第四十四話 檻の中の少女
──ヒビキ、ジェイソンVSギャクバリ(アリスと電話してた人)──
「──おいおい、お前ら二人とも能力者だろ?もっと頑張れよ」
ヒビキとジェイソンの前を塞ぐように立つ一人の傭兵は、煽るようにそう告げた。
「何なんですかあの人⋯⋯ッ!?傭兵⋯⋯ですよね⋯⋯?」
「だろうね。でもどうしてここに傭兵が⋯⋯?」
男性にしては小柄なその傭兵は、手に持つサーベル一本で二人の攻撃を捌き続けていた。
「早くアカネを見つけないといけないのに⋯⋯ッ」
──アカネとはぐれたことに気づいた二人は、すぐに捜索へと舵を切った。
しかしその時、まるで示し合わせたかのようにこの傭兵が現れたのだ。
目的は不明。しかし明確な敵意を持って前に立つ彼に二人は苦戦していた。
「目的は時間稼ぎっぽいけど⋯⋯だからこそやりづらいな⋯⋯」
既に二人の能力は看破されている。その事からもジェイソンは、彼の戦闘経験がたしかなものであると確信していた。
にしても⋯⋯
「そっちのデカイのは不死身能力者だな。再生の種類はかなり『当たり』っぽいけど、不死身は得てして『傷を重視しない』。どうせ治るって思ってるからな。だから傷を負わせること自体は容易いんだよ。重要な部位を破壊すりゃ、再生するまで動けないのは非能力者と同じなのにな。これは絶対に消えない『意識の差』だ」
「はぁ⋯⋯」
にしても、強すぎないか⋯⋯?
特に能力者への対処に関しては一流だった。
「あの人、たぶん能力者じゃ無いですよね?」
「能力を隠してなきゃ、そうだろうね。というか、口ぶりからもなんか能力者に対する敵意を感じるし」
──能力者を僻む非能力者。
そんなのはこの大地で腐るほど見れる光景だ。
「そっちのガキは珍しい能力を持ってる。空間そのものに作用するタイプは正直どれもチートだ。だがお前の能力は予備動作が大きい。もう目で見てから回避できる。慣れれば怖くないな」
「ッ⋯⋯偉、そうにッ⋯⋯ああいう勝ち確から煽ってくるタイプの輩が一番ダルいんです⋯⋯ッ!」
「めっちゃキレるね」
アカネへの心配もあって、ヒビキはかなりの苛立ちを感じていた。
「はぁ⋯⋯君、どこの傭兵団?」
「あ?そういや名乗ってなかったか⋯⋯よしっ」
既にかなりの嫌気がさしているであろうジェイソンの質問に対して、男は軽く咳払いをしてから声を張って大仰に名乗りを上げる。
「──俺は傭兵団『ギャクバリ』のリーダーだ。お前らみてぇな能力者を殺せる非能力者のみで構成⋯⋯あーいや、最近能力者が一人入ったけど⋯⋯まぁとにかく!」
男は勝気な表情でサーベルをこちらに向けた。
「──お前らみたいな雑魚能力者じゃ、相手にならねぇってことだ」
「⋯⋯へぇ」
正直、ジェイソンはそこまで危機感を抱いてはいなかったが、しかし『このままではジェイソンが遠のくのでは?』とぼんやり思い始めていた。
「⋯⋯仕方ない、『奥の手』を使うか」
「は⋯⋯?あるなら最初から使ってくださいよ」
信じられないと言った様子のヒビキを無視して、ジェイソンは懐から『ホッケーマスク』を取り出した。
「──ここから先は、更に『ジェイソン』をトバしていくよッ!!」
──見世物小屋、地下牢。メモ帳と別れた後のアカネ──
メモ帳の魔神に示された通路をしばらく進むと、段々景色が変わってきた。
「──牢屋、か⋯⋯」
いくつもの牢屋が存在するが、そのほとんどは空で使われている形跡も無い。
「⋯⋯」
──そのため、目の前の牢屋で蹲る少女は一際目に付いた。
「──だ、れ⋯⋯?」
──声を、出し慣れていないのだろうか。
掠れた声で小さく呟く紫色の髪をした少女は、虚ろな瞳をこちらに向ける。
「僕は高槻アカネって言います。あなたは⋯⋯えっと、ここに囚われているんですか?」
魔神の言っていた少女とは間違いなくこの子のことだろう。先輩の目的かどうかまでは分からないが⋯⋯
「⋯⋯団員じゃ、ない⋯⋯?」
「えぇ、そうです。落ち着いて聞いてください。ここ、見世物小屋は先程──」
「──近づかないで」
──拒絶。
