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デタラメ幸福論(主人公とヒロインがいちゃつきつつ能力バトルとかするだけ)  作者: 赤石アクタ
第二章 洋館探索編

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第二十七話 クルセリア女学院

「──きゃっ⋯⋯!ごめんなさい⋯⋯っ!」


「──うわっ!?すみません⋯⋯っ!」



 ぼんやりとしていた思考が現実に引き戻される。


 慌てて見れば、通学路の曲がり角で人とぶつかってしまったらしい。


 少女の声に応え、半ば反射的にこちらも謝る。


⋯⋯どうやら相手はぶつかった拍子にバッグを落としてしまったらしく、申し訳ない限りだった。



「す、すみません⋯⋯っ!大丈夫ですか⋯⋯?」


「い、いえいえ!こちらこそごめんなさ⋯⋯あれ⋯⋯?」



 バッグを軽く払いながらも笑顔で応えてくれた少女は、しかし途中で何かに気づいたようにこちらを見つめてくる。


 背丈は低く小柄、ふわふわとした内巻きのボブカットに整った顔立ち。


 美少女と形容して申し分ない笑顔がこちらに一歩近づき、心臓が跳ねる。



「⋯⋯えっ、と⋯⋯?」


「⋯⋯その制服⋯⋯もしかして赤鉄(せきてつ)高校ですか?」


「⋯⋯え?そう、ですけど⋯⋯」



 どうやら制服が気になっていたらしい。



「本当ですかっ!?実は、私の兄も赤鉄高校の生徒なんです⋯⋯!」


「そ、そうなんですね⋯⋯」



 目の前の少女は、ぱあっと表情を明るくする。



「兄は三年生なんですけど⋯⋯えっと⋯⋯」


「⋯⋯?あっ⋯⋯ぼ、僕は二年です⋯⋯っ」


「じゃあ先輩だ!えへへ、私は一年生なので⋯⋯あの、先輩って呼んでもいいですかっ?」


「⋯⋯っ⋯⋯それ、は⋯⋯っ」



 嬉しそうに距離を詰められて、思わず息を呑む。


 近づかれる度に強くなる柔らかな匂いに潤む上目遣いが合わさり、思考が削られていく。



「⋯⋯?あっ⋯⋯ご、ごめんなさい!私、距離を詰めるのがいきなりすぎましたよね⋯⋯」



 距離の近さに気づいたのか、彼女は慌てて一歩離れると、恥ずかしそうに手で顔を覆う。



「うぅ、ごめんなさい⋯⋯」


「い、いやっ大丈夫ですよ⋯⋯!」


「⋯⋯本当、ですか⋯⋯?」



 彼女は不安そうにこちらを覗き見る。



「もちろんです」


「⋯⋯えへへ、優しいんですね?」


「──」



──めっちゃ可愛い。


⋯⋯この子、もしかして俺の事好きなのか⋯⋯?



