第十二話 典型的な修行編
「──う、ぐ⋯⋯ッ」
「おいテメーッ!卑怯だぞッ!!嬢ちゃんばっか狙いやがって!」
「⋯⋯卑怯?こんなのは定石も定石だぞ」
目の前のクロックは冷徹な声で言い放つ。
「魔神の一番の弱点は契約者だ。契約者が死ねば、魔神は元の道具に成り下がるからな」
「クソッ⋯⋯」
「この先魔神の存在を知っている奴と戦うことになったなら、そいつは十中八九契約者を狙ってくる」
なんとか息を整えて立ち上がろうとするが、足首にできた痣がズキズキと痛む。
「分かるか?お前達はこの先、そういう奴らに打ち勝てるようにならなきゃいけないんだ」
「⋯⋯言われ⋯⋯なくても──ッ!」
ヴィクトリアが素早い動きで再度距離を詰める。
「──ッ!気をつけてヴィクトリアッ!また『アレ』が──」
ヴィクトリアの背後から小石が目にも止まらぬ速さで飛んでくる。
「──応ッ!」
ヴィクトリアが絶妙な姿勢制御でそれを避けると、小石は軽く片足を上げたクロックの靴にコツンと当たった。
「もらった──ッ」
「⋯⋯そう思うか?」
拳を繰り出そうとするヴィクトリアに対して、クロックは手元に握っていた石を弾いた。
「──ッ!」
顎を狙った石は死角からの攻撃だったにも関わらず、ヴィクトリアは恐るべき反応速度で間一髪それを躱す。
頬を少し掠めたが、これなら──
「──ぐあッ!?」
⋯⋯瞬間、石は軌道を真逆に変えてヴィクトリアの後頭部を鋭く打ち、クロックの手のひらへと戻っていった。
「⋯⋯テメェ⋯⋯ッ!手の位置を⋯⋯ッ!」
倒れ込むヴィクトリアに対して、クロックは不思議そうに眼鏡を上げる。
「ほう?後頭部を抑えているな、脳震盪を起こしたような症状が見て取れる。見た目は甲冑なのに⋯⋯人間だった頃の名残か⋯⋯?まあ、当然魔神もダメージが通らないなんてことは無いんだが⋯⋯」
「こんっのッ⋯⋯手品野郎⋯⋯ッ!」
「⋯⋯手品⋯⋯?おいおい、俺の能力は最初に説明しただろ?そんな恨めしそうにするなよ」
クロックは薄く笑いながら握った石を弄ぶ。
「──『物体の時間を巻き戻す』⋯⋯それが俺の能力」
「⋯⋯っ」
「生き物には作用しないし、空間や世界全体の時を巻き戻したりもできない。あくまで対象は物、物体だけどな。それでも結構強そうな能力だろ?」
クロックは一歩ずつこちらに近づいてくる。
「⋯⋯石ころの時間を、巻き戻したのか⋯⋯」
「ん?あぁ、そうだな。ここに来るまでに何個か蹴飛ばしておいたんだ。一応、俺自身が触れないと能力の対象にならないんでね」
⋯⋯自分達が歩いてきた方向から高速で飛んでくる小石に対して、私とヴィクトリアは為す術も無かった。
「この能力は結構応用が効くんだよ。単純に座標や状態を巻き戻すこともできるし、俺自身を基点にして発動することもできる。こうすれば、軌道をある程度操作できるって訳だ」
⋯⋯つまり先程は『石を手で握った状態』を基点として能力を発動したのだろう。
基点となる手や足の位置を調整することで、巻き戻しの進路上に私たちを挟む。
⋯⋯この戦い方に気づいた頃には、私はもう立ち上がれなくなっていたのだが⋯⋯
「これで分かったか?お前は確かに魔神の中ではトップクラスに強いんだろうが、それでも魔神として最も重要なものが欠落してるんだよ」
「⋯⋯っ」
クロックは私の目の前で、見下すように視線を注ぐが、足の痛みと恐怖に呑まれ、私は身動きが取れなかった。
「生前が人間だったからなのかもしれないが、これを機によく覚えるといい」
その時になって初めて、クロックは腰に提げたリボルバーを取り出して私の額に当てた。
「⋯⋯ぅ⋯⋯ぁ⋯⋯っ」
全身から冷や汗が流れ、歯がガチガチと鳴る。
「──こうなったら、その時点で魔神はゲームオーバーだ」
──────────────────
