第三十二話 紅葉組との遭遇
──『紅葉組』
四つに分かれた領土のひとつである『秋』を統べる組織。
『秋』の特徴は武器と傭兵、そして争いである。
武器の製造を生業とする企業が多く存在し、またその武器を扱う傭兵にも事欠かない。
傭兵はそれぞれの組織に雇われ、その組織が製造した武器を手に他の組織と争う。
休みなく紛争を繰り広げる『秋』は武器の試験場として都合が良く、武器製造の技術力は日進月歩。
そのため、武器だけに注目した場合、その技術力は『春』さえ凌ぐとすら言われている。
そんな『秋』で、長い間トップの座を維持してきたのが『紅葉組』である。
現当主『紅葉椛』の祖父が築き、それから今日まで『秋』の頂点に君臨し続けている。
──────────────────
──『四季』が目の前にいる⋯⋯!
俺は緊張で言葉を発することもできなかった。
目の前に立つ艶やかな着物を纏った女性、紅葉椛は俺たちの顔を一人一人見回し、最終的に先輩(碧雫)へと視線を注ぐ。
「紅葉椛⋯⋯」
「ははっ⋯⋯おいおい、ビビってんなよ?別にここで落とし前つけさそうってんじゃねぇんだからよお?なぁ?」
言葉とは裏腹に、紅葉椛の視線は射殺すような迫力を帯びていた。
「お前らも『見世物小屋』に用があんだろ?ここはひとつ、停戦協定を結ぼうぜ?」
「⋯⋯具体的には?」
ジェイソンが先輩を庇うように前に立つ。
「簡単だ、お互いあの中に『欲しい物』がある訳だろ?邪魔をせず、お互いの『欲しい物』には関与しない。今日、そもそもあたしらは会わなかったことにするんだ」
「⋯⋯」
⋯⋯恐らく、相手にとって重要なのはここでのことを外部に漏らされないようにすることだ。
ここが『夏』の領土である以上、向こうが行っているのは侵略行為。支配者のいない『夏』であっても、『四季』が明確な動きを見せれば大きな波紋となる。
少なくとも、インフラの整備や公共施設の設置といった形で『夏』に関与している『春』は黙っていないだろう。
──戦争にさえ発展しかねないのだ。
そんなリスクを抱えてまで、影響力のある『四季』本人が、この『見世物小屋』に来たのには理由があるはず。
そしてそれは、十中八九彼女が言った『欲しい物』に関係があるのだろう。
「受け入れてくれればサービスするぜ?ここの監視カメラを全部壊してやるよ」
「待ってくださ──」
「──いや待たない。契約は成立だ」
先輩の返事に被せるようにして、紅葉椛は冷たい声で告げた。
「はぁ!?私達まだ了承してないけど!?」
「関係ねぇな。契約ってのは、強者が弱者に押し付けるものなんだよ」
ジェイソンの抗議を気にも留めず、紅葉椛は懐からリボルバーを取り出す。
「ッ、待ってください⋯⋯!そもそも建物の内部は──」
「──分かってんだよ」
──そして、空に向けて引き金を引いた。
六発の銃声が響き、その場の全員が警戒心を露わにする。
──金属音。
「⋯⋯?なんだこの音⋯⋯?」
悠々と弾丸を込め直している紅葉椛の頭上で、独特な金属音が連続して鳴り響く。
その音は段々と小さくなり、やがて聞こえなくなった。
「⋯⋯よし、終わったな」
紅葉椛が呟くと、紅葉組の面々は迷いなくビルの入口へと歩みを進める。
「これで契約成立だ。お互い目的を果たせるよう祈ってるよ」
吐き捨てるように告げてから、紅葉椛は見世物小屋へと入っていった。
「⋯⋯私、『四季』を直接見たのは初めてかも⋯⋯」
「俺も⋯⋯」
未だ信じられないというように呟く橘に、俺も同調する。『夏』の人間ならば特に、『四季』を目にする機会なんてほとんどないだろう。
「はぁ⋯⋯雫さん、どうする?」
不貞腐れたようにため息をついたジェイソンが先輩を振り返る。
「六発⋯⋯すぐに追いましょう⋯⋯っ」
