第四十六話 カフカ
「⋯⋯生きてる」
瓦礫に埋もれながら、俺はそう呟いた。
突如現れた巨大な手に叩き潰された俺はそのまま気絶していたらしい⋯⋯つまりあの手も、紅葉椛も俺にトドメを刺しはしなかったということだ⋯⋯これは間違いなくラッキーなことだろう。
しかし⋯⋯
「あぁっ⋯⋯あの子大丈夫かなぁ⋯⋯っ」
紅葉椛に捕まった少女の安否が、どうしても心配だった⋯⋯
加えて、あの魔神との約束を果たせなかったという罪悪感が身体を覆っていく。
「⋯⋯はぁ」
しかし、ただ嘆いていても仕方がない。
俺は一旦記憶喪失の振りをして、自らの状況を改めて把握することにした。
「足は⋯⋯潰れてるな⋯⋯」
片足が瓦礫に挟まっているが、この程度は能力でなんとでも──
「──あぁ痛い痛い痛い!?!?自覚したら一気に痛みがあぁッ!?!?」
⋯⋯俺は人目を憚らずに悶絶した。
しかしここは恐らく元いた場所よりも地下。落ちてきたのだろう。当然というかなんというか、周囲には誰もいなかった。
「とりあえずッ⋯⋯先輩と、合流⋯⋯」
俺は無理やり足を引き抜き、血液を固めて固定してから再生を試みる。
しかし⋯⋯
「ッ、誰だ⋯⋯!?」
視線の隅、大きな柱の陰からこちらを窺う人影が見えた⋯⋯やば俺の悶絶聞かれたかな⋯⋯?
魔神の時とは違い確信を持った俺の問いかけに、その人物は柱の陰から姿を表す。
「──」
「だれ、だ⋯⋯?」
見覚えは無い。
しかし、その少女は一度見たら忘れないであろう派手さに、独特のオーラを纏っていると感じられた。
年齢は恐らく俺と同じくらい。ピンク色の髪はふわふわとしたクセっ毛らしく、頭頂部にはアホ毛が立っている。
そして最も目を引くのは⋯⋯
「──しいたけ目だ⋯⋯」
彼女の両目は独特の瞳⋯⋯いわゆるしいたけ目だった。しかも加えて、青と金のオッドオイ。
「⋯⋯マジか」
⋯⋯すげぇ、オッドアイはともかくしいたけ目とかリアルにいるのかあれ。ソシャゲでしか見たことねぇ⋯⋯
しかし、フィクションなどでは『目を輝かせる描写』として用いられるしいたけ目にも関わらず、彼女は特に楽しげでもなく無表情だった。
⋯⋯服装は何故かボロきれみたいなのを着ている。ボロさは先程の少女といい勝負だった。
そして、手元⋯⋯
「──ッ」
──彼女の手元には、『包丁』が握られていた。
⋯⋯といってもとても戦闘用には見えず、普通に料理で使うような家庭用包丁だった。当然そこまで殺傷能力があるようにも見えない
「⋯⋯なんなんだよ」
とにかく、一言で言うならば彼女は『謎』だった。ずっと見ていると頭がおかしくなりそうなカオスを感じてしまう。
⋯⋯まぁしかし、武器を持って現れたからには警戒しなくてはならない。
「──そこのお前!何者だ!?」
正直既に満身創痍だったが、威嚇の意味も込めて必死に声を張り上げる。
「──私は『カフカ』だ」
仏頂面に似合わぬ可愛らしい萌え声。
そして少女が答えた瞬間、彼女の服装が変化した⋯⋯いや、服装というか⋯⋯なんか、ボロ布がカーテンに進化した⋯⋯本当に見ていて頭が痛くなってくる少女である。
しかし⋯⋯
「──魔法少女だ⋯⋯」
俺はその存在を知っていた。
魔法少女都市に入った際にジェイソンから、脱出した後に先輩から一通りの説明は受けてある。
実際に間近で見るのは初めてだったが、しかし俺は直感的に理解した。
──こいつは魔法少女だ⋯⋯ッ
そして、恐らく今変身したのだ⋯⋯いやカーテンに包まってるようにしか見えないけどね。
服装以外で言えば、彼女の目が片方しいたけ模様からハートマークに変化していた⋯⋯ちなみに無表情は一切変化無し⋯⋯
「はッ⋯⋯!最近の魔法少女はバンクも無しかよ?」
「──」
とりあえず煽ってみるが少女の表情は変わらず、先程から一歩も動いていない。
「⋯⋯」
⋯⋯油断してはいけない。
魔法少女という時点で身体能力は圧倒的な差がある⋯⋯加えて魔法少女としての『固有能力』が存在する可能性も──
「──」
──刺突音。
「⋯⋯は?」
──『速度』という概念ではない。
まるでテープとテープを無理やりくっつけたように、それは決してありえない連続性だった。
じんわりとした痛みが、徐々に脳へ身体状況を報告し出す。
──今この時、彼女は俺の目の前に立ち、彼女が手に持つ包丁は俺の胸部を刺し貫いていた。
「か、は⋯⋯っ」
傷口と口から血が溢れ出る。
至近距離で包丁を握る彼女はそれを直接顔で浴びることになったが、しかしやはり無表情のままだった。
「──」
──刺突音。
再度響いたそれは先程と違い一度ではなく、俺は両肘両膝の関節部分四箇所を的確に一度ずつ刺された。
驚異的な行為に見えるが、恐らくこれは彼女の身体能力によるもの。
──だとするならば⋯⋯?
