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第五章:ほんとうの宝物

第五章:ほんとうの宝物


 音楽室のドアを開けると、そこには、夕方の赤い光をあびて、静まり返ったグランドピアノが置かれていた。壁には、こわい顔をしたベートーベンの肖像画がかかっている。


 「『月夜にわらうカオ』……やっぱり、ベートーベンだ!」ショウが、赤い下じきをかまえる。しかし、肖像画に下じきを重ねても、何も変化はなかった。


 「くそ、ちがうのか!」


 がっかりした、その時だった。ユイが、静かに言った。「ねえ、地図の隅に描いてあった、あの奇妙なマーク、何かに似てない?」


 ユイが指さしたのは、部屋の隅に置かれていた、古い地球ぎだった。たしかに、地図のマークは、地球ぎの形にそっくりだ。そして、その地球ぎは、校長室の前にかざられていた、古い写真にもうつっていた。


 「宝の場所は、校長室だ!」


 ショウが答えにたどり着いた、まさにその時だった。


 「やっと見つけたぞ!」


 「おまえら、そこまでだ!」


 音楽室の入り口に、ケンジのグループと、ダイキのグループが、同時に現れた。どうやら、彼らもまた、それぞれの方法で、同じ答えにたどり着いたらしい。


 「その地球ぎは、ぼくたちが先に見つけたんだ」とケンジが理屈を述べ、「うるせえ! 力ずくでうばえばいいだけだろ!」とダイキがにらみつける。


 ひみつとナゾに満ちた、長い長いぼうけんの、さいごの競争が、今、始まろうとしていた。


 校長室に運びこまれた古い地球ぎを前に、三つのグループはにらみ合っていた。しかし、だれも、宝のありかを見つけられない。


 「おかしいな……」ショウが、地球ぎをぐるぐると回す。すると、日本の場所だけ、何か小さなボタンのようなものがついていることに気づいた。


 ショウが、そのボタンを押してみる。カチリ、と小さな音がして、地球ぎのてっぺんが開き、中から、一つの古びた木のはこが現れた。


 「やった……やったぞ!」


 ショウが、ゆっくりと木のはこのふたを開ける。中に入っていたのは……キラキラとかがやく、魔法の砂時計。ではなかった。


 そこにあったのは、何十年も前の卒業生が作ったらしい、手作りの、少しだけゆがんだガラスの砂時計と、古びた一さつのノートだけだった。


 「え……?」


 ショウは、ケンジもダイキも、そして仲間たちも、同じ言葉をもらしたのを聞いた。がっかりした気持ちが、校長室に広がる。


 ミカが、そのノートを、そっと手に取った。表紙には、『四年生の宝物』と書かれている。ページをめくると、そこには、たくさんの子どもたちの文字で、メッセージが書かれていた。


 ミカは、そのさいごのページに書かれた言葉を、少しだけふるえる声で、読み上げた。


 「『この砂時計は、時間を止められない。でも、この砂が一粒おちる間、きみがわらったり、なやんだりした時間は、だれにもうばえない、きみだけの宝物だ』……だって」


 その言葉を聞いたしゅんかん、ショウの目から、ポロリと一てきのなみだがこぼれた。


 「……そっか」


 ショウは、にじんだ視界の先にある、ただのガラスの砂時計を見つめながら、つぶやいた。「おれたちがさがしてた宝物って、砂時計じゃなかったんだ。このぼうけん、ぜんぶが、宝物だったんだ……」


 そうだ。ひみつ基地を作った時のワクワクした気持ち。はじめてナゾがとけた時のうれしさ。ライバルたちとの競争で、ドキドキした気持ち。仲間とケンカして、くやしくて、かなしかった気持ち。そして、なかなおりできた時の、あたたかい気持ち。その一つ一つが、キラキラとかがやく、だれにもうばうことのできない、自分たちだけの宝物だったのだ。


 長かったようで、短かった夏休みが、もうすぐ終わろうとしていた。


 ひみつ基地で交わされる会話は、あいかわらずくだらない。でも、そのくだらない会話の中に、前よりもずっとあたたかい、おたがいへの信頼があふれていることを、ショウは感じていた。


 校庭では、ダイキの子分の一人が、上級生にからまれて泣きそうになっていた。それを見たダイキは、一番乗りでかけよると、上級生との間に立ちはだかった。「おい、そいつ、おれの子分なんだけど。なんか文句あんのか?」そのすがたは、ただ威張っているだけのガキ大将ではなかった。


 そんな様子を見ていたコウタの隣で、ケンジが少しだけあきれたように、でも、どこか楽しそうに言った。「君たちのやり方も、非効率的だったが……まあ、結果だけ見れば、悪くはなかったのかもしれないな」


 ケンカはしなくなったけど、この二人のライバル関係は、これからも続いていくのだろう。


 ショウが、またとんでもないことをひらめいたように、目をかがやかせた。「なあ、次の自由研究のテーマ、決めたぞ! この学校の給食のメニューをぜんぶ調べて、未来の給食をよげんするんだ!」


 以前のユイなら、きっとあきれた顔をしてだまっていたはずだ。でも、今のユイはちがう。彼女は、ショウの顔を見て、ふふっとほほえんだ。


 「……それ、ちゃんと調べたら、本当に面白いかもね」


 宝さがしは、終わった。


 でも、ショウたちのぼうけんは、これからも続いていく。


 日常という名の、最高の宝物をさがし続ける、わくわくドキドキのぼうけんが。


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