先輩は少し焦った様子で入口へ向かおうとするが、一歩踏み出して足を止めた。
「⋯⋯?先輩、どうし⋯⋯これは⋯⋯?」
唐突な違和感に辺りを見回すと、『もみじの葉』⋯⋯いや、形状がそれに似ているだけで見たことの無い種類の『花びら』がひらひらと舞い落ちてきていた。
しかし、この辺りには当然木など存在しない。
「──ッ、ヒビキ」
「は、はい⋯⋯っ」
先輩がヒビキへと呼びかける。
「──能力で私達の『頭上』、ここから入口までを切断してください」
「⋯⋯?分かりました」
不可解な指示だが、ヒビキは迷いなく馬鹿でかカッターをビルの入口へと投擲した。
二階の辺りに突き刺さったカッターナイフが衝撃音を響かせる。
「空間をズラして、もみじの花びらが私達に当たらないようにして欲しいんです」
──ヒビキの能力は『空間を斬り裂く』というもの。
⋯⋯正直な話、俺は未だに彼女の能力を理解することができていないのだが⋯⋯バグ技のような挙動すら起こせるヒビキの能力ならば、たしかに先輩の指示は叶えられる⋯⋯のかな⋯⋯?
というか、そもそもこの花びらはいったい⋯⋯?
「あの、この花びらって──」
「──紅葉椛の能力だね」
花びらを一つ掴んだジェイソンがこちらを振り向き、その手を開く。
「──ッ!?」
──その手は、ズタズタに引き裂かれていた。
「触れると切れるみたい。早めに建物の中に入っちゃおうか」
──見世物小屋、内部──
「⋯⋯なんか、広くないですか?」
ビルに入ると、周りの様子が一変した。
サーカス団らしく色彩は派手に、そして何より空間が明らかに広くなったのだ。
外から見た大きさと合致しない。
「内部の空間は全くの別物、異空間と呼んで差し支えないものになっていますね。『マジックアイテム』か団員の能力かは分かりませんが──」
──銃声。
「──ッ、紅葉組⋯⋯!」
しかし、迷路の様に入り組み出した通路では、発砲場所を特定する事は難しそうだった。
「室内にも花びらが舞ってますね⋯⋯引き続き、私の能力で頭上を斬り裂きます」
「ほんとだ、外よりは少ないけど⋯⋯よっと!」
「うわぁ!?なんでまた手に取ったんですか!?」
案の定、ジェイソンの手はまたズタズタになってしまった。
⋯⋯『興味を引かれたら無意識に手に取っちゃう』なんて、赤ちゃんかなにかか⋯⋯?
「どうする雫さん?もう潜入とか絶対無理だけど」
「⋯⋯」
ジェイソンの言葉に先輩は一瞬考え込むも、すぐに顔を上げ懐から見取り図を取りだした。
「このルートを辿れば恐らく紅葉組と遭遇します。皆さんはルートに沿って進み、紅葉組に遭遇した場合は足止めをお願いします」
足止め⋯⋯?
「⋯⋯先輩はどうするんですか?」
「私は後から追いつきます」
それだけ言うと、先輩は俺達とは別方向へ迷いなく走り出した。
「⋯⋯こんな見取り図、いつの間に用意したんだろ」
⋯⋯なんにせよ、分かりやすく情報が書き込まれた見取り図を頼りにすれば、この迷路も難なく突破できそうである。
先輩の指示に疑問を抱きつつも、今は進むしかなかった。
──────────────────
「──この見取り図ぐちゃぐちゃすぎない!?」
「いやむしろ正確ですよ。そもそも内部の構造がぐちゃぐちゃなんですから」
『見世物小屋』の内部は進むほどに入り組み、今では物理法則を無視したような構造すら見受けられる。
先輩に渡された見取り図が無ければ、進むこともままならなかっただろう。
⋯⋯いったい先輩は、どうやって事前にこんな見取り図を用意したのだろうか。
──銃声。
「うわ!?また!?」
断続的に響く銃声を聞きながら進み続けると、開け放たれている高級そうな扉が見えてきた。
──恐らく紅葉組はあの部屋にいる⋯⋯!