「改めまして私、水無月有栖(みなづきありす)って言います⋯⋯!お名前聞いてもいいですか⋯⋯っ?」


「あ、えっと⋯⋯高槻アカネです」


「よろしくお願いします!高槻先輩っ!!えへへ」


「──」



⋯⋯えっ可愛い。


 同級生とすらまともな交流が無い自分に、当然他学年との繋がりがある訳もなく、そのため先輩と呼ばれるのは新鮮だった。



「ふふ、兄とも仲良くしてあげてくださいね!」


「⋯⋯多分、面識ないですけど⋯⋯」


「あっ⋯⋯そ、そうですよねっ⋯⋯学年も違いますし⋯⋯っ」



 少女は再度恥ずかしそうに顔を赤らめる。


 元気な上に感情豊か、見ているだけで癒されるようなその雰囲気に、こちらも緊張が解れていくのを感じる。



「⋯⋯えへへ、じゃあ私行きますね。ぶつかった上にお時間取っちゃって図々しいですけど、お話できて楽しかったです!学校頑張ってください!」



 少し名残惜しそうにしながらも目の前の少女は笑顔を向けてくれる。



「⋯⋯っ⋯⋯えっ、と⋯⋯あなたも、頑張ってください⋯⋯っ」


「⋯⋯っ!はい!お互い頑張りましょうっ!えへへっ」



 結局、緊張が解れてなおぎこちない返ししかできなかったが、少女は嬉しそうに手を振って走り去っていった。


 唐突な非日常が過ぎ去り、ようやく思考が落ち着きを取り戻してくる。



「⋯⋯」



⋯⋯いや嘘だわ、全然心臓がバクバク鳴ってるわ。



「⋯⋯そういえば、あの子の制服⋯⋯」



 深呼吸をして多少冷静になると、彼女がこちらの制服を知っていたように、俺も彼女が着ていた制服に見覚えがあったことに気づいた。


 といっても、それは彼女みたいに身近な人がその学校の生徒⋯⋯といった理由ではなく、単純に学校の知名度によるものだった。



──クルセリア女学院。


『夏』において最も人気のあるお嬢様学校であり、設立において他の領土が一切携わっていないという特徴を持っている。


 つまりは、先日のハコニワ総合病院と同じように『夏』に属する建物なのだ。


 資産家が立てた、なんて噂を聞いたこともあるが、そもそも『夏』に資産家なんているのだろうか⋯⋯?


 何はともあれ、先程の彼女が身にまとっていた黒のセーラー服は、確かにクルセリア女学院のものだった。


 しかし⋯⋯



「⋯⋯ここからだと、女学院までは結構距離があるんじゃ⋯⋯?」



 絶大な人気を誇る学校だし、たとえ遠距離でも通いたいと思うものなのだろうか。


⋯⋯しかし、あの子間に合うか⋯⋯?