声の小ささもあり鉄格子へ近づこうとしていた俺は、しかし少女の声に足を止めた。鋭い視線に射抜かれ思わず息を呑む。
⋯⋯彼女の掠れた声は変わらずだったが、しかしその拒絶だけは嫌に流暢に聞こえた。
「私、ここからその鉄格子までが『射程距離』です⋯⋯分かりますか?私がここから動いてもう少しだけあなたに近づけば⋯⋯」
少女は明確な敵意をその瞳に宿し──
「──斬り裂けます」
冷たく、言い放った。
「⋯⋯」
⋯⋯どうやらだいぶ警戒されている様子である。俺は改めて、少女のことを観察することにした。
両足に枷を付けられており、両手は自由にされている。
──そして、その右手は常に手元の『武器』が取れる位置に置かれていた。
「⋯⋯それ、もしかして『刀』ですか⋯⋯?」
──間違いない、『刀』だ。
ふと目に付いた珍しい武器に、俺は思わず声を上げてしまう。
──刀。
『秋』にいる『刀鍛冶』という存在しか作れないと言われる武器。
そもそも『刀鍛冶』という存在自体が半ば都市伝説のようなものなので、『刀鍛冶』が作る『刀』の希少性に関しては言うまでもないだろう。
その刀が、少女のそばに抜き身で置かれていた。
環境ゆえかあまり手入れされているようには見えないが、しかし丁寧に扱っているであろうことが分かる状態。
「⋯⋯すげぇ、『刀』とかソシャゲキャラの装備でしか見た事ねぇ」
「⋯⋯?」
なんとなくテンションが上がってしまう俺に対して、少女は不思議そうに首を傾げていた。
「えっと、近づかないので聞いてください。見世物小屋は壊滅しました」
「⋯⋯嘘をつかないで」
「本当です。構成員は全滅しました」
「⋯⋯座長も?」
「えぇ、その通りです」
「⋯⋯あなたが?」
「いえ、『秋』⋯⋯『紅葉組』をご存知ですか?」
「⋯⋯たしか、『四季』⋯⋯?」
どうやらヴィクトリアと違って一般常識はきちんとあるらしい。少女は驚いている様子だった。
「僕はとある魔神に頼まれてあなたを助けに来たんです。えっと、喋ったり動いたりするメモ帳なんですけど⋯⋯」
「メモ帳⋯⋯」
どうやら心当たりがありそうだ。このまま説得を──
「──信用できません」
⋯⋯続ける前に、一刀両断されてしまった。
「そもそも『見世物小屋が壊滅した』なんて話が怪しい。いくら『四季』でも、座長を殺せる人なんて⋯⋯」
「⋯⋯」
──不味いな、彼女の疑念が深くなっている。
ここに囚われている彼女にとって、それほど『見世物小屋』は大きい存在なのだろう。
「聞いてください、僕は──」
「──私が行っている『演目』をご存知ですか?」
「え?」
どうにか説得を続けようと口を開いた俺を、少女の言葉が遮った。
「ステージの真ん中に立つ私に向かって、観客が様々なものを投げつけるんですよ。ゴミや残飯に、刃物なんかをね」
少女は自嘲するように笑う。
「そして、私が舞台に上がる際に枷を外すのは座長の役割なんです」
彼女は自らの足首に嵌められた枷を見つめながら、静かに呟いた。
「──座長以外は、殺せてしまうので」
「──っ」
その言葉には、確かな確信があった。
「やっぱり私は、座長が殺されたなんて信じられません」
「待ってください──」
「──そもそも、この状況そのものが団員達の『余興』だという可能性もありますよね」
「余興⋯⋯」
あまり、考察したくない単語である。
「⋯⋯それに、仮にあなたが本当に私を助けるつもりだとしても⋯⋯私に、そんな価値は⋯⋯」
「──え?」
少女が小さく呟いたその言葉に、俺は大きく感情を動かされた。
だって、それは⋯⋯
「どうして、そんなことを⋯⋯」
「⋯⋯?」
──それは、違うだろう。
「──どうして、そんな残酷なことを言うんですか?」
「⋯⋯は?」
俺は感情に任せて、鉄格子を強く掴む。
「ひっ⋯⋯!?な、なんなんですか⋯⋯!?」
突然の行動に、目の前の少女はドン引きしていた。しかし俺の感情はどんどんとヒートアップしていく。
「──この、鉄格子」
「え?」
「独特な形状をしていますよね⋯⋯格子状でもないし、隙間の大きさもそれぞれバラバラです。これを見てると思わず連想してしまうんですよ」
