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窓の中の地縛霊

作者: ウォーカー

 これは、地方にある古い学校での話。

この学校では、代々伝わる有名な怪談がある。


窓の中の幽霊。

この学校の窓には、幽霊が住んでいる。

昼間は明るいので、その姿は確認できない。

しかし逢魔が時を過ぎた頃、外が暗くなってくると、

窓の中は鏡のようになり、幽霊が姿を色濃く現してくる。

幽霊は恨みを晴らすために、襲いかかってくるという。


 今年、この学校に、ある女子生徒が入学した。

大人しくて成績も普通、少しおっちょこちょいな生徒だった。

もちろん、この女子生徒も、窓の中の幽霊の怪談は耳にしていた。

「幽霊に遭わないように、放課後は早く帰るようにしようっと。」

そう思ったのだが、家に帰ってから、

宿題のプリントを学校に忘れてきてしまったことに気が付いた。

「あの授業の先生、厳しいんだよなぁ。

 しようがない。プリントを取りに学校へ行こう。」

時間は既に逢魔が時を越え、夜になろうとしていた。


 その女子生徒が学校にたどり着いた時。

辺りは既に夕方を過ぎて、夜の暗闇が広がっていた。

「怖いけど、先生に怒られるのはもっと怖いし、がんばろう。」

その女子生徒は握りこぶしを二つ、学校に入っていった。


 夜といえど学校は無人ではない。

夜の番をしている用務員に要件を伝え、許可を得てから校舎に入った。

少しでも現実的な手続きをしておいたほうが、他人に知らせていたほうが、

万が一にも幽霊に出会った時、無事に帰れると思ったから。

備えをして、その女子生徒は自分の教室へ向かった。


 その女子生徒の教室は、校舎の二階の中程にあった。

校舎の中は真っ暗、用務員に借りた懐中電灯の明かりだけが頼り。

そうして教室に着いた後、その女子生徒は教室の明かりをつけた。

真っ暗な教室が怖かったから。

でも、それがよくなかった。

教室の扉を開けて中に入り、明かりをつけた途端、異変に気が付いた。

教室の壁一面に広がる窓に教室の明かりが降り注ぐ。

それが外の闇とで鏡のようになり、教室の中をはっきりと映し出していた。

そこには、窓の中に座る、生徒たちの姿が映し出されていた。


 窓の中、鏡のように映る夜の教室には、生徒たちがぎっしり座っていた。

しかしその生徒たちは、見慣れたクラスメイトたちではない。

ある生徒は顔が腐り落ち、またある生徒は腕の骨が剥き出しになっていた。

どれも正常な人間だとは思えない。

そもそも、教室の椅子には誰も座ってはいないのだ。

窓の鏡の中にだけ、異形の生徒たちがいる。

「きゃあああ!お化け!」

その女子生徒は腰を抜かして逃げようとした。

しかし、教室の扉は固く閉められていて開かない。

見ると、窓の中の鏡の世界で、異形の生徒が扉を押さえていた。

そして、他の生徒たちも、

その女子生徒の様子に気が付いたらしく、

窓の中の幽霊たちが、一斉にこちらを向いた。

「・・・お前は、この学校の生徒か?」

「あわわわ・・・そうです。」

「では、我々の級友ということになる。」

「遠慮はいらない。

 用事があって、夜の学校にわざわざ来たのだろう?

