表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/98

8話「リボンの約束と私の強さ」


 帰りの馬車の中、夕暮れの街並みが窓の外を流れていく。


 元の世界よりも、この世界の空は広い。人生で見たどの夕焼けよりも、綺麗な茜色が、窓の向こうに広がっている。


 けれど、私の心は少しも晴れなかった。


「……ごめんね、スピカ」


 沈黙に耐えきれず、ポツリと漏らす。


「結局、私は助けられてばかりで。あんな危険な目に遭わせて……私に力がないばかりに」


「お嬢様?」


 対面に座るスピカが、不思議そうに首を傾げた。


「何を言ってるんですか。今日、あの子を救ったのはお嬢様ですよ」


「違うわ。倒したのは貴方よ。私はただ……」


「いいえ」


 スピカは私の言葉を遮り、真剣な瞳で私を見つめた。


「私がいくら腕に自信があっても、犯人が誰か分からなければ、意味がありませんでした。あの荷車の男を見抜いたのは、お嬢様の"知恵"です」


「……"知恵"? でも、あれはただ、知っていただけで」


「学んだことを、適切な時に取り出して使うことができる。それが"知恵"であり、私の力とは違う、強さだと思いますよ」


 彼女は、私の震える手に、そっと自分の手を重ねた。


「剣を振るうだけが戦いじゃありません。どこへ振るえばいいのか、それを教えてくれる"目"がなければ、剣は何ひとつ守れないんです」


 ――剣と、目。

 その言葉が、霧を晴らすように心に染み渡った。


 そうだ。

 私は、スピカにはなれない。他の"姫"のように、戦術レベルの魔法も使えない。


 けれど――私の持つ、この知識なら。童話という名の、先人が積み重ねた、残酷な運命の脚本(シナリオ)を読み解いたこれならば、皆を守ることができるのではないだろうか?


 誰も気づかない危機――例えるのなら、童話の中の狼を見つけ出し、スピカという剣をそこへ導くこと。


 それなら、私にもできるかもしれない。


「……ありがとう、スピカ」


 私は顔を上げる。手の震えは、もう止まっていた。


「私、わかった気がする。私がどうやって戦えばいいのか」


「えっ、そうなんですか? もしかして、スピカ、何かお役に立てましたか?」


「ええ、全部、あなたのおかげ。あなたは本当に、いい子ね」


 そう、本当に。


 きっと、元のノクティアも彼女には救われていたのだろう。自らの命を投げ出すほどに苛烈(かれつ)な世界の中でも、彼女は煌々(こうこう)と光を放っている。


 彼女のためならば、私は少しだけ、頑張れそうだ。


「あ、でも……」


 そこで、スピカの顔が少し曇った。


「結局、リボン買いに行けませんでしたね。お揃いのやつ、選ぼうと思ってたのに……」


 しゅん、と俯く顔が、再び妹に重なった。そう、あの子もよく、こんな風にしょぼくれたものだ。


 そんな時には決まって――私は、頭を撫でてやっていた。


「いいのよ、そんなこと。また一緒に行きましょ」


「え? い、いいんですか?」


「ええ、勿論。おすすめのお店、今度こそ紹介してね」



 やったー! と彼女が歓声を上げるのと同時に、馬車が屋敷の正門をくぐった。



 微笑ましい光景に、温かいものを覚えつつ、ふと、視線は窓の外に向けられる。


 と、そこで、私の目に映ったのは、出発前には無かったものだった。


「ん……? あれは……」


 車窓から見えるエントランスには、見慣れない軍馬と、物々しい装備の騎士たちが整列していた。


 父の私兵ではない。もっと実戦的な、正規軍の空気。


「オレオーン隊長の部隊ですね。出陣前の挨拶にいらしたんでしょう」


「オレ、オーン……? それって、偉い人なの?」


 聞き覚えのない名前だった。隊長、というからには、衛兵たちのまとめ役か何かだろうか。


 しかし、スピカは意外そうに目を剥く。


「えっ、ノクティア様、オレオーン様のことまで忘れちゃったんですか? 忘れようとしても、忘れられない人だと思いますけど……」


 私は肩をすくめた。彼女がこんな反応をするなんて、オレオーンというのは、一体どんな奴なのだろうか。


「……ごめんなさいね、まだ、何にも思い出せてなくて。それで、オレオーン隊長っていうのは、どんな人なの?」


「あ、そうですね……なんていうか、一言で言うと……"頑固おやじ"って感じですかね?」


「なに、それ。恐い人ってことなの?」


「まあ、国境警備隊の隊長さんですから。このグラスベル領に詰めてる兵士さんの中だと、いっちばん偉い人ではありますよ。お話は……あんまり聞いてくれないですけど」


「……兵士の中で、一番、偉い――」


 昨日までの私なら、怖気づいて部屋に逃げ込んでいただろう。


 けれど。


「……なら、ちょうどいいわ」


 私は拳を強く握りしめた。


 今日、私は(はんにん)を見つけた。


 私の武器は、知識。それを利用すれば、私にも"姫"としての責務が果たせるかもしれない。


 この子を守って――そして、この体をくれた持ち主(ノクティア)にも、報いることができるかもしれない。


「行きましょう、スピカ。……折角だから、挨拶しなきゃ失礼だものね」


「えっ、ちょ、ちょっと、お嬢様ーっ!?」


 焦った様子で、スピカが追いかけてくる。


 それにかまわずに、馬車を降りる私の足取りは、行くときよりもずっと、力強いものになっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