第二十二話 マスク(仮名)戦、決着
──洋館東棟。アカネ、ヒビキチーム──
「⋯⋯どういうこと⋯⋯?」
霞む視界と意識をなんとか奮い立たせる。
しかし、目の前の光景はヒビキに大きな疑問と戸惑いを与えた。
ヒビキにとって、アカネの戦闘能力に対する認識は『海蜘蛛一匹になんとか辛勝できるレベル』であった。
だからこそ『自分がすぐに復帰できなければアカネは無惨に殺されてしまう』という最悪の展開すら頭をよぎっていたのだ。
しかし、目の前の光景はその予想を大きく覆すものとなっていた。
「──アカネ、こんなに強かったの⋯⋯?」
──マスク視点──
──なんだこいつ⋯⋯ッ!?
全くの予想外だった。
立ち振る舞いもそこまで強そうには見えなかった、それ故に女の方を警戒していたのだ。
しかし──
「──らァッ!」
「──ふッ」
繰り出した拳を軽くいなされる。
⋯⋯先程からこの繰り返しだった。
こいつは俺の能力を看破した、つまりは既に理解しているはずなのだ。
──一度殴られたらアウト⋯⋯ッ!
俺の能力は一度でも拳が決まれば、内部から肉体を破壊できる⋯⋯!
加えて女が再起不能になった以上、こちらが圧倒的優位をとっているのは一目瞭然⋯⋯!
しかし目の前の男には、一切の動揺が感じられなかった。
先程から冷静にこちらの攻撃全てをいなし、未だ一度も決定打を与えられていない。
触れられたらアウト、つまり奴は俺に対して拳を受け止める防御が使えないということ⋯⋯!
しかしそれでも、受けの選択肢が減っている状態でも尚、この男は当然のように俺と打ち合っていた。
黒い髪の隙間からこちらを見据える赤い瞳に、理由もなく焦りを感じてしまう。
「⋯⋯ッ」
⋯⋯しかし、しかしだ⋯⋯!
決定打が無いのは向こうも同じ⋯⋯ッ!
冷静に考えれば今の状態は互角⋯⋯!焦りを感じるような段階じゃない⋯⋯!
「──ッ」
「──は⋯⋯ッ!」
──奴の打撃を捌く。
そうだ、俺にだって奴の動きは捉えられている⋯⋯!
焦らずこのまま──
「──」
「──ぐぁ⋯⋯ッ!?」
──顔面への衝撃⋯⋯!?
有り得ない、拳は防いだはず⋯⋯ッ!?
「⋯⋯」
「⋯⋯なん、だそれは⋯⋯ッ!?」
──奴の二の腕から、腕がもう一本生えている⋯⋯!?
腕と言うには粗雑な作りだが、赤黒いそれを見て確信する。
──これがこいつの能力か⋯⋯ッ!!
最初に拳で殴りかかってきたのはフェイク⋯⋯!
本命はこっちの腕での攻撃だった⋯⋯ッ!
直前まで腕に這うようにくっつけていたのか、角度的にこちらからは見えていなかったのだ。
「──大丈夫か?」
「⋯⋯あ?」
目の前の男は煽るように、こめかみの位置をとんとんと叩く。
「思ったより響いたか?頭の蠢きがキモくなってるぜ?」
「⋯⋯ッ⋯⋯このガキ⋯⋯ッ!」
せいぜいいい気になってろよ⋯⋯勝負はここからだ⋯⋯ッ!
──────────────────
「⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯ッ」
「⋯⋯ふぅー⋯⋯ッ」
⋯⋯お互いだいぶ疲労が溜まってきている。
しかし──
「──」
「──もうその手は食わねぇよ⋯⋯ッ!」
奴の動きを読み、『本命』の方に拳を撃ち込む。
衝撃に指向性を加えようとしたタイミングで、赤黒い腕はパンッと弾けて地面に飛び散った。
わざわざ弾けさせているのは目くらましのつもりだろうが、それも小手先だ。
だいぶ対応できるようになってきたこともあり、周りには奴の『腕』だったものが液体となって散乱している。
そして段々と、奴の能力も分かってきた。
──恐らく奴の能力は『血液操作』⋯⋯!
奴の様子を見るに、単純に動かすだけでなく個体への『状態変化』も可能なのだろう。
能力で固めた血液を用いて、『腕』を作っていたのだ。
しかし⋯⋯
「──」
「──はぁッ!!」
──また『腕』を破壊する。
⋯⋯しかし、奴の強さの理由だけは未だに分かっていなかった。
戦いの中で観察を続けたが、特に格闘技の経験があるようにも見えない。
──にも関わらず、対人戦における圧倒的なまでの強さ⋯⋯!
どこか、こちらの動きを完璧に把握されているような⋯⋯
「⋯⋯」
⋯⋯いや、やめよう。
能力はある程度理解した、これで十分だ。
奴の動きにはもう対応できる⋯⋯!
──勝てる⋯⋯ッ!
「──」
「──無駄だっての⋯⋯ッ!」
──『腕』での攻撃はもう食らわない。
一歩下がって打撃をいなし、ここでカウンターを──
「──うぉッ!?」
──瞬間、身体が後ろに倒れる。
なんだ?何かに足を引っ掛けたのか?
