第四十一話 マジックアイテム・イン・テレフォンショッピング
──見世物小屋、会議室(紅葉組がサーカス団を皆殺しにした部屋)。アリス、ロプス──
「──っ、止まってください」
「ふみゅ?どうしました、水無月様?」
会議室の扉が見える距離まで近づいた時点でアリスは足を止め、後ろで四つん這い⋯⋯というか、はいはいのような形で窮屈そうに着いてきていたロプスにも止まるよう指示した。
扉には弾丸が撃ち込まれた跡があり、この距離でも漂ってくる血の匂いが部屋内部の状況を物語る⋯⋯ロプスも、一拍遅れてその異常性に気づいた様子だった。
「ロプスさんはここにいてください。どのみちその大きさでは部屋には入れませんから」
「あ、あの水無月様⋯⋯?この、部屋の中には──」
「──ロプスさん」
顔を真っ青にして言葉を零すロプスに対して、アリスは振り返って彼女の頬を撫でた。
「大丈夫⋯⋯大丈夫ですから」
「っ⋯⋯は、はい⋯⋯ごめ、なさっ⋯⋯わた、し⋯⋯」
過呼吸気味のロプスを落ち着けてから、アリスは扉を開け部屋の中へと入る。
「⋯⋯」
部屋の中にはアリスの予想通り、見世物小屋の構成員が死体となって転がっていた。
アリスは、ロプスを制止しておいて良かったと安堵しつつも、迷い無い動作で室内を調べ始める。
彼女は部屋の中にある『マジックアイテムっぽいもの』を片っ端から集め、それらをスマホで写真に撮りメッセージアプリで送信していく。
「⋯⋯よし」
写真が問題なく送られるのを確認して、思わずアリスは笑みを浮かべた。
──やはり、この部屋では電波が繋がる。
見世物小屋は基本的に電波が繋がらない。それはつまり、スマホを用いた連絡は行えないということ。
しかし、これは正確に言えば『電波が無い』のではなく『電波が繋がらないように細工をされている』というのが正しい。見世物小屋は建物全域にジャミングのようなものをかけられているのだ。
アリスにとって、これは非常に良くないことだった。外部と連絡が取れないというのは今回の彼女にとって死活問題なのである。
そのため、ロプスを仲間にした彼女が今最も取るべき選択肢は、電波の繋がる場所に出ることだった。
しかし、建物に作用しているジャミングがある以上、外に出なければ達成しえないであろうこの目的を、アリスは建物内で達成した。
──見世物小屋にとっての利便性を考えた場合、本当に建物全域の電波を遮断するとは考えにくい。
彼女が推測した候補は二つ。『座長の私室』と『会議室』である。
会議室を選んだのは単純に距離的な理由だったが、しかしそれがビンゴ。
「『マジックアイテム』の数も予想以上ですね。良い交渉材料になりそうです」
アリスは自らの計画が理想通りに進んでいることに多少の満足感を覚えていた。
その時ちょうど、送った写真に送信相手からレスポンスが返ってきた。そのまま二言三言会話をしてから、アリスはその人物に今度は電話をかける。
コールが始まって直ぐに相手が出た。
「もしもし」
『写真は確認した。充分だ』
聞こえてくるのは冷淡な男の声。
「良かったです。それでは、お願いできますか?」
『⋯⋯その部屋にあるマジックアイテムはそれで全部か?』
「えぇ、恐らく⋯⋯あっ、もうひとつありました」
相手の質問に再度部屋を見回したアリスは、地面に転がる『鏡』を拾い起こした。
「これは⋯⋯あ、触れると鏡面がぼやけて景色が変わるみたいです。それに⋯⋯向こうに繋がっている⋯⋯?」
『移動系か。どこに繋がっている?見える景色を教えろ』
「見えるのは空中からの景色ですね。住宅街などの街並みが存在しますが、寂れている印象を受けます。それに⋯⋯一定距離より先は、靄がかかったようになっていて見えません。」
『⋯⋯魔法少女都市か』
「魔法少女都市?」
聞きなれない単語にアリスが疑問符を浮かべるが、向こうの声はそれには答えなかった。
『その鏡とやらはいらない、だが写真のマジックアイテムと建物内の見取り図で依頼料は充分だ』
「見取り図と言っても、私が内部を歩きながら片手間に描いたものですが⋯⋯」
『大まかな間取りが分かるだけでいい。そもそもリアルタイムで変化する見世物小屋内部を正確に把握するのは不可能だ』
「⋯⋯そうですか。なんにせよ、依頼を受けていただけてありがたいです。どうぞよろしくお願いします」
アリスは会話をしながらも、『いらない』と言われた鏡に意識を向けていた。
──この鏡には、使い道があるだろうか?『魔法少女都市』という言葉も気になる。
『──やめておけ』
「⋯⋯え?」
アリスの思考を引き裂くように、冷たい声が響いた。
『これは傭兵からお客様への親切心での忠告だ。魔法少女なんかとは、関わらないに越したことはない』
「⋯⋯あの、そもそも魔法少女というのは──」
『──私はそうは思わないな』
聞いた事のない単語が続き、アリスが質問をしようとしたその時、別の声が電話越しに聞こえてきた。