部屋に入る際に横目で見ると、その扉には数発の弾痕が刻まれていた。
そして、部屋へと入った瞬間──
「──」
──鮮明な銃声が一発、高く響いた。
ピエロの仮面に弾丸が撃ち込まれ、吹き出す鮮血がそれを真っ赤に濡らす。
「──ひっ⋯⋯あの人、死んで⋯⋯っ」
橘の消え入りそうな呟きが聞こえる⋯⋯俺も、目の前の光景に言葉が出なかった。
部屋の中央、銃声を響かせた張本人である紅葉椛は、入ってきた俺達に気づいたのかゆっくりと振り返る。
飛び跳ねた鮮血が、まるでそれが元々のデザインだったかのように着物を濡らしていた。
「⋯⋯全員、殺したの?」
紅葉椛はジェイソンの冷たい声に対して、先程撃ち殺した死体を見せつけるように蹴飛ばすことで応えた。
「あー⋯⋯悪いんだが、コイツが目的だったなら諦めてくれ」
──『座長』だ。
直感的にそう思った。
『劇団』の元メンバーであり『見世物小屋』のリーダー。
その座長が、ちょうど目の前で眉間を撃ち抜かれて死んだ。
部屋にいる団員は座長以外にもほとんどが殺されており、至る所に鮮血が飛び散っている。しかし争ったような形跡は無く、一方的な虐殺と言える程に形勢は歴然だった。
「⋯⋯いや、コイツって言うか⋯⋯コイツら、か⋯⋯」
「あんた何がしたいの?」
ジェイソンはぶつぶつと呟く紅葉椛に顔を顰め、俺達を庇うように前に立つ。
「⋯⋯?言ってなかったか?」
紅葉椛は座長の死体を執拗に踏みつけ、悠々と弾丸を込めながら告げる。
「──あたしは、コイツらを皆殺しにする」
その目には、未だ激情が宿っているように感じられた。
「──はぁ、はぁッ⋯⋯皆殺しだと⋯⋯?ふざ、っけやがって⋯⋯ッ!!」
「姐さん⋯⋯!」
「いい、下がってろ」
どうやらまだ生きている団員がいたらしい。ふらふらと立ち上がるその団員に対して、紅葉椛は迷いなく近づく。
「やってみろよ。なぁ?」
「──ッ」
──爆発音。
団員が手を紅葉椛に向かって翳した瞬間、鋭い爆発音が響いた。
連続して響く爆音と爆煙で、視界すらままならない。
「──ッ、なんだ⋯⋯ッ!?」
──瞬間、自分の真横を何かが吹き抜けた。
「ッ⋯⋯今の、位置⋯⋯っ」
もし当たっていたら軽症では済まなかっただろう衝撃に加え、最悪の想像に背筋が凍る。
──だって、今の軌道上には⋯⋯
段々と爆煙が晴れ、辺りを見回せる程に視界が回復してから、俺の懸念は間違いでなかったと証明されてしまった。
「──橘が、消えた⋯⋯」
──見世物小屋、入口の前──
紅葉組と妖怪探偵事務所が入っていった、ビルの入口。
正確には『見世物小屋』の前で、その少女は静かにイヤホンを外した。
ふわふわとした内巻きのボブカットを揺らしながら、少女は手に持ったスマホでメッセージを送る。
『夏』の中でも人気のない場所に佇むその姿は、あまりにも場違いだった。
何せ、彼女は『夏』屈指のお嬢様学校『クルセリア女学院』の制服を纏っていたのだ。
赤色のピンポイントが入った黒のセーラー服。
少女は⋯⋯水無月アリスはその裾をぎゅっと握りしめて一度深呼吸をすると、慎重な足取りで『見世物小屋』の中へと足を踏み入れた。




