誘拐犯のメリークリスマス〜不揃いのピースのままでいい〜
数ある中からこの作品を選んでいただきありがとうございます!
中世ヨーロッパを舞台にした異世界になります。
王都の喧騒から程遠い閑静な市井の住宅地。
のはずが──。
今日はある一軒家の周りに王都警備隊が取り囲んで騒然としている。
近所の奥様方二人は十分に距離を取り、ある家の方へ、訝しげな顔を向けた。
「あそこの娘さんは身体が弱くて長袖をいつも着ていたからご両親もさぞ大変だったと思ってたけど、まさかあんなことになるなんて、ねぇ」
「そうよ、何もクリスマスにねぇ」
それは、“昨日のある出来事”のお話だった。
* * *
昨晩──。
ある一軒家では、リビングに人が集められていた。
今日はクリスマス。
馬車も通れない細い路地では、向かいの楽しい声が微かに聞こえてくる。
床には後ろ手に縛られた男女。
黒いフードで顔半分を隠した男は血管の浮き出た手に折りたたみナイフを所持している。
怪訝そうな顔から恐怖の色が籠もる床の女。
恐怖より怒りが勝ったようで睨みつけてくる床の男。
二人に無反応のフード男の興味は部屋の備品へと移る。
ダイニングテーブルに乗っている使いこなれた斧。職人のものは価値が高い。
食器棚には、水晶を削ったグラス一組。
それに懐中時計──平民の給料三ヶ月分はする。食器棚だけは不自然に高価なものばかり。
懐中時計をつまみ上げると細い針金をある箇所に差し込む。
ある模様が現れた。
(やはりこれだったのか)
突然、全身が強張る。
慣れた第六感は気配を反射的に身体へと伝える。
人の気配。殺意なし。
最小限顔を動かす。
リビングのドア横には、この家の娘と思しき少女。
廊下から冷気が漂うも、半袖を着ている。
身を硬くして直立した少女は長い髪が腕にかかるのも気にしていない。
男は片眉を上げた。
(ここの娘か)
男は少女を見るなり強く顔を歪める。
半袖からのぞく少女の腕に視線を向ける。
胸の奥でパキンと何かが壊れた。
頭の中に現れた少女と似た瞳の少年を端へと押しやる。
無意識に左手で右腕を擦りながら、決意をそのまま口にする。
「よし、お前を誘拐する」
背後で両親から短い声が漏れた。
「私たちの子どもよ!」
「連れて行くな!」
心配より怒りを含んだ声の二人。
男は短く舌打ちをする。
(自分たちの持ち物を取られるのが悔しい顔だな)
一人、状況が飲み込めない少女。
一度は開いた口を閉ざしかけたが、声が絞りだされた。
「……外へ出かけるんですか?」
「あぁ、無理やり連れて行くんだ。ほら、行くぞ」
両親は背後でしきりに何か言っている。
それはプライドを傷つけられた者が使う罵声。
両親の怒声が上がる度に少女の身体が跳ねる。男は見て見ぬふりをした。
少女の手を取ると足早にリビングを出た。
「上着はどこにある?」
「玄関……でも……」
繋いだ少女の手が躊躇するように男の手を後ろに引く。
「いいか、俺は無理やり連れて行くんだ。上着を着ろ」
「……はい」
少女の掠れた声。
上着を掴むと少女は急いで羽織る。
その間、靴を鳴らす音が落ち着かない。
少女はなすがままに一緒に外に出た。
すぐに手を離す。少女は自由になった。
男は行き先を決めたのか迷いなく歩いていく。
その様子を見た少女は、行儀よく少し後ろを付いてくる。
一ブロックほど歩くと、男は今日がクリスマスだったことを思い出した。
ポケットを漁る手が止まる。
男の手にすっぽりと収まったフリッテラ─ドーナツのような揚げ菓子の小さな袋が出てきた。帰りに食べようと市場で買ったもの。
それをぶっきらぼうに少女の方へ手渡す。
少女は袋を見つめて躊躇した。
「知らない人からお菓子はもらっちゃいけないか?」
「いえ……お菓子をあまり見たことがないもので……すみません」
少女は男と目を合わさずに謝罪をした。彷徨う手はお菓子の袋を握ると、軽くお辞儀した。
男は二、三歩進み止まる。
そして少女の目の前に戻ってきた。
屈んで頭を軽く掻くと、ぼそりと告げる。
「あー……メリークリスマス」
「……リークリスマス……」