「⋯⋯」
⋯⋯惨敗だった。
結局私達は最後まで、クロックに武器を握らせることすらできなかったのだ。
今まで喧嘩すらした事の無い私には当然の結果だったのかもしれないが、それでも悔しかった。
「⋯⋯明日は、もっと頑張ろう⋯⋯!」
軽く頬を叩いて気合を入れてから、事務所の外に出る。
「お待たせ、ヴィクトリア」
「おう、嬢ちゃん。にしても、マジで設備揃ってんなここ」
「ね、まさかシャワー貸してもらえるとは思わなかったよ」
⋯⋯ちなみに、借りるに当たって鵺に声をかけたのだが、彼女は大量の書類に囲まれて目の下に隈を作っていた⋯⋯
探偵事務所を名乗ってこそいるが、訓練の内容からも分かる通り、その業務内容は多岐に渡るらしい。
また、『夏』の中でも力のある組織なため、日々処理しなければならない業務も多いようだ。
残念ながら新人の私に手伝えるような仕事は無いらしく、後ろ髪引かれながらもその場を後にするしかなかったのだが⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯怪我は、その⋯⋯大丈夫か?」
「⋯⋯え?」
今もべそをかいていそうな鵺に思いを馳せていると、ヴィクトリアが神妙な顔で聞いてきた。
「あ、あぁうん。大丈夫だよ、痛みも引いてきたし」
「⋯⋯そうか⋯⋯」
「⋯⋯クロック⋯⋯手加減、してくれてたんだよね⋯⋯」
「⋯⋯ハッ!あんな奴、オレサマが本気になれば敵じゃないっての!」
「⋯⋯ふふ、もう。またそんなこと言って⋯⋯」
⋯⋯確かに、面接の日にヴィクトリアが見せた強さを思えば、その言葉はあながち間違っていないのかもしれない。
⋯⋯しかし、あの日の神威さんは自分の手で魔神を倒すことに執着していて、私のことは眼中に無かったように思う。
もし神威さんが最初から私を狙って攻撃してきていたら、あのように互角の戦いとはいかなかったのではないだろうか⋯⋯
⋯⋯ヴィクトリアは今、枷を嵌められている状態なのだ。
──私という、枷を。
クロックが私を指して言った『弱点』という言葉が、今になって重くのしかかる。
⋯⋯このままじゃ、だめだ。
⋯⋯⋯⋯絶対に、このままじゃ──
「──悪かった」
「⋯⋯え?」
考え込んでしまっていた私は、唐突なヴィクトリアの言葉に思わず間抜けな声を上げてしまった。
「⋯⋯確かに、あいつの言った通りだ。オレサマは優先順位を間違えてた」
「ヴィクトリア⋯⋯?」
「今のオレサマが第一に優先しなきゃいけないのは勝利じゃない──」
ヴィクトリアの声には、強い決意が込められているようだった。
「──嬢ちゃんの命だ」
「⋯⋯っ⋯⋯でも、それは⋯⋯」
「嬢ちゃん、オレサマは戦闘スタイルを見直す。今日みたいなことはこれっきりだ」
「⋯⋯⋯⋯うん、ありがとう」
ヴィクトリアの気迫に圧されるようにして、私は頷くことしかできなかった。
⋯⋯でも、それは──
⋯⋯ヴィクトリアが自分について詳しく教えてくれないのは、きっと私に負い目があるからなのだろう。
契約を結んだことにより、自分の探し物に私を巻き込んだと思っているのだ。
⋯⋯それに加えて、今日の出来事。
⋯⋯恐らくこの瞬間、私はヴィクトリアにとって完全に『庇護の対象』となってしまった。
⋯⋯それが、少し寂しい⋯⋯
⋯⋯⋯⋯寂しいし、このままではいけないとも思う。
このまま、甘えてばかりではいけないと。
──うん。やっぱり、明日からはもっともっと頑張ろう⋯⋯!
改めて決意を新たにし、ヴィクトリアと共に歩き出す。
「お母さんにはさっき連絡したから。今日の夜ご飯は唐揚げだって」
「お、美味そうだな」
他愛ない会話をしながらも、考えてしまうのは今日のこと。
⋯⋯そういえば、他の二人はどうだったのだろう⋯⋯?