感情を感じさせないぶっきらぼうで無機質な女性の声色。しかしその声質は萌え声とも言えるような可愛らしいものだった。
『魔法少女にも良い奴はいるはずだ。例えば──』
『──テメェは黙ってろカフカ!!』
割り込んできた可愛らしい声は、しかしすぐに一喝され聞こえなくなってしまった。
「カフカ⋯⋯?」
『悪いな、お客さん。うちの新入りが割り込んじまって。なんにせよ、あんたの依頼は引き受けたよ』
「⋯⋯ありがとうございます。では契約成立ということで」
『あぁ。傭兵団ギャクバリに依頼したこと、後悔はさせないさ』
冷淡ながらも得意げな男の声で通話が終了し、スマホを耳から離したアリスは深く息を吐いた。
「⋯⋯ふぅ」
「み、水無月様⋯⋯?」
「っ、ロプスさん?入ってきては──」
「──だ、大丈夫です!その、私⋯⋯見ておかなきゃいけない気がして⋯⋯!」
不安げなロプスの声が背後から聞こえ、慌てて遮ろうとしたアリスはしかし、既に扉から顔を覗かせているロプスを止めることができなかった。
「う、うぅ⋯⋯」
ロプスは目に涙を溜めながらも、見世物小屋構成員の死体を順番に見つめる。
「ひぐっ、ぐす⋯⋯っ」
「⋯⋯」
──泣くほどの価値も関係性も、あるようには思えないが。
アリスは冷淡にもそう思ったが、流石にそれを直接ロプスに伝えることはしなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
──個人の感情とは必ずしも他者に理解できるものではなく、またそれは悪いことでもない。
アリスはそう、ちょうど最近気づいたのだった。
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「⋯⋯落ち着きましたか?」
「ご、ごめんなさい水無月様⋯⋯お見苦しいところを⋯⋯」
カウンセラーばりの手腕でロプスの精神を落ち着けてから、アリス達は既に会議室を後にしていた。傭兵団『ギャクバリ』との取引が成立した今、アリスはもうタイミングを待つことしかできないのだ。
──あわよくば、少しでも彼の印象に残るような出会いを。
そう願う彼女はまるで⋯⋯いやまさに、恋する乙女のようだった。
「ところでロプスさん、膝は大丈夫ですか?先程から四つん這いのようについてきてもらっていますが⋯⋯ペースを落としますか?」
アリスは心配するようにロプスを振り返る。
ロプスの大きさゆえ、彼女は建物内を自由には動き回れない。身を屈め、場合によっては遠回りせざるを得ないことも多かった。彼女の身体にかかる負担はかなりのものだろう。
「大丈夫ですよ!!私、膝の皮膚は特に頑丈なんです!傷つき慣れてますから!!えへへ」
「⋯⋯そうですか」
照れくさそうに笑うロプスを見てアリスは、『ここを出たら不自由ない生活をさせてあげよう』とより強く決意した。
「そういえば水無月様、先程は何のお電話をされていたんですか?」
「ん?あぁ、傭兵団に依頼をしていたんです。私の会いたい人のお仲間を足止めしてもらうようにね」
「ふみゅ。その対価がマジックアイテムということですか?」
「えぇ。私は普通の高校生ですから、傭兵に何かを頼むお金なんて持ち合わせていません。なので、こうして『現地調達して物で支払う』というのが一番現実的だったんです。危険な場所に先に乗り込む偵察員のような役割も果たしているので、彼らの反応も悪くありませんでした」
「さ、さすがは水無月様!見事なお考えです!!」
「⋯⋯ふふ、ありがとうございます」
すっかり腰巾着のようになってしまったロプスに一抹の不安を覚えながらも、アリスはにこやかに返す。
「ですが気になるのは、『碧雫』を理由に依頼を渋られたことです」
「碧雫さん⋯⋯ですか?お強い方、ということなんでしょうか?」
「分かりません。ですが、碧雫という名前自体はそこそこ有名なんですよ」
「私は聞いたことありません⋯⋯って、当然ですよね⋯⋯ふみゅぅ⋯⋯」
アリスは自らの思考を整理するように、ロプスへの説明を続ける。
「碧雫は、『春』の大学を卒業しているんですよ。しかも飛び級で」
「わぁ⋯⋯お強いだけでなく頭も良いということですね⋯⋯!」
「『春』の大学は、一定以上の成果を収めると飛び級⋯⋯正確には、『学位を取得するための試験を受ける権利』が与えられるんです」
アリスが知る限り、碧雫が大学に在籍していた期間は一年にも満たないはずだ。
「碧雫が上げた成果は『人工的魔力』に関するもの⋯⋯有望な専門分野と才覚を持つ彼女がどうして『夏』に⋯⋯」
──そして、今の彼女は何を考えて『探偵』などと言う言葉を冠しているのだろうか?
アリスの思考は深く沈もうとしていたが、すぐに彼女は頭を振ってそれを引き上げた。
「水無月様、大丈夫ですか⋯⋯?」
「⋯⋯えぇ、もちろん」
今は考えても答えが出ないだろうと結論づけたのもあるが⋯⋯
「──私、今とてもときめいているんです」
──今は、高鳴る心臓だけに従っていたかったのだった。




