9話「嘲笑との対峙」-後
別の貴族が、吹き出すように言った。
「ノクティア様は聡明であらせられるかもしれませんが、戦場はベッドの上ではありませんぞ。童を楽しませるためのお話が、鉄と火薬の前にどれだけ役に立ちましょう?」
「そうだ。それに、あの小娘――"灰刃"を従えて、少しばかり気が大きくなられたようですな」
「失礼、グラスベル伯。御息女は、事故の際に酷く頭を打ったと聞いております。今一度、医者に診せた方がよろしいかと」
侮蔑。軽視。そして、哀れみ。
それらが無数の矢となって、私に突き刺さる。
私が反論しようと口を開きかけた時、父が低い声で遮った。
「……すまぬな、皆の衆。嘲笑も暴言も、一度は聞かなかったことにする。先に失礼を働いたのは、こちらだ。だが、その程度にしてやってくれんか」
父の言葉に、貴族たちは肩をすくめて口を閉ざす。
けれど、その場の空気は変わらない。
誰も、私の言葉になんて耳を貸していない。
「ということだ、ノクティア。悪いがここは退いてくれ」
「……っ、でも、お父様、私は」
「よい、無理をせずともな。無力なお前に、これ以上の協力は求めんよ、無論、迷惑もかけん」
「……そんな」
食い下がろうとする。けれど、言葉が見つからない。
私の知恵は、この世界でも通用するはずなのに。彼らは誰も、私の話を聞いてくれない――。
「――お嬢様、その辺りで」
その時、岩が動くような音がした。
オレオーン隊長が、ゆっくりと椅子から立ち上がったのだ。
彼は私を見下ろす。その瞳には、怒りも、嘲りもなかった。
ただ、圧倒的な"大人"として、分別のない子供を諭すような、静かな威圧感だけがあった。
深い重低音が、腹の底に響く。
「ノクティア様。戦場は、物語のように綺麗事では済みません。我々は命を賭して、現実の脅威と対峙しているのです」
彼は太い指で、入り口を指し示した。
「お部屋に戻っていただけますかな? ここは、子供の来るところではない」
ああ、そうだ。
きっと彼らにとって、私は懸案事項に加えるまでもない、木っ端のような存在なのだ。
"姫"でない私に価値はない――。
――でも、それじゃあ。
元の私が、全てを擲った意味までなくなってしまう。
それに何より、腹が立つ。
私の言葉を「子供の戯言」だと決めつけて、中身を見ようともしない、その怠慢さが。
平和ボケした大人たちの慢心が、許せない。
「……失礼します。皆様、お騒がせいたしましたわ」
私は唇を噛み締め、嘲笑と侮蔑の視線を背に受けて、応接室を後にした。
バタン、と重い扉が閉まる。
廊下に出た瞬間、張り詰めていた空気が緩む……わけがなかった。
私の内側で、マグマのような怒りが煮えたぎっていたからだ。
「お、お嬢様、一体何が……」
外で待っていたスピカが、私の形相を見て息を呑む。
扉の前に立っていたアルトも、怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「追い返されましたか。……言わんこっちゃない」
呆れたように呟くアルト。
その言葉が、私の導火線に火をつけた。
「そうね、追い返されたわ」
私はアルトを睨みつける。
「『子供の遊び場じゃない』ですって。……上等じゃない」
「なっ……」
私の剣幕に、アルトがたじろぐ。
私は彼から視線を外し、スピカに向き直った。
「スピカ、一つお願いを聞いてもらってもいい?」
「は、はい! 私にできることなら何でも!」
「私には、武器が要るわ。あの石頭の大人たちを黙らせて、この国を守るための"知識"――私が今持っているのとは違う、"軍略"という武器が」
私はニヤリと、挑戦的に笑ってみせた。
「この屋敷に、図書室はあるわよね? それも、軍事関係の資料が置いてあるような場所が」
「ええ、旦那様の書斎の隣に、大きな図書室がありますけど……」
「案内して。今から何時間かかってでも、頭に詰め込むわ」
私はドレスの裾を翻し、アルトの方へ指を突きつけた。
「それと、あなたも来なさい、アルト小隊長」
「は? 俺がですか? なんでそんな……」
「なんでって、私はただの女子こ……ううん、軍事とは無縁の一般人ですもの。あなたは仮にも小隊長。つまり、プロよね?」
アルトの顔に、わかりやすく動揺の色が浮かぶ。厳しい顔付きと、素振りで誤魔化されそうになっていたが、よく見てみれば彼も、私やスピカとそこまで歳は変わらないようだ。
ある意味では年相応の反応、ということか。ともあれ、そこに微笑みを置く余裕もない。
「ちょ、ちょっと待ってください、俺は警備の任務が――」
「何言ってるの? 中の会議に入れてもらえない"子供扱い"された者同士でしょう? なら、貴方も私の共犯者になりなさい」
「きょ、共犯者……!?」
目を白黒させるアルトの腕を、私は強引に掴んだ。
「行くわよ。……今から、私たちの"作戦会議"を始めるんだから!」




