと共に訓練を重ねた末の結論だ。


 だが、眼前の敵は"一瞬"で片付くような相手ではない。

 

 長期戦になればなるほど、目は限界を迎え、肉体は溶解の脅威に晒される。


 避け続けるだけの戦いに、未来はないのだ。


「……気づいているんだろう? アンタのその目が潰れるのが先か、アタシがアンタを溶かすのが先か。――ねえ、どっちだと思う!?」


 アンタレスが地面を蹴った。

 熱を帯びた泥を撒き散らし、赤い影が迫る。

 

 アルトは逃げなかった。

 一歩も、後ろへは退かない。

 

 賭けることができるのは、もう、"これ"しかない。


 彼は右目を再び銀色に燃え上がらせると同時に、手にした無骨な剣を正眼に構えた。


「……そうだな。どちらかと問われれば、その答えはとうに、決まっている!」



 アルトの声から、迷いが消えた。



 彼が握る剣が、銀の瞳に呼応するように、鈍い光を放ち始める。


 警戒するように、アンタレスの足取りが、僅かに鈍った。それを見逃すことなく、手にした剣が光を放つ。


 それは、アルトの剣閃に従い伸びていき――赤い狩人の身体に突き刺さった。


「――なッ!?」


 アンタレスの瞳が、驚愕に歪む。慮外(りょがい)の攻撃、さらに、"硝子"ではない、明らかに異質な魔力の気配。


 間髪入れず、アルトはさらに横薙ぎの一太刀を放った。それは首を切り落とす最短の軌道を描くはずだったが、咄嗟に持ち上げられた銃身に阻まれ、斜めに逸れていく。


 しかし――剣先から迸った光が、真紅の頭巾の端を焦がしていた。


「――なんだよ、それ。この世界、そんなのもアリなの?」


 訝るように、アンタレスが語尾を上げる。それは、単なる疑問ではなく――彼女もまた、不条理への憤りを滲ませているようだった。


「……ああ、そうだな。これには答えてやるとしようか」


 アルトは手にした剣を、アンタレスに見えるようにして掲げる。


 それは、かつて"不落の獅子"と呼ばれた父、タラゼド・オレオーンが戦場で手にし、そしてその刃に湛えた光に恐れをなして、一度も抜くことがなかったとされる業物。


 彼は知る由もないが――それは、父と同じ、異界の空に浮かぶ、鷲の星座の傍らに輝く星の名を冠した一振り。



「聖剣――"アルシャイン"。お前を(しい)す、剣の名だ」



 その刃から、真紅の夜を切り裂く、強い輝きが放たれた。


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