──そこで気づく。
「──これ、は⋯⋯ッ!?」
──奴の足から、血液を固めた『腕』がこちらに伸びてきている⋯⋯!
──やられた⋯⋯ッ!
あれに足を引っ掛けられたのだ⋯⋯!
「──不味い⋯⋯ッ!」
⋯⋯くそッ、考えれてみればおかしかった⋯⋯!
──なぜ奴は破裂した『腕』の残骸を再利用せずそのままにしていた?
『一度破壊されたらそれまで』と考えることもできるが、恐らくそうでは無い⋯⋯!
つまり地面の血溜まりは『腕』をこちらに伸ばすためのカモフラージュ⋯⋯!
いや、むしろ血溜まりそのものを繋げて再利用すればそれで済む⋯⋯!
──『上』にばかり気を取られて『下』に意識が向かなかった⋯⋯ッ!
「──」
「──ぐッ⋯⋯」
目の前で冷徹な瞳をした少年が拳を構える。
拳の表面は血液で固められており、生半可なダメージでは済まないだろう。
⋯⋯バランスを崩した状態であの打撃を食らうのは不味い⋯⋯ッ!
──だが⋯⋯ッ!
あくまで少し引っ掛けられただけだ⋯⋯!踏みとどまれる⋯⋯ッ!
来いよ⋯⋯!カウンターを決めて──
「──な⋯⋯ッ!?」
──瞬間、更に体勢が崩れる。
何かに後ろから襟を引っ張られた⋯⋯ッ!?
今度は一体何に──
「──あの、女だ⋯⋯ッ」
視界に映るのはバカでかカッターで身体を支えるようにしている女。
──そしてその腕は『歪み』に呑まれていた。
あの女の手に、引っ張られたのか⋯⋯?
「──ッ」
──そうか⋯⋯!この位置だ⋯⋯ッ!!
この位置は、あの女が最後に投擲を行った軌道上⋯⋯!
──ずっと、能力を維持していたんだ⋯⋯!
⋯⋯ということは、俺はあの男にこの位置まで誘導されていた⋯⋯?
目印も無いこの場所で一体どうやって──
──瞬間、回る視界の中で先程踏み潰したカッターが目に入る。
──これ、か⋯⋯ッ!?
──────────────────
「──連携技?」
「えぇ、一応考えておいた方がいいかと思って」
「⋯⋯ヒビキの能力はそれに向かないって話じゃなかったか?」
「共闘を考えた場合はね、だけどあなたの戦いをサポートするくらいならできると思うの」
「⋯⋯具体的には?」
「私の能力の軌道上に、このサイズのカッターを落としておくわ。それを目印に、アカネがそこまで敵を誘導してくれれば──」
「──不意打ちが成立する」
意図を汲んだ答えに、ヒビキは満足気にこくりと頷く。
「⋯⋯まぁでも、これは裏ボス相手みたいな、余程切羽詰まった状況でないと労力に見合わないわね⋯⋯つまりは⋯⋯」
「⋯⋯つまりは?」
「──『本気で』やる時の奥の手って感じ」
──────────────────
(今の状態じゃ不意打ちは無理だけど、最低限のサポートくらいなら⋯⋯!)
不味いッ!完全に体勢が崩れた⋯⋯!
もうこいつの打撃を防ぐ術はない⋯⋯ッ!
──このままだと、敗北する⋯⋯ッ!!
「⋯⋯ッ」
──いや⋯⋯いやまだだ⋯⋯ッ!!
「──らァッ!!」
──衝撃音
⋯⋯しかしそれは、奴の拳ではなく俺の拳から発せられた。
「──な、に⋯⋯ッ!?」
目の前の男が驚愕した顔でバランスを崩す。
──なんてことはない。
──俺はなんとか身体の向きを反転し『地面』を思いっきり殴ったのだ。
そしてその衝撃を奴の方向に伝播させ、奴の足場を崩した⋯⋯!
──攻撃を防げないのなら、相手の方を攻撃できない状態にしてしまえばいい。
すかさず地面を殴った反動で体勢を整え、振り向きざまに奴の顎を足で打ち抜く⋯⋯!
「──ぐぁ⋯⋯ッ!?」
「──こっちもッ!」
──そして虚空に浮かぶ女の手を掴み、思いっきり握りつぶす⋯⋯!
「──う、ぁが⋯⋯ッ!?」
──この衝撃は肩まで伝うぞ⋯⋯ッ!
やはり女の方は先程のダメージが大きかったのだろう、手を引っ込めることすら間に合っていない。
⋯⋯そして、今ので完全に左腕を破壊した。
男の方には大したダメージを与えられなかったが、顎という急所にヒットしたためか、少年はその場にがくりと倒れ込む。
「──はァッ!!」
最後の力を振り絞って少年に追撃の蹴りを入れる。
少年はほぼ反射的に腕を構えてガードするが、しかしそれでも威力は十分⋯⋯ッ!
⋯⋯これで──
「──俺のッ⋯⋯俺の勝ちだ⋯⋯ッ!!」
──この瞬間、戦いに決着がついた。