「な、なにを──」
「──的当てのゲームみたいだなって」
「──ッ」
少女の動揺を、俺は見逃さなかった。
「さっきあなたが言った演目⋯⋯見世物小屋の団員達もあなたに対しておこなっていたんじゃないですか?『余興』として」
「あなた、いったい⋯⋯」
座長以外は彼女に近づけないと、彼女自身が言っていた⋯⋯つまり、団員達は彼女に対してある程度鬱憤を募らせていたと考えるのが自然だろう。
──遠くからものを投げつけるなんて、いかにも弱者がしそうな攻撃だ。
何より、彼女の牢屋内にはゴミが散らかっており、中にはナイフのような刃物も見える。彼女が先程説明した『演目』の様子と同じだ。
⋯⋯けれど。
「⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯だけれども。
「でも、それだけじゃないですよね?」
「⋯⋯」
少女は答えないが、俺は確信していた。
「あなたは、やられっぱなしじゃなかったはずだ」
彼女の周囲だけは、まるで円で区切られたかのようにゴミなどが存在しなかった。
──彼女の近くに存在するのはひと振りの『刀』だけ。
「⋯⋯⋯⋯そうね、私には飛んでくるそれらを斬り裂く権利がある⋯⋯それこそ座長が私に与えた『演目』だから」
彼女は手元の刀を強く握りしめた。
獲物への信頼と、自らの実力を示すように。
「何だっけな⋯⋯私に傷や汚れを付けた観客には賞金が出る⋯⋯みたいな話だったと思う。意外と盛り上がってた」
「悪趣味すぎるだろ」
改めて最悪な場所だ、と俺は思った。
「⋯⋯推理がお上手なんですね、探偵さん?でも、それがなんだって──」
「──あなたには才能がある」
冷たさを隠そうともしない少女に、しかし俺は負けじと続ける。
「本当は、こんな牢も枷も自分で斬り裂けるはずです」
「⋯⋯だったらなに?」
「⋯⋯⋯⋯困るんですよ」
俺は、もはや縋るように鉄格子を掴んでいた。
「──あなたみたいな才能ある人間が自らの幸福を諦めているのは、本当に困るんです」
──だって、そんなの⋯⋯
「⋯⋯?ねぇ、一旦落ち着いて──」
「──そんな世界で、僕みたいに才能の無い人間が、幸せになれるはずがない⋯⋯」
「⋯⋯は?なに、言って⋯⋯?」
「お願いします!幸せになってください!!マジでお願いします!!」
「て、鉄格子を揺らさないで!本当に怖いです!」
少女は理解できないと言うように後ずさり、ガチの恐怖を宿した瞳で俺を見る。
「あなたが自分でやらないと言うなら俺があなたを幸福にしてみせます!だからお願いします⋯⋯!」
「はぁ⋯⋯!?あなた、自分が何言ってるか⋯⋯」
「──どうか俺を、あなたの幸福の一助に⋯⋯」
「──」
俺の必死の懇願に、少女は俯いてしばらく沈黙する。
「⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯だいぶ恥ずかしいことを口走った。
ヒートアップしていた俺がそれに気づき、羞恥に苛まれ出したその時、鋭い金属音が一瞬響いた。
──斬撃。
目の前の少女はひと振りで、枷のみならず鉄格子までもを斬り裂いてしまったのだ。
「⋯⋯はぁ、私の負けです。これ以上情緒不安定になられたら怖すぎるので⋯⋯もしあなたが嘘つきで座長が生きていたなら、私はとんだ道化ですけれどね」
「⋯⋯すげぇ」
⋯⋯できるとは思っていたがしかし、本当にやられると言葉も出なかった。あまりの技術に俺は思わず見惚れてしまう。
なんにせよ、こうして俺と彼女を隔てていた檻は斬り裂かれたのだった。
「⋯⋯えっと、あなたのことはなんて呼べばいいですか?」
「⋯⋯私に、名前はありません」
「え?」
「演目中は少女としか呼ばれなかったし⋯⋯あ、団員にはたまに『シュレッダー』って呼ばれてました」
「ろくな組織じゃないですねここ」
どんどん見世物小屋への心象が悪くなっていく。
「まぁとにかく、呼び名が必要なら適当に呼んでください。私はなんでもいいので」
「え゛」
「⋯⋯?」
──この子の名前を⋯⋯俺が⋯⋯?