「⋯⋯まぁ、気にしても仕方ない」



 俺にできるのは水無月さんが間に合うよう祈ることだけだった。



「⋯⋯そういえば⋯⋯」



⋯⋯そういえば、初めて橘とまともに話したのも、曲がり角での事だった。


 つまり俺は今まで二度、美少女と曲がり角で遭遇している。



「⋯⋯曲がり角、パワースポット説⋯⋯」



 どこか少女漫画的なジンクスを感じながらも、前向きな気持ちで学校へ向かう事ができそうだった。




──クルセリア女学院──




「あっ、アリスちゃん!おはよー!!」


「おはよアリス。珍しいね、遅刻ギリギリなんてさ」



 水無月アリスが教室の扉を開けた瞬間、彼女の元へ何人かが駆け寄り声をかけた。



「おはようございます⋯⋯少し、家を出るのが遅れてしまって⋯⋯」



 クラスメイトに応えるアリスの姿は笑顔ながらも落ち着き払っており、アカネと話していた時の天真爛漫さは嘘のように消え去っていた。


⋯⋯実際、あれはアカネに良い印象を与えるために作った『キャラクター』だったため、嘘と言って差し支えはないのだけれど。



「⋯⋯?アリス、なんか嬉しそう?」


「⋯⋯そう、見えますか?」


「うん!何かあった?」



 クラスメイトは彼女を取り囲み、始業までの間もない時間を共に過ごそうとする。



「⋯⋯ふふ⋯⋯それは秘密、ということで」


「えー?気になるー⋯⋯」


「ですが、良いことがあったのは本当ですよ」



 アリスは柔らかな笑みを浮かべるが、そこに含まれた歪な感情に気づけるクラスメイトはいなかった。



「──本当に、良いことが」




──────────────────




「はぁー授業疲れた〜、アリスちゃん〜お弁当食べよ〜」


「⋯⋯っ⋯⋯すみません、今日は委員会のお仕事があって⋯⋯またの機会に」



 クラスメイトからの誘いを申し訳なさそうに断ると、アリスは教室を後にする。



「⋯⋯?うん、また⋯⋯あれ?アリスちゃんって今日当番だったっけ?」


「ううん。でも当番とは別に、色々頼まれてるんだって」


「⋯⋯そういえば、今までアリスちゃんとお昼食べれたことなくない⋯⋯?」


「まぁ、人気者だからね。引っ張りだこなんだよ」


「はぇ〜⋯⋯流石アリスちゃん、優しいなぁ⋯⋯」




──────────────────




「⋯⋯」



 保健室の近くにある自販機。


 イヤホンを耳に付けたアリスは、そこの前で飲み物を選ぶ『フリ』をしていた。


 しばらくすると、保健室から先生が出てくる。


 保健室の先生は毎日、昼食は職員室で食べていることをアリスは知っていた。


 先生の姿が見えなくなってから、アリスはまず人通りが無いことを確認し、それから音を立てずに保健室に入った。


 入ってすぐ、カーテンで仕切られたベッドに向かって声をかける。



「──(ひめ)ちゃん、お昼ですよ」



 一人分の弁当箱を掲げたアリスに対して、しかし返答は無かった。


 アリスは軽くため息をつくと、極力音を立てないように注意してカーテンを開く。


 するとようやく、怯えたようにベッドで蹲る少女の姿があらわになった。



「⋯⋯アリス、ちゃん⋯⋯っ」


「おはようございますヒメちゃん。もうお昼休みですよ」


「⋯⋯分かってる」



 ヒメと呼ばれた少女は気まずそうに目を逸らす。



──百合園姫奈(ゆりぞのひめな)


