第二話 怒気怒気!?圧殺面接!!
⋯⋯そうきたか⋯⋯
⋯⋯隣に立つ橘さんが、ものすごく気まずそうにしているのを感じる。
既に出鼻を挫かれた思いだが、心を落ち着けて部屋を観察してみる。
部屋には、自分と橘さんを除いて五人の人間がいた。
「これからよろしくね!雫から話聞いてるよ〜」
まず、俺の『目的』を大声でバラし、今もニコニコとこちらを見つめている中学生くらいの背丈の少女。
おかっぱに切り揃えられた透き通るような白髪に、輝きを放つ金色の瞳。
真っ白なワンピースの裾をひらひらと揺らしながら楽しげに微笑む姿は、どこか浮世離れした雰囲気を感じさせる。
整った顔立ちは精密機械のようで、笑顔にも関わらず無機質的な美しさを湛えていた。
合格と発言したが、子供にしか見えない彼女がここの責任者なのだろうか?
その少女を囲むように大人が三人。
それぞれ三者三様の格好で、あまり組織立った感じはしなかった。
そして──
「⋯⋯」
入口の近く、俺たちと同年代らしき少女が佇んでいる。
目に明るい金髪にパンクロックな装い。
俺も橘さんも、染髪はしておらず制服を着ているので、彼女の姿は派手に映った。
背も俺より少し高く、もしかすると年上かもしれない。
入口の近くに立っているということは、彼女もアルバイト志望なのだろうか?
「アカネ君の隣にいる女の子は橘ナギサちゃんかな?昨日電話くれた子だよね?」
「は、はいっ。そうです⋯⋯!」
「二人同じ学校だったんだね!仲良しだ!」
⋯⋯まともに話したのは今日が初めてだけど⋯⋯
花咲くような笑みで捲し立てる目の前の少女に思わず圧倒される。
「ねぇねぇアカネ君?君、雫のこと大好きなんだよね?」
「⋯⋯まあ、そっすね⋯⋯」
「あっはは!趣味わる〜いっ!」
「⋯⋯はは」
⋯⋯そこ、掘り下げるのかよ⋯⋯
「⋯⋯ところで、先輩は今どちらに⋯⋯?」
どうせもうバレているならと思い、一番気になっていた事を聞いてみる。
「あー⋯⋯ごめんアカネ君。実は今、雫いないんだよね⋯⋯」
「え、そうなんですか?」
「うん、『春』の方に用事があるらしくって」
「『春』に⋯⋯?」
『春』といえば、辺境付近でも『夏』の領土であるこの辺りからはかなり距離がある。
てっきりここに来れば会えると思い込んでいたため、少々残念だった。
「でも安心してっ!私がちゃんと皆を採用するからね!!」
「⋯⋯えっと、面接はしないんですか?」
ものすごい勢いで話を進める少女に、橘さんが不安そうに質問する。
「あはは⋯⋯実はうちって、ずっと人手不足なんだよね⋯⋯こんな場所にあるし⋯⋯」
少女は恥ずかしそうに頬をかく。
確かに、この建物は人気のない場所にある。
自宅からさほど離れていない場所でこそあるが、近づくにつれてどんどんと路地が入り組み、不気味な雰囲気になっていったことが記憶に新しい。
少女は誤魔化すように咳払いをしてから、改めて続ける。
「改めて、私はここのリーダー!気軽に鵺って呼んでね!!敬称とかもいらないから!二人とも、これからよろしく!!」
鵺と名乗った少女は、満面の笑みで両手を片方ずつ俺と橘さんに差し出してくる。
「⋯⋯じゃあ、採用ってことですか⋯⋯?」
「⋯⋯?もっちろん!!二人とも大採用だよ!」
なんだか未だに信じられず、最終確認として質問してみるが、鵺は当然と言ったように頷き、握手を催促するように手をぶんぶんと振る。
⋯⋯なんだ、案外呆気なく──
「──待て」
突如、氷のように冷たい声が鵺の背後からこちらを突き刺す。
握手に応じようとした手はぴたりと固まり、なんとも間抜けな体勢で固定されてしまった。
発言したのは、鵺の背後にいる大人の一人。
部屋に入った時から不機嫌そうに腕を組み、ずっとこちらを睨んでいた男性だった。
男性といっても顔立ちは中性的で、思わず目を奪われるほどに整った造形をしている。
艶やかな髪にはやたらめったらにメッシュが入り、目が痛くなるほどにカラフルだった。
上下ジャージという格好だが、なぜかそれでもスタイリッシュな印象を受ける程に、その立ち姿は美しかった。
「ん?どったの神威?」
⋯⋯名前までかっこいいのかよ⋯⋯
鵺は不思議そうに振り向くだけだが、俺と橘さんは気が気じゃなかった。
この状況で待ったをかけたということは、確実に俺たちに気に入らない部分があったのだろう⋯⋯
恐怖から、神威と呼ばれた男性と目を合わせることすらできない。
「──そっちのガキはいい」
神威は面倒そうにこちらを顎で示す。
⋯⋯俺にはあまり興味がないらしい。
⋯⋯え⋯⋯?ということは⋯⋯
「──そっちのガキは駄目だ」
「──え?」
神威は俺の隣に立つ橘さんを憎らしげに、ともすれば殺意すら感じる瞳で言い放った。
「⋯⋯ぁ」
急に鋭い視線と殺気を向けられた橘さんは、顔を真っ青にしてぱくぱくと口を開く。
しかし、吐き出されるのは空気だけだった。
事務所内の雰囲気が一気に張り詰め、息が詰まる。
「ちょっと神威!新人をいじめちゃめっ!でしょ?ほらすぐに謝る!!」
「お前は黙ってろよ鵺」
鵺は怒ったように神威に反論するが、橘さんに向けられた殺気が収まることは無かった。
「か〜む〜い〜!!そんな事ばっかり言ってると、今日のお夕飯は──」
「──俺は神威に賛成だな」
鵺がなおも反論しようと口を開いた瞬間、また別の声が彼女を遮った。
今度はスーツを着た男性だった。
眼鏡をかけており、手元の書類に目を落としながらもはっきりと自らの意見を表明する。
一見すると普通のサラリーマンであり、この場の誰よりも常識的にすら見える。
手に持っている書類は恐らく事前にデータで送った俺たちの履歴書だろう。
書類を手にスーツで応対するその姿は、まさしく面接官といった雰囲気だ。
しかし──
「橘ナギサさん、彼女は不合格にすべきだ」
──こちらに向ける視線に滲むのは敵意と警戒心だった。
「はぁ!?クロックまで何言ってんの!?」
二重に否定された鵺は、駄々をこねるようにじたばたと暴れ散らかしている。
⋯⋯しかし、考えてみるとこの状況はおかしい。
どうして橘さんがここまで目の敵のように見られるんだ?