小声でそう返した少女は、両手でそのお菓子を握りしめた。
そこからぽうぽうと光の灯る住宅地を出るまでの十分間、会話は一切なかった。
大きな広場、ようやく大通りに出た。
男は城壁沿いある建物をしっかりと確認する。
しゃがんである方向を指さしながら少女の顔を見た。
「ここから真っ直ぐ三百メートル行った先に門番所がある。走って行け。
そして門番所に着いたら──。
分かったな?」
「⋯⋯はい」
それを聞いた少女は男の目を見て素直に頷く。
男の言う通り、門番所へ走り始めた。
男はその姿を見送りながら、右へ行ったり、左に行ったり⋯⋯。
最終的に大通りを渡り、反対の道を歩いた。
遠くからでも明るい門番所は、中がよく見える。
街灯の影に身を潜めて様子を伺う男。
鼓動が速くなるのを感じる。身体が上下した。
そんな中、少女が門番所にたどり着くのを見守る。
息を切らしながら走ってきた少女は門番所の中に勢いよく入ってきた。
門番は慌てて椅子から立ち上がり、少女を見つめる。
「た、助けてください!」と少女は大声は出せなかったが、馬車がいない大通りではこちらにも声が聞こえてきた。
門番は首を傾げながら少女に一歩近づく。
そこへ少女は両手に持ったお菓子の袋をぎゅっと潰した。
男は少女が及び腰になっているのが遠くからでも分かった。
(頑張れ⋯⋯)
男は知らないうちに拳を握っていた。手は汗で湿っている。
男は色褪せた記憶の中で、勇気を振り絞った少年の姿と重ねていた。
「……私⋯⋯ぎ、虐待されています!」
掠れる声だが、門番を真っすぐ見据えていた。
そして少女は上着を脱いで半袖になる。
傷んだバナナのように何箇所も紫色と黄色に変色した腕を門番に見せた。
門番は少女のそれを見たあと、慌てて彼女を門番所の中へと押し込む。
そして外を警戒するように鋭い目つきで見渡した。
我に返った男は慌てて門番所に背を向ける。自分の鼓動だけが大きく響いた。
しばらくすると──。
簡素な小馬車がやってきた。
近くに止めると穏やかな大人の男性が出てくる。
以前より皺も増え歳を重ねているが、当時の雰囲気は変わっていない。
男は胸を撫で下ろして帰っていった。
少女はこのあと、診療所であの腕を見せることになるだろう。
“虐待の疑いあり”──その文字を脳裏に思い出す。
そして、“あの人”が迎えに来てくれた。
だから、信じられる。
今度もきっと、大丈夫だ。
* * *
次の日──。
現在の職場である夜警大統括の部屋に呼び出された。
「エドガー、昨日の任務ご苦労だった。
やはりあの懐中時計が、決め手となった。
今頃、王都警備隊が動いているだろう」
「ヴェリス様、お褒めの言葉を預かり感謝いたします」
後ろ手に組んだエドガーは育ての親兼上司に決まり文句を返す。
「お前もそろそろ四十歳間近だろう。これ以上夜警をやっていくのは精神的にも身体的にも負担が大きすぎる。王都警備隊に移らないか?」
夜警では秘密裏な仕事、潜入捜査などが多く心身の健康を理由に辞めていくものが多い。
「そう言われましても、自分は他にやるべきことがありませんので、警備隊に行く理由がありません」
淡々と答えると背筋を改めて伸ばすエドガー。
「昨日の少女が市場の揚げ菓子を持っていたので誰にもらったのか聞いてみたんだよ」
自然と身を硬くして耳に神経を集中させていた。
「サンタクロースにもらったんだと」
エドガーは指で顎をなぞり気を落ち着かせようとしている。
「それで、もうお前もいい歳だ。少し簡単な仕事もしてほしい」
机に辞令と王都警備隊への推薦状を音もなく置いた。
エドガーはそれを見て目を丸くした。
* * *
数年後、ヴェリスの退職日──。
ヴェリスは昼間に活動する王都警備隊の特別顧問に就任予定。
ようやく公の場に出れることもあり、ささやかなパーティーをエドガーの家で行うことになった。
スーツ姿のエドガーの胸には王都警備隊のバッジが光る。
長い艷やかな黒髪を揺らしリビングに顔を出したのはあの日の少女。もう大人の女性だ。
「お父さん、ヴェリス様とナナ様がいらっしゃいました」