 クルセリア女学院唯一の保健室登校生徒であり、水無月アリスの幼馴染。


 家が近所でお互い一人っ子ということもあり、幼少期からよく遊んでいたのだった。



「だったらお返事をしてください。事前にメッセージも送ったんですから」


「⋯⋯」


「どうぞ、今日のお弁当です。早く食べちゃってください」



 アリスはヒメの頭を軽く撫でてから、手に持った弁当を手渡す。


 おずおずといった様子で受け取ったヒメは、アリスと目を合わせないまま、無言で弁当箱を開ける。


 それを確認してから、アリスはパイプ椅子をベッドの近くに寄せ、腰掛けた。


 しかし持ってきたお昼は一人分だけであり、当のアリスは昼食を摂ろうとせず、ヒメを楽しそうに眺めるだけだった。


 ヒメの方もそれを気にする様子は無く、見つめられるまま静かに弁当を食べ始める。



「⋯⋯イヤホン⋯⋯?」


「⋯⋯?あぁ、これですか?」



 女子高生の昼食としては少しボリューミーなそれを半分程食べたところで、アリスの手元で綺麗に丸められていたイヤホンにヒメが興味を示した。



「先程、少し使っていたんです」


「⋯⋯ふーん、珍しい⋯⋯」



──普段から他者とのコミュニケーションを病的なまでに行うアリスがイヤホンを付けるなんて。


 ヒメは少し不思議に思ったが、深くは気にせず箸を進める。



「⋯⋯」


「⋯⋯」



 しばらく、無言が続いた。



「⋯⋯味」


「はい?」



 沈黙を破ったのは、弁当を食べ終えたヒメだった。



「⋯⋯もっと、味が濃い方が好き」


「⋯⋯ふむ、最近体重を気にしているようでしたので、全体的にヘルシーにしてみたんですが⋯⋯明日はもっと濃い味にしてみますね」



 アリスは応えながら、スマホのメモ帳に素早く改善点を打ち込んでいく。


 その様子は依然楽しげだった。



「⋯⋯っ⋯⋯なん、で⋯⋯っ」


「⋯⋯ヒメちゃん?」


「⋯⋯無理して、来なくてもいいのに⋯⋯っ」



 ヒメは布団をぎゅっと握り、苦しげに言葉を紡ぐ。


 それは、保健室登校である自分を気にかけることが、アリスの学校生活に悪影響を及ぼすのではという考えからだった。



「⋯⋯幼馴染ってだけで、ここまでしなくても⋯⋯っ」


「⋯⋯委員会が同じだから、いくらでも言い訳はできますよ」


「それだって!わざわざ同じ委員会に入らなくたって良かったのに⋯⋯っ」


「それに関しては、委員会決めに参加しなかったヒメちゃんがいけないんですよ?」


「⋯⋯っ」



 全く動じないアリスに、ついにヒメは俯いてしまった。



「⋯⋯⋯⋯ごめん⋯⋯私、不安定で⋯⋯こんなっ、こんな事が、言いたかった訳じゃ⋯⋯っ」


「大丈夫です、分かってますから」



 段々と呼吸が荒くなるヒメを気遣うように、アリスが優しく背中をさする。



「⋯⋯うぅっ⋯⋯ぐすっ⋯⋯」


「⋯⋯そういえば、どうして希望を聞いたとき『図書委員会』を選んだんですか?」



 背中をさする手は止めずに、アリスは尋ねる。


 クルセリア女学院では、生徒全員が委員会に入らなくてはならないが、ヒメが図書委員会を選んだ理由は今まで聞いたことがなかったのだ。



「⋯⋯人との関わりが少なそうだったから」


「ふふ、この学校は意外と図書室利用者が多かったですね?」


「⋯⋯っ⋯⋯それ、は⋯⋯っ」


「大丈夫ですよ、私達は当番の日が同じになるように調整してあるので。受付作業は全て私がやりますから」


「⋯⋯」



⋯⋯実際のところ、ヒメからすれば別にどの委員会に入っても構わなかった。


 楽な委員会を選ぶよりも『水無月アリスと同じ』委員会を選ぶことこそ、最も楽な選択肢だと彼女は知っているのだ。


 それこそ、水無月アリスの幼馴染として十数年生きてきて身につけたヒメにとっての真理だった。


 そもそもヒメには、たとえ何を選んでもアリスが自分と同じ委員会に入るつもりだと分かっていたのだ。


⋯⋯そして、今この瞬間アリスに感じる違和感にも、当然ヒメは気がついていた。



「──アリスちゃん⋯⋯今日、何か良いことでもあった⋯⋯?」


「⋯⋯え?」



 ヒメの言葉に、アリスは少し驚いた様子を見せる。



「⋯⋯クラスメイトの方にも、同じことを言われました。今の私、そんなに分かりやすいですか?」


「⋯⋯うん」


「⋯⋯ふふ、そうですか⋯⋯」



 今のアリスは、率直に言えば浮かれているように見えた。


 それを指摘してなお、彼女の幸せそうな雰囲気は変わらず、むしろ先程よりも嬉しそうにすら見える。


 ヒメは明確に嫌な予感がしていた。



「実は、最近とても良い出会いがあったんです」


「ぇ⋯⋯ッ!?」



⋯⋯良い出会い?あの水無月アリスに?


 心臓の音がやけにうるさく響くが、気付かないふりをしてヒメは質問を続ける。



「⋯⋯へ、へ〜⋯⋯ちなみに、男⋯⋯?」


「⋯⋯?はい、男性の方です」


「──な、ぁ⋯⋯ッ!?」



 奇声を上げるヒメに、アリスがきょとんと首を傾げる。


 実に可愛らしい仕草だが、ヒメはそれどころじゃなかった。


 頬を冷や汗が伝い、さらに呼吸が荒くなる。



「⋯⋯?ヒメちゃん?」


「いやそれはねとっ⋯⋯ねとら⋯⋯ッ!」


「ねと?」



⋯⋯いやまだっ、まだ確定したわけでは⋯⋯っ



「──私の初恋、かもしれません」


「──」



⋯⋯はい確定。



「ふふっ⋯⋯あら?もう予鈴が⋯⋯」



⋯⋯昼休みの終わりを示す予鈴が、まるで勝敗を告げるゴングのように鳴り響いた。



「ヒメちゃん、そろそろ戻りますね。明日のお弁当、楽しみにしていてください」



 水無月は手早く弁当箱をまとめると、パイプ椅子を元の場所へ完璧に戻してから去っていった。



「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁっ⋯⋯嘘、でしょ⋯⋯っ」



 一人になった保健室で、ヒメは動悸を抑えるように胸を手を当て、呼吸を荒くしていた。


 今の彼女には、ただでさえ居心地の悪い学校が、さらに最悪に感じられてしまう。


 ヒメの感情に呼応するように、耳障りな雑音が周囲に鳴り出し、保健室内の小物はガタガタと揺れ出す。



「──ッ⋯⋯!許せない⋯⋯私のアリスちゃんが⋯⋯私以外に、なんて⋯⋯ッ!!」

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