「⋯⋯」
いや、いやいやいやいや⋯⋯っ
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯あー無理だわ何にも思いつかない。名付けってちょっと責任が重すぎないか⋯⋯?世の主人公はみんな当然のように名前の無い存在に名付けを行うけど俺には無理だやはり俺は主人公の器では──
「──何ぼーっとしてるんですか?」
「え?」
考え込んでいた俺は、思いのほか近くまで接近していた少女に間抜けな声を上げてしまった。
いや、ほんと思いのほか近く、に⋯⋯
「──うわぁっ!?!?」
「きゃっ⋯⋯!?」
──こ、この子⋯⋯っ
「な、なんですか急に⋯⋯?」
「あっ、あの⋯⋯!えっと⋯⋯!?」
「⋯⋯?どうかしたんですか──」
「──あぁ!?安易に動かないで!?!?こっ、こぼっ、こぼれ⋯⋯っ!?」
「こぼ?」
蹲っている状態では気づかなかったが、少女が身に纏っているのは服というよりかはただのボロ布で、肌の露出がだいぶ危うかった。
⋯⋯加えて、その⋯⋯かなり胸、が⋯⋯っ
「もう、何なんですか?急に挙動不審になって⋯⋯」
「い、いやなんと言えばいいのか⋯⋯」
「⋯⋯さっきは、ちょっとかっこよかったのに⋯⋯」
「え?」
「っ、なんでもありません⋯⋯」
小さく呟かれた言葉は聞き取れなかったが、しかし今はそれどころではない。
「こ、これ着てください⋯⋯マジでお願いします⋯⋯」
「⋯⋯?どうも⋯⋯?」
とりあえず俺は来ていた制服の上着を彼女に羽織らせ、精神の安定化を計った。
ふぅ、よし⋯⋯これでなんとか健全な絵面に──
「──忘れませんから」
「え?」
不意に、彼女が顔を逸らしながらそう告げた。主語のないその言葉に、俺は首を傾げてしまう。
「えっと、なんの話──」
「──私を、幸せにしてくれるんですよね?」
「え゛」
⋯⋯なんか、あまり良くない解釈をされてしまっている気が⋯⋯
「いっ、いやその言い方は──」
「嘘だったんですか?」
「嘘っ、では無いですけどぉ⋯⋯!」
「⋯⋯ふふ」
あたふたする俺を見て、少女は小さく笑う。
⋯⋯まあ、彼女の笑顔を引き出せたのならば、とんでもないセリフを吐いた甲斐があったというものだろうか。
俺は安堵と達成感、そして少しの羞恥を感じながらも、先輩達との合流のために──
「──見つけたぜ、愛しの『姪っ子』?」
「──ッ!?」
──苛烈な声。
聞き覚えのあるその声は、今最も会いたくない相手だった。
「──『紅葉組』⋯⋯ッ」
「あぁ?⋯⋯テメェは、碧雫の⋯⋯」
目の前に立つ『四季』⋯⋯『紅葉組』のトップである紅葉椛は、こちらを一瞥してからすぐにリボルバーをこちらに向け──
「──喜べガキ、見逃してやる。その女を渡してくれたらな」
──華のような笑みを浮かべて、そう言った。