先程のアレはやはり魔法少女の身体能力⋯⋯いや違う⋯⋯固有能力⋯⋯?いや、それも違う⋯⋯
半ば本能的な感覚に基づき導き出された結論は──
「──おま、え⋯⋯能力者⋯⋯ッ」
俺が言葉を絞り出した時には、彼女は既に俺の背後へと移動していた。
『移動』⋯⋯そう、それも『瞬間』的な──
「──囚われないことこそ、強者の秘訣だ」
俺が倒れ彼女が再び『消える』瞬間、彼女が包丁を高く投げる音が聞こえた気がした。
──────────────────
──カフカは『瞬間移動』する直前、包丁を上へと投げた。
といっても特に理由があった訳ではなく、強いていえば最後にかっこいいセリフを言う際、『やれやれ』といったポーズを両手でとるのに包丁は邪魔だったというだけの話だった。
しかし、この時カフカが投げた包丁は偶然にも緩やかな放物線を描き、ちょうど倒れ込んだアカネの頭部へと迫っていた。
家庭用包丁の刃がアカネの頭に突き刺さる寸前──
「──よっ、キャッチ⋯⋯!」
黒いセーラー服を纏った少女が駆け寄り、包丁の柄を掴んだ。
緩やかにではあるが回転しながら落下していた包丁に迷いなく手を伸ばし、見事柄を掴んでみせたその少女は、特に動揺した様子もなく、後ろを振り返る。
「出てきて大丈夫ですよ。ロプスさん」
「ふ、ふみゅぅ〜⋯⋯」
彼女⋯⋯水無月アリスの声に反応して、遠くの影から三メートル程の巨体が現れる。
地下の空間はかなり広いため、ロプスも普通に移動するのに支障はないはずなのだが、彼女は極力音を立てないように、四つん這いではいはいするようにアリスへと近寄った。
「み、水無月様⋯⋯っ!先程の行動は危なかったですよ⋯⋯!包丁を素手でキャッチするだなんて⋯⋯っ」
「ふふ、すみません。ですが、できると思ったので」
彼女は泣きつくロプスに軽やかな笑顔を向けながら、キャッチした包丁を捨てた。
「えっと、あの方はいったい⋯⋯?」
「⋯⋯私が依頼をした傭兵団『ギャクバリ』のメンバーらしいですね」
「ふみゅ⋯⋯?でも、この男の人が水無月様の『目的』なんですよね⋯⋯?あの人、思いっきり殺すつもりに見えましたけど」
「傭兵は得てしてそんなものですよ。だからこうして私達がフォローに入る必要があったんです」
「間一髪でしたね」とアリスは笑った。
彼女はそばで倒れるアカネに近づき、その頬を愛おしげに撫でる。
「ふふ⋯⋯」
「水無月様、嬉しそうですね⋯⋯」
「あぁ、すみません私としたことが⋯⋯ロプスさんは次のポイントで待機しておいてもらえますか?」
「もちろんです!水無月様のお役に立てるよう頑張ります!!」
ロプスははいはいのまま、意気揚々とその場を離れる。
「⋯⋯あぁ、やっとこの瞬間が⋯⋯」
そして、この空間には二人だけが取り残されることとなった。




