第五話 ヴィクトリアの秘密
──魔神
物体に自我が宿った状態の総称、付喪神とも言われる。
基本的な分類としては、長年使い込まれたことで道具が魔力と自我を持った状態のこと。
魔力を扱うというのが魔神の特徴の一つであり、この特性を用いて人間と契約を結ぶことにより、魔神側は行動の自由度が増え、契約者は魔力を扱えるようになる。
俺のクラスメイトである橘ナギサさんは、どうやらその魔神と契約しているようだった。
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未だ眠っている橘さんの顔色は、大分良くなってきていた。
今の彼女は魔神と契約をしており、それによって与えられる魔力に肉体が拒否反応を起こしている⋯⋯みたいな感じだっただろうか⋯⋯?
命に別状は無いらしいが、何もできないというのはやはり歯痒かった。
「契約において、魔神よりも契約者が上の立場であることは絶対のルールだ。契約者の命令には逆らえないし、契約者が意識を失うと魔神も存在を保てない」
神威はそういうが、橘さんを前にした本人は未だ警戒の色を滲ませていた。
「そうそう、だから結局ナギサちゃんが目を覚ましてくれないと、あの魔神にもインタビューできないんだよね」
「お前マジでふざけんなよ鵺」
「まあそれはそれとして、ナギサちゃんはもう少し寝かせてあげたいし、先に二人を正式採用しちゃおう!」
「⋯⋯え?」
⋯⋯そういえば、俺自身も面接を受けに来た一人だった⋯⋯
色々なことが起こりすぎて、すっかり記憶から抜け落ちてしまっていた。
「アカネ君は雫の推薦⋯⋯というかもうあの子が勝手に採用してるし、ヒビキちゃんには前からスカウトのお誘いをしてたから、何枚か書類を見てもらうだけだけど⋯⋯」
「⋯⋯スカウト?」
予想外の言葉に、思わず疑問が口に出てしまう。
「そう!実は、ヒビキちゃんには今までも何回か仕事をお願いしてたんだ。彼女、フリーの傭兵だから」
「傭兵⋯⋯!?」
⋯⋯俺と同い年くらいなのに⋯⋯
先程の戦闘中落ち着いていたのも、彼女にとっては慣れた環境だったから、なのだろうか⋯⋯
こちらの驚きを他所に、鵺は忙しなく何枚かの書類を用意している。
⋯⋯晴れて自分も採用されることになったが、今はただ橘さんのことが気がかりだった。
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「ごめんなさい!私、さっきは事務所をめちゃくちゃにしちゃって⋯⋯っ!」
意識を取り戻した橘さんは、開口一番に謝罪の言葉を発した。
「おはようナギサちゃんっ!顔色良くなって安心したよ〜!体調はどう?気持ち悪かったりしない?」
「は、はい⋯⋯大分良くなりました⋯⋯私、三時間も寝ちゃってたんですね⋯⋯本当にごめんなさい⋯⋯」
「えへへ〜」
橘さんは申し訳なさそうな態度で事務所の損害状況を気にしているが、とことんご機嫌な鵺を見るに、賠償などの心配はしなくて大丈夫そうだ。
⋯⋯それよりも、今は⋯⋯
「⋯⋯それで、ナギサちゃん⋯⋯話、聞いてもいいかな?」
「⋯⋯っ」
鵺が雰囲気を変え、真剣に告げる。
「もちろんです⋯⋯あ⋯⋯あの、両親に電話だけしてもいいですか⋯⋯?」
「⋯⋯あっ、そうだよね⋯⋯!ごめん気がつかなくて⋯⋯」
確かに、色々あった結果もうかなり遅い時間だ。
橘さんは鵺にお礼を言うと、部屋の隅に移動してスマホを取り出した。
「アカネ君は連絡大丈夫?」
「あ、はい大丈夫です」
こちらも心配してくれる鵺に返しながら、橘さんについて思考を巡らせる。
⋯⋯彼女は目的があってこの組織に来たと言っていた。
その目的とやらに、魔神が無関係な筈はない。
しかし、一体どんな⋯⋯?
