99話「髪長姫と潜入計画」
「ひ、ひゃあああぁっ! お、お嬢様のカバンが光ったっす! 呪いっすか!? それとも変な生き物が住み着いてたんすか!?」
シャウルが椅子ごと後ろにひっくり返り、ジタバタと足を動かしながら絶叫する。
無理もない。私の背嚢から溢れ出した銀色の光の中から現れたのは、掌に乗るほどに小さな――しかし、あまりにも精巧で美しい一人の"少女"だったからだ。
「……何者だっ!」
即座に反応したのはアルトだった。椅子を蹴るようにして立ち上がり、剣を構え、鋭い視線を小さな人影へ向ける。ギエナもまた、低い唸り声を上げながら身構えていた。
北方騎士団の殺気にも似た鋭い視線に晒されながらも、銀光の中から現れた小人は、欠伸を一つ漏らして不敵に微笑んだ。
「騒がしいわね。レディの登場に剣を向けるなんて、野蛮な国の影響かしら?」
「喋ったっす!? 喋る人形っすか!? お嬢様、離れてくださいっす、そいつきっと人を食う新種の怪物っすよ!」
「失礼ね。誰がそんな趣味の悪い生き物に見えるのかしら」
小人は私の肩にひょいと飛び乗ると、銀色の髪をさらりと払って、私を覗き込んできた。
「……みんな、落ち着いて。彼女は敵じゃないわ」
私は慌てて二人を制し、肩の上の小さなシルエットを紹介した。
「彼女は、アルフェッカ。私と同じ、王国の擁する"姫"よ」
「……えっ? この、小人が……?」
アルトが呆然と声を漏らし、構えていた手を緩める。ギエナもまた、目を丸くしてまじまじと私の肩を見つめた。
彼らにとって、アルフェッカの名は"伝説"――あるいは、"姫"の呼称としてのみ聞き及んでいたものだ。それがまさか、このような愛くるしい(本人が聞けば怒るだろうが)姿で現れるとは思ってもみなかったのだろう。
「本体はヴァルゴの"星の塔"で昼寝中よ。これは私の魔力の欠片を用いた一時的な幻影のようなもの。……"いばら姫"の覚醒は、困難を極めるでしょうから。少し手を貸してあげようと思って現れたのよ」
「……それは嬉しいことですがね、俺らも、手詰まりだったもんで」
予想外のことに、ギエナが眉間を押さえる。
しかし、驚きを隠せない一行をよそに、小さなアルフェッカは淡々と現状を分析し始めた。
「リゲル皇太子には、やはり拒絶されてしまったのね」
「……ええ、取り付く島もなし、って感じで」
「まあ、そうでしょう。あの手の輩に一度警戒されてしまったら、中々、殻から出てきてもらうのは難しいわ」
「……何か、手はないの?」
私の問いかけに、アルフェッカは少し、考え込むように俯いた。
それから、数秒の間を置いて。
「……皇太子がこちらの言う事を疑っているのなら、"結果"で示すのが一番手っ取り早いわ」
「"結果"、それって……」
私の言葉に、彼女は頷く。
「ええ、"いばら姫"を起こしてしまうの。彼女が目覚めれば、向こうはこちらの条件を飲まざるを得なくなるでしょう?」
「……リゲル様に無断で、というわけですかい。ですが、潜入先はあの黒薔薇宮。どうやって中へ?」
ギエナが眉を寄せて尋ねる。アルフェッカ様は不敵に微笑んだ。
「ノクティアに渡した、欠片に込められた"髪長姫"の魔法……その術理を応用すれば、街中に張り巡らされた茨の魔力の流れを逆流して辿ることができるわ」
「……そんなことができるの?」
「ええ、"髪長姫"の魔法は元より、閉ざされた場所に導くのが得意だもの。"いばら姫"――タニアの眠る場所へ最短ルートで案内してあげられると思うわ」
アルフェッカの言葉に、私の心臓が高鳴る。
彼女の導きがあれば、不可能なはずの潜入が可能になる。リゲルを説得できないのなら、目覚めたタニア様と共に彼の前に立つしかない。
「……やりましょう。帝国が事を起こす前に」
「そうね、そうとなれば、問題は誰が行くか、でしょうね」
「全員で行く、というわけには?」
挙手したアルトの言葉に、ギエナが首を振る。
「駄目だな。流石に全員ってのは、リスクが大きすぎる。精々、二人ってとこだろう」
「ギエナ・アルファルド。流石の慧眼ね、私も、潜入メンバーは、私を除いて最大で二人までで考えていたわ」
私たちは顔を見合わせた。誰が行くべきか、というのを、各々の表情を確かめながら考える。
そんな中、まずシャウルが、珍しく神妙な顔で手を挙げた。
「……あたしは留守番にするっす。身のこなしには自信あるっすけど、もし地下で騎士どもに囲まれたら、お嬢様の足を引っ張るだけっすからね」
シャウルは自分の役割をよく理解している。彼女は、あくまで侍女だ。戦場に出てくる人材ではない。
「とりあえず、お嬢様は確実に行くべきでしょうね」
ギエナが、私の方を指す。
「どうせ、潜入は日が落ちた後。となりゃ、こっちの最高戦力はあんたでしょう。うっかり"到達点"なんかに出くわしちまったらと考えると、出し惜しんじゃいられねえでしょうしね」
「ええ、そうね、元よりそのつもりよ」
となれば、残る一人は。
「……アルト、一緒に行ってくれる?」
「もちろんです、ノクティア様」
アルトが力強く頷く。
ギエナの戦闘力と知略は魅力だが、隠密行動となれば、身軽で、かつ"硝子の目"によって鋭く動くことが可能なアルトの方が適任だ。
「……んじゃ。おじさんはここでシャウルと見張りをしてやす。何かあったら、派手に暴れて合図を送りやすぜ」
ギエナが、頼もしくも寂しげな笑みを浮かべて私たちの背中を叩く。
「決まりね。……出発は今夜、街の明かりが落ちた頃にするわ。……アルト、準備をして」
「はい!」
動き出す仲間たちをよそに、私は窓の外、アークトゥルスの景色に目をやる。
身を震わす寒さに凍える街、それを包むように張り巡らせられた鋭い"茨"が、まるで抱擁するようかのように。
眠り続ける"いばら姫"は、どんな人物なのだろうか。私はぼんやりと、そんなことを考えるのだった。