まともに面接をした訳では無いが、しかしだからこそ、彼女が一方的に否定される謂れはどこにも無いはずだ。
⋯⋯少なくとも、俺が採用され彼女が不採用という現状は到底納得ができない。
クロックと呼ばれた男性は、鵺の怒声に対しても機械的に答える。
「橘ナギサは不合格だと言ったんだ⋯⋯いや、むしろ⋯⋯」
「──この場で殺すべきだ」
「──はあぁ!!?!?」
クロックの声に被せるようにして、神威が過激な言葉を放つ。
衝撃的な発言だが、クロックは肩をすくめるだけで否定はしない。
そんな状況に誰よりも素早く反応したのはやはり鵺だった。
彼女は小さな体をわなわなと震わせ、その顔はどんどんと真っ赤に染まっていく。
鵺は、彼女を囲う三人の大人⋯⋯その最後の一人を、睨むように見つめる。
「──ジェイソン!ジェイソンもそう思うのっ!?」
今まで無言を貫く最後の大人、この場の誰よりも背が高く、大柄な身体を覆うツナギはボロボロで、所々に赤黒いシミが窺える。
興味無さげにやり取りを眺めていたその女性に向かって、鵺が声を張り上げる。
「⋯⋯んー⋯⋯この場で殺すのはやりすぎにしても、せめてその子にはちゃんと面接をすべきじゃない?」
「⋯⋯おお」
⋯⋯今までで、一番真っ当な意見だった。
⋯⋯正直、ショッキングな服装からして絶対ろくな事を言わないと思っていたので、思わずぽかんと大口を開けてしまう。
「──必要ない、この場で殺す」
⋯⋯しかし、その冷静さに満ちた判断も、神威には効果がなさそうだった。
「えー?神威ってほんと、なんでも暴力で解決しようとするよね?」
「黙れデブお前から殺すぞ」
⋯⋯鵺にも攻撃的だったし、この人すごいな⋯⋯
「あっはは。そんなこと言って、実はナギサちゃんみたいな大型新人に負けるのが怖いんじゃないの?」
「──あ?」
瞬間、空気が重く鋭くなる。
橘さんに向けられていた殺気が、ジェイソンと呼ばれた女性に向かい、勢いを増していく。
しかし、彼女はそんな殺気にも動じず、興味深そうに橘さんを見やる。
「神威がなんと言おうと、私はちゃんと話を聞くべきだって思うよ。なんでそんなモノを持ってるのかって、ね?ナギサちゃん」
「⋯⋯っ」
⋯⋯『そんなモノ』?彼女たちは何を言ってるんだ?
意味が分からず橘さんの方に視線を向けると、彼女は服の裾を強く掴み、静かに呼吸を整えていた。
「ほら鵺、せめてナギサちゃんには面接をしとこうよ、これから仲良くするためにもさ?」
「⋯⋯え〜?結局採用するのに〜⋯⋯?」
「ナギサちゃんは面接が決まったのも昨日だし、情報が少ないでしょ?やっといた方がいいって」
「うーん、そっかぁ⋯⋯じゃあナギサちゃん、悪いんだけどこれから──」
「──分かった」
⋯⋯答えたのは橘さんではない。
見ると、俯いたままの神威が気持ちを落ち着けるように肩で息をしていた。
「⋯⋯神威?勝手なことはしちゃ──」
「──試してみよう」
──瞬間、鋭い風が吹いた。
神威は、捉えることすらできない速度で橘さんに近づき、首に手を伸ばす。
武器は無く素手だが、容易に人を殺せるだろう速度と動きだった。
鵺も橘さんも、当然俺も、反応などできるはずがない。
橘さんが、殺され──
「──ッ!?」
金属がぶつかり合うような不快音の後に、飛び退いた神威がやっと視界に収まる。
「──っ!?橘さんはッ!?」
彼女のいた位置に、残ったものは──
「──おいおいッ!面接中に殺そうとしてくるとかなんなんだよッ!!これ圧迫面接だよなァ!?はい現代社会の闇ッ!!疲れきったこの時代にはイカれた奴ばっかりかよッ!?」
⋯⋯全身に甲冑のような武装を纏い、橘さんを守るようにファイティングポーズを構える、浮いて喋る人型の、金色に光るイカれた何かだった⋯⋯