第三十三話 橘ナギサ消失マジック
──橘が消えた⋯⋯!?
爆発による衝撃が収まり辺りを見回すも、近くにいたはずの橘が見つからない。
「⋯⋯っ」
⋯⋯先程俺の横を掠めた衝撃。
もし、あれが橘に直撃していたとしたら──
「──お?随分青ざめてんなぁ?えぇ?」
「紅葉、椛⋯⋯」
『紅葉組』のトップ、紅葉椛がこちらを煽るように見やる。
「ははっ⋯⋯おい、もし今のでお仲間が死んでても、それは不幸な事故ってだけだよな?あたしらに当たんなよ?なぁ?」
「──」
こいつは敵──
「──本当に事故かな?」
緊迫した空気を裂くように声を発したのは、いつの間にか俺の後ろへ移動していたジェイソンだった。
視線を向けると、彼女が『大きな鏡』を片手に掴んでいることに気づく⋯⋯さっき横を掠めたのは、あの鏡だったのだろうか。
「──この鏡を、狙ってナギサちゃんに当てたんじゃないの?速度も軌道もあからさますぎ」
「言いがかりだな。そもそもその鏡が吹き飛んだのはこの『死体』がやったことだろ?」
紅葉椛と相対していた『見世物小屋』の団員は、いつの間にかこめかみを撃ち抜かれて殺されていた。
「いや、さっきの爆発はその団員の能力じゃない」
「⋯⋯へぇ?」
紅葉椛の瞳が、ぎょろりとジェイソンを睨む。
「手を前に翳してたのに、爆発の起点は彼の背後だったし、そもそも彼自身の身体にも爆発による負傷が見られる」
「言いがかりの域を出ないな。本人が死んじまってんだから確かめようもない」
「そっちを調べさせてくれるなら、爆弾の破片くらいは見つけるよ」
「⋯⋯お前、『秋』の人間か?」
「出身は『春』だよ。もしかして、武器を扱えるのは『秋』だけだと思ってるの?」
ジェイソンは慎重に鏡を置き、呆れた様子で一歩踏み出す。
「──待て。それ以上進むな」
しかし、紅葉椛がリボルバーを構えたことでその歩みは止まることとなった。
「⋯⋯なぁ、これは『信頼』の話だぜ?お前があたしを疑うというその行為が今、そしてこの先どんな影響を与えるか分かってんのか?」
「影響って?私達も爆破されちゃうのかな?」
「──それ以上進むなと言った」
リボルバーの銃口が、ジェイソンから鏡へと移り、それと同時にジェイソンも素早くバッグからチェーンソーを取り出す。
「──ッ!忠告したぞ女ァ!!」
「──ジェイソンは忠告なんか聞かないよねぇ!?」
「──ジェイソン」
しかし、二人の動きは扉の外から聞こえてきた声でピタリと中断された。
血みどろな部屋には似つかわしくない程に、澄んだ響く声。
「先輩⋯⋯!」
──碧雫が、そこに立っていた。
「⋯⋯雫さん、こいつがこの鏡でナギサちゃんを呑み込んだ。飛んできた速度から、鏡はそのまま破壊するつもりだったんだろうね」
「おいおい、証拠は無いはずだろ?なぁ?」
「だから今からそれを──」
「──どちらでも構いません」
言葉を遮り、雫さんは素早く鏡を調べ始める。
「今最も優先すべきは、ナギサの安全ですから」
「っ⋯⋯せ、先輩⋯⋯!橘は、生きてるんですよね⋯⋯?」
『鏡に呑み込まれた』というのは、どういう状況なのだろうか⋯⋯?
「えぇ、この鏡は『マジックアイテム』です」
先輩が鏡の表面をかりかりと引っ掻くと、段々と鏡面がぼやけ、不思議な風景が浮かび上がる。そしてそのまま鏡面に指を押し当てれば、その指は沈み込むように鏡の中へと消えてしまった。
「別空間へと繋がっているようです。すぐに救出に向かいましょう」
先輩は部屋を見回し、座長の死体を見て一瞬目を見開いたが、すぐさま虚空へと視線を移す。
「──ヒビキ、出てきてください」
「⋯⋯」
いつの間にか姿を消していたヒビキが、先輩の呼びかけに応えて姿を現した。
「おっと、そこにいたのか。ははっ、いつ仕掛けてくんのか気になってたんだがなぁ?」
「⋯⋯ッ」
紅葉椛の煽りに、ヒビキは手に持った武器を握りしめる。
「ヒビキ、アカネ、ジェイソンの三人は、鏡の中に入ってナギサを救出してください」
しかしまたしても、澄んだ先輩の声がピリついた空気を引き裂いた。
「⋯⋯え?いやいや、流石に雫さんを一人にはできないよ」
迷いのない先輩の言葉を、ジェイソンが驚いたように否定する。
ジェイソンの言う通り、紅葉組がいるこの状況で一人だけをこちらに残すのはリスクが高すぎるだろう。
「いえ、これが最適解です。もし紅葉組に鏡を破壊されたら出口が消えます。リスク管理のため、一人はこちらに残らなくてはなりません」
「でも⋯⋯」
「それにジェイソン、向こうにはあなたが必要です」
それは、どこか確信めいた口調だった。
「⋯⋯無理やり鏡を壊そうとするかも」
⋯⋯先輩の中では既に何らかの結論が出ているのかもしれないが、それを共有されていないジェイソンは当然食い下がる。
「有り得ません、鏡の破壊は彼女の『目的』には含まれていませんから」
「⋯⋯あ?」
紅葉椛の迫力を意に介さず、先輩は俺の方へと向き直る。
「──アカネ」
「は、はい⋯⋯!」
「アカネの能力で、血を命綱のように伸ばしてください。それを私が握っていれば、出口を見失うこともありません」
「わ、分かりました⋯⋯!」
言われた通り、手首から細いロープのように血液を固めて伸ばし先輩へと手渡す。
「⋯⋯ふふ」
「⋯⋯?どうしました?」
「いえ⋯⋯これがアカネの血液なんだな、と」
「え゛」
⋯⋯な、なんか⋯⋯
「なんか、ドキドキしてきた⋯⋯」
「え、なんかキモ」
ジェイソンから厳しい言葉が飛んでくる。
彼女は未だ先輩に対して不貞腐れた様子だったが、結局それ以上の反論をすることは無かった。
「⋯⋯」
⋯⋯俺自身も当然不安だが、先輩の迷いない様子を見るに、もはや口出しは意味をなさないだろう。
──何はともあれ、こうして俺達は先輩を残して鏡の中へ入ることとなった。