呼ばれたエドガーはリビングの装飾を再度確認すると彼女の方に向き直った。
「クラリス、分かった。一緒に迎えに行こう」
あの日、ヴェリスから“クラリス”の受入先を見つけることを託された。
一時的にヴェリスの知る孤児院に預けられながら、エドガーは面談を重ねた。
初日は形式的なことしか交わさなかった。
面談も十回目を過ぎた頃、エドガーは『サンタクロース』と呼んでくれた理由を聞くことが出来た。
孤児院の応接室から町中のカフェテリア、噴水広場での歓談に変わった。
市場でフリッテラを買ってあげた日、一緒に住む話が初めて出た。
それから数ヶ月後、やっとエドガーとクラリスが一緒に住むことが決まった。
「お母さん、ヴェリス様とナナ様がいらっしゃいました」
血は繋がっていないがクラリスと同じ長い黒髪の女性。
隣の家に住んでいたエスメラルダ。
クラリスがエスメラルダに会うようになり、エドガーが知らないうちにエスメラルダを含む家族行事が増えていた。
なんとなく同じ雰囲気を感じるエスメラルダに心地よさを感じていた。
まぁ、具体的な言葉は避けるが「こっちの家に越してこないか?」と提案して一緒に住むようになった。
エドガーたちが玄関にヴェリスを迎えに行く。
歳を重ねて白髪が増えたオールバック、それに短い髭にスーツの出で立ち。
その隣にはすらりとした美人。
ナナはエドガーのもう一人の育ての親。
彼女は特殊なスキルもなければ、秘密裏な職業でもなかった。
『エドガー、世界には色んな人がいるのよ。でも皆同じだと思って意見を押し付けたりするわ。
だからこそ皆、違う人だって分かろうとすることがすごく大事なのよ。
いつまでもその気持ちは忘れないでね』
自分が普通じゃなかったから、それを分かってくれようとする彼女はかけがえのない存在だった。
エスメラルダもクラリスも彼女のことを慕っている。
そして育ての親のヴェリスは大総括をしていたかなり特殊な人間。
彼女だからこそ、歩み寄れるのだろう。
二人はおしどり夫婦で有名。
ヴェリスの腕に手を上品に絡めて微笑んだ。
表情を変えないヴェリスは珍しく目を大きくした。
「おやおや、エドガーが結婚したと聞いていたが、まさか──」
『王家の秘密魔導士組織の妖麗の魔女殿』
「声を消したか。お話するのは初めてですね、エスメラルダ殿」
「初めまして、ヴェリス様」
エドガーは読唇術で何を言ったのか分かった。
魔導士だとは知っていたが、妻にも大きな秘密があったようだ。
でも嫌じゃない。
心配そうな目をこちらにちらちらと向けてくるエスメラルダ。
そうまでしても可愛らしい女性でいたいエスメラルダを愛おしく感じる。
二人を見たヴェリスの目は本物の父が息子の成長を嬉しく思うように優しくなる。
呆然と見ていたエドガーはつんつんと腕を細い指で突かれた。
「お父さん、早く部屋に皆様をご案内しましょう」
誰にだって一つくらい秘密があるものだ。
でも父さんや母さんのことも、エスメラルダやクラリスのことももっと分かりたい。
違うからこそ歩み寄る、か。
(母さん、言ってたことが少しだけわかった気がする)
それぞれ話し始めた皆をリビングへと案内する。
エドガーの顔は少し緩んでいた。
その日、夜になっても弾んだ声は外まで聞こえた。
でも、“フリッテラのメリークリスマス”はエドガーとクラリスだけの秘密。
お読みいただきありがとうございました!
ちなみに夜警は日本の公安をイメージしています。
蛇足のこぼれ話を下に掲載しました。
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[蛇足]
男が少女に門番所を指しながら言った台詞を載せますね。
「ここから真っ直ぐ三百メートル行った先に門番所がある。走って行け。
そして門番所に着いたら、本当のことを門番に話すんだ。
虐待されているならそれを話せばいい。大丈夫だから。
違うなら『不審者に誘拐されかけた。特徴は黒いローブを着て、フードを深ぶりしている男』と伝えろ。
分かったな?」