橘さんは、何を──
「──お待たせしました⋯⋯っ」
「おかえり〜」
橘さんが通話を終えて戻ってくる。
にこやかに話していたところを見るに、両親との仲は良好らしい。
「それじゃあ、早速質問してもいい?」
「⋯⋯あ、はい。じゃあ⋯⋯」
鵺の言葉に、橘さんは緊張しながら半歩下がると、片手を胸の前でぎゅっと握る。
──瞬間、空気が揺らぐ。
「──ッ!?離れろ鵺ッ!!」
信じられない反応速度で、神威が鵺を庇うように前に出る。
「⋯⋯大丈夫です、今度はちゃんと私が制御しますから⋯⋯っ」
橘さんは両目を閉じて集中しているが、先程と違い苦しげな様子は無い。
彼女のそばで、先程も見た鮮烈なデザインが徐々に形を成していく。
まるで、キラキラと輝く煙が集まっていくようだった。
数秒経てば、抜群の存在感を放つ人型がはっきりとそこに現れる。
「⋯⋯嬢ちゃん、ホント勇気あるよなぁ⋯⋯」
「⋯⋯ヴィクトリア、さっきはごめんなさい⋯⋯」
「⋯⋯謝る事じゃないだろ、嬢ちゃんは契約者なんだぜ?もっと威張り散らしてもいいんだ、そうだろ?」
この場にいる人間は、誰もが息苦しさを感じていたが、二人の間には少し気まずい空気が漂っているようだった。
「⋯⋯うん⋯⋯じゃあ、一つだけ⋯⋯」
「お?やっぱこいつら皆殺しに──」
「──とりあえず、一緒に謝ってくれる?」
「⋯⋯は?」
ヴィクトリアが心底理解できないという表情を浮かべる。
「⋯⋯嬢ちゃん、勘弁してくれ」
「大丈夫、私も一緒だよ」
「いやいやッ!よく考えてくれよ嬢ちゃん!!記念すべき第一回目の命令が、本当にそんなんでいいのか!?」
「私は契約者なんでしょ?お願いヴィクトリア」
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯魔神よりも、契約者の方が立場が上というのは本当らしい。
橘さんの人柄もあるのかもしれないが、彼女に対して目の前の魔神は強く出れないようだった。
「⋯⋯はぁ、分かったよ。そんな目で見ないでくれ」
「ヴィクトリア⋯⋯!」キラキラ
ついに折れたヴィクトリアに橘さんが瞳を輝かせる。
⋯⋯なんだか、不良に手を焼く母親のようだった。
「⋯⋯⋯⋯雑魚共相手にムキになって、どーもすんませんした」
「──殺そう」
「神威ストップ!!」
「ヴィクトリア!?」
律儀に一緒に頭を下げていた橘さんが驚愕したようにヴィクトリアを見やる。
その表情には多少の怒りも含まれていたが、やはり悲しみの方が見て取れた。
「⋯⋯仕方ないだろ嬢ちゃん、オレサマは何も後悔してないんだ。反省の言葉も出てこねぇよ」
「⋯⋯ヴィクトリア⋯⋯」
ヴィクトリアはバツが悪そうに零す。
「⋯⋯⋯⋯ね、根は良い子なんです⋯⋯っ!」
「どこがだよ殺すぞ」
「こら神威」
⋯⋯学校一の優等生である橘ナギサのアルバイト面接は、どうやら滑り出しから上手くはいかない様子だった。
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「えー、では質問をしていきます」
「よ、よろしくお願いします」
「今日は徒歩でこちらまで?」
「え?は、はい。学校からそのまま⋯⋯」
「あっ、緊張を和らげる心理的手法だ」
「そういうのいいから」
質問者の鵺にジェイソンとクロックから野次が飛ぶ。
⋯⋯しかし、今一番気を遣わなければいけないのは⋯⋯