鵺に会いに行った時にそれとなく聞いてみたのだが、既に二人とも帰ってしまったらしい。
如月さんは傭兵としての戦闘経験があると聞いているし、高槻君も能力者で海蜘蛛を倒せるくらいに強い。
戦いにおいて私よりも数段先輩である二人には、是非今日の話を聞きたかったのだが──
「──ストップだ、嬢ちゃん」
「──っ」
またもやヴィクトリアの声で現実に引き戻される。
⋯⋯今日の私は考え事ばっかりだな⋯⋯
「⋯⋯?どうしたの、ヴィクトリア?」
「ヤバそうな奴がいる、ほらあそこのベンチ」
ヴィクトリアが静かに指さした方向には、淡い光を放つ自動販売機、そしてその横にベンチが備え付けられていた。
ここからだとまだ遠く、辺りが暗いのも相まって私にはよく見えないが、確かに誰かいる。
「⋯⋯よく見えるね?ヴィクトリア」
「まあな。それより、迂回しよう。ここはまだ治安の良い場所とは言えないからな」
「危なそうな人なの?」
「なんか手で顔を覆ってブツブツ呟いてる」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯嬢ちゃん?」
「⋯⋯ヴィクトリア、もう少し近づいて様子を見てみない?」
「⋯⋯は?」
私の言葉に対して、ヴィクトリアはあからさまに顔を顰める。
「⋯⋯嬢ちゃん、契約を迫ったオレサマが言うのもアレだが、ちょっと危機感が足りなすぎるぞ」
「で、でももし具合が悪かったりするなら放っておけないよ」
「あのなぁ⋯⋯」
「⋯⋯それに、何かあってもヴィクトリアがいれば対処できるでしょ?」
「⋯⋯⋯⋯」
先程の葛藤から間を置かずにヴィクトリアを頼ってしまうというのは少々バツが悪かったが、それでも困っている人がいるのなら迷う理由は無かった。
「ヤバそうだったらすぐ逃げるからな⋯⋯?」
「うん、ありがとうヴィクトリア」
ヴィクトリアと二人で、音を立てないように自動販売機に近づく。
距離が近づいたのに加え、段々と暗闇に視界が慣れてきたことでベンチに座る人影も鮮明になってきた。
「⋯⋯⋯⋯あれ?」
「⋯⋯?あ、アイツ⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯高槻君だ⋯⋯
⋯⋯高槻君が、ベンチで蹲っている⋯⋯
正体が知り合いだったことで強ばっていた体から力が抜け、それと同時に疑問が浮かび上がる。
⋯⋯高槻君はここで何をしているんだろう⋯⋯?
彼は今もこちらに気づかず、ガタガタと震えている。
⋯⋯明らかに普通ではない。
「た、高槻君⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯だめだ⋯⋯⋯⋯もう⋯⋯」
小さな声で何事か呟いているが、内容はよく判別できない。
「たっ、高槻君!」
意を決して、肩を揺さぶってみる。
「──うわあぁッ!?だ、だれっ!?どっち!?どっちの手ッ!?!??」
「わっ!?た、高槻君落ち着いてください!私です、橘ナギサですっ!」
「⋯⋯⋯⋯たち、ばな⋯⋯さん⋯⋯?」
何故か急にパニックを起こしてしまった高槻君をなんとか落ち着けると、彼は虚ろな瞳ながらもようやく私を捉えてくれる。
「⋯⋯あ、あぁ⋯⋯橘さん⋯⋯⋯⋯」
「なんだこいつ、変なのにでも取り憑かれたのか?」
「え、何それ魔神ジョーク⋯⋯?」
⋯⋯しかし、そう思ってしまうのも無理はない取り乱し方だった。
「⋯⋯えっと、高槻君⋯⋯大丈夫ですか⋯⋯?」
「⋯⋯お、おれっ⋯⋯おれ、は⋯⋯」
「⋯⋯な、何があったか話せそうですか⋯⋯?」
高槻君の隣に座って目線を合わせ、変に刺激しないようゆっくりと告げる。
余程怯えているのか、高槻君は過呼吸気味になりながらも、ゆっくりと話し始めてくれた。
「──俺、もうダメかもしれません⋯⋯」