「──魔力量」
鋭い雰囲気を纏った神威が場を引き裂くように言葉を発する。
「お前の魔力量は異常だ。どうしてそこまでの力を持っている」
「⋯⋯異常⋯⋯?」
「──お前に聞いてるんだよ、魔神」
神威は橘さんには目も向けず、ひたすらに魔神だけを睨みつける。
「あの魔神は魔力量が多いって、さっきも言ってましたよね⋯⋯?」
『異常性』とやらがいまいち理解できず、小声で隣のジェイソンに聞いてみる。
「そうなんだよね〜⋯⋯正直、私もあんなの初めて見たよ⋯⋯魔力量が凄すぎて、魔力を捉えるコツさえ知ってれば一発で気づくレベルだね」
⋯⋯だから皆は、最初から橘さんに憑いた魔神の存在を認識していたのか⋯⋯
「⋯⋯普通じゃないのは確かだから、神威がピリピリしちゃう気持ちもちょっと分かるんだ」
「⋯⋯そう、なんですね⋯⋯」
「いや神威は割といつもあんな感じかも」
「⋯⋯」
「⋯⋯それに、膨大な魔力量のせいで、契約者にもそれ相応の負担がかかっていると思う」
「え?それって⋯⋯」
「⋯⋯ナギサちゃんが、心配かな⋯⋯」
落ち着いてきていた思考に、再び不安が募っていく。
「──答えろよ、魔神」
「⋯⋯お前に答える義理はないな」
「──あ?」
「それは困るよヴィクトリア!答えてくれないと、リーダー権限で不合格にしちゃうぞ〜?」
「⋯⋯⋯⋯」
様々な方法でヴィクトリアに質問をしていくが、取り付く島もなさそうだった。
「こいつ⋯⋯!いい加減に──」
「──落ち着けよ」
神威の感情が爆発しようとする寸前に、スーツのサラリーマン、クロックが声を上げた。
「どの道、異常な魔力量については説明してもらわなきゃならない、橘さん」
「⋯⋯っ⋯⋯ご、ごめんなさい。私、ヴィクトリアが初めて会った魔神で、魔力量っていうのもよく分からなくて⋯⋯」
クロックに対して、橘さんは申し訳なさそうに答える
「いやそうじゃない。そいつだって付喪神なんだから、元の物体にヒントがあるんじゃと思ってな」
「⋯⋯元の、物体?」
「ああ、この魔神と出会った時、こいつはどんな姿だった?」
「あー、そういうこと。その魔神が何を元に発生したのかが分かれば、持ち主とかを調べて謎が解けるかもね。クロック頭良い〜」
ジェイソンが楽しそうに笑う。
「⋯⋯えっと、最初に会った時はランプの姿をしてました」
「⋯⋯」
「⋯⋯ランプ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「はい、煌びやかで派手なランプ⋯⋯これだと、ヴィクトリアは『ランプの魔神』ってことになるんでしょうか⋯⋯?」
「──待て待て嬢ちゃん!あれは擬態してただけって説明しただろ?ド派手なランプには、誰しも興味を示すもんなんだよ!生前読んだ本に書いてあったんだ!!」
好き勝手考察されるのがついに堪えきれなくなったのか、ヴィクトリアが大声を上げて反論する。
⋯⋯ん?生前⋯⋯?
「⋯⋯は?⋯⋯お前、今なんて言った⋯⋯?」
「あっ、やべっ⋯⋯まあいいか、こんくらい⋯⋯」
ヴィクトリアは慌てて口を抑えるが、直ぐに面倒くさくなったのか、勢いよく立ち上がった。
「──いいかッ!?よく聞けお前ら!随分好き勝手言ってくれてたが、オレサマは道具なんかじゃないんだよッ!!」
ヴィクトリアは手を大きく広げ、酷く感情的に告げた。
「──オレサマは、元人間なんだ」