 その用事を果たすが良い。」

うろたえたその女子生徒は、コクコクと返事をして、

腰が抜けて床を這うようにして自分の机に向かった。

窓の中の鏡に映るその席には、骨が剥き出しの生徒が座っている。

しかし現実の席は空っぽ。

特に障害もなく、机の中に忘れられた宿題のプリントを発見した。

用事も済んで、その女子生徒はすぐにでも逃げようとした。

「そ、それじゃ、お邪魔しました~。」

だがそれを、窓の中の幽霊たちが引き止める。

「待ち給え。

 会話ができるほどに我々を認識した人間は久しぶりだ。

 どうか、我々の事情を聞いてくれないだろうか。」

その女子生徒の本音を言えば、今すぐにでも逃げ出したい。

しかし、この教室は自分のクラス。夜でなくても毎日のように使うのだ。

もしもそこに住み着く幽霊たちの機嫌を損ねたらどうなるか。

そう考えると、幽霊たちの話を聞かざるを得なかった。


 今から何世代も昔の話。

この学校で、授業中に事件が起こった。

度重なる激務のストレスか、はたまた家庭の事情の影響か、

一人の先生が授業中に錯乱し暴れまわった。

先生は刃物を手に、生徒たちに襲いかかった。

生徒たちは抵抗することも出来ず、教室の外に逃げようと殺到した。

しかし先生は周到に準備をしていた。扉や窓には鍵がかかっていたのだ。

結局、生徒たちは教室の中で逃げ回り、先生に襲われていった。

その時、事切れる間際の生徒たちは、薄暗い窓の外を見ていたため、

窓に写った鏡の世界に霊魂が閉じ込められたのだという。

「さしずめ、窓の中の地縛霊と言ったところだよ・・・。」

骸骨頭の生徒はケタケタと笑う。

しかしその女子生徒にとっては笑い事ではない。

恐恐こわごわと尋ねた。

「それであなたたちは、どうして成仏できないの?」

「それはもちろん、この世に恨みがあるからだよ。」

「恨みって?」

「先生だ。

 先生が僕たちを襲ったのに、どんな理由があったのかはわからない。

 でも、僕たちのクラスが皆殺しにされなきゃいけない理由なんてない。

 だから先生に復讐したいんだ。」

「そっ、それじゃあ、窓の中の鏡の世界で先生にやり返したら?」

その女子生徒の提案は、既に幽霊の生徒たちが考えたことだった。

「それは最もなんだけど、問題があるんだ。

 まず一つ。幽霊になったとはいえ、個人の能力には差がある。

 僕たち生徒数人だけでは先生の幽霊を退治できるとは限らない。

 なるべく多く、できれば全員が一同に集まらねば。」

「それからもう一つ。

 幽霊になったはずの先生が、この窓の中の鏡の世界で見当たらないんだ。」

「それはどういうこと?」

「きっと先生だけが、今際の際に同じ窓の外を見てなかったんだろうね。

 だから先生の幽霊だけは、別の場所に潜んでいる。

 あるいは、未練なく一人だけ成仏したのかも。」

「そんな無責任な。」

「それが被害者の幽霊のつらいところだよ。

 無念を晴らしたくても、その原因は、

 既に無念を晴らして成仏してるかもしれないんだ。」

「君、どうか先生の居場所や痕跡だけでも、見つけてきてくれないか。」

「そして、できることなら、先生の幽霊に逢わせて欲しい。」

「もしも、わたしが先生の幽霊を見つけたら、どうするの?」

「それは、君は知らないほうがいいことだよ。」

その声には怨嗟の念が籠もっていた。

「あのう、俗っぽい話なんだけど、先生の幽霊を捕まえてきて、

 わたしは何の得があるの?」

「それは・・・、そうだなぁ。」

「私たちにはお金も無いし、

 勉強も授業内容が変わってるから教えられないけど、

 代わりにすごく良いものを見せてあげられると思う。」

「確認だけど、もしも先生の幽霊を見つけても危険は無いんだよね?」

「それは確約できないけど、僕らがこうして窓の中にいるだけだから、

 先生も似たようなことしか出来ないと思う。

 ただの地縛霊ではなく、どこかに映った鏡の世界の地縛霊なんだろう。

 せいぜい、付きまとわれたり戸を閉められる程度かな。」

「それくらいなら・・・先生の幽霊を探してもいいかな。

 早速、今から行ってこようか?」

「それはありがたい。是非頼む。」

こうして幽霊となった生徒たちの頼みで、その女子生徒は、

生徒たちを傷つけた犯人である先生の幽霊を探すことになった。


 教室の明かりを消して外へ出る。

するとまた学校は真っ暗闇で、懐中電灯の明かりだけが頼りだった。

「先生の幽霊なんだから、職員室にいるのかな?」

その女子生徒は職員室に向かった。

しかし真っ暗な職員室を懐中電灯の明かりで一舐めしても、

窓には外の景色しか映ってはいなかった。

「うーん、ここにもいないか。

 先生は死ぬ間際、何を見ていたんだろう。」

考えても結論は出なかった。

次にその女子生徒は、凶器を調べることにした。

もちろん、事件に使われた実物の凶器は警察に押収されている。

しかし先生が刃物を事前に持ち込んでいない限り、

この学校の中で刃物を探してきたということになる。

「刃物と言えば、理科室か保健室か家庭科室かな?」

心当たりのあるままに、その女子生徒は暗い学校を徘徊した。

理科室には解剖実験用のメスがある。

懐中電灯で照らすが、特に異常は見当たらなかった。

次に保健室に向かう。

保健室には簡単な常備薬があるだけで、メスや注射器のようなものはなかった。

そうして最後に向かったのは家庭科室だった。


 家庭科室もやはり夜は真っ暗で静まり返っていた。

明かりをつけても、窓には外の景色しか映っていない。

その女子生徒が目を皿のようにして教室を眺めると、教卓に輝くものが。

そこには、スタンドに立てられた包丁が何本も立っていた。

「凶器には使えそうだけど・・・」

すると、包丁の一本に特徴があった。

それは、鬼のような形相の飾りが掘られた包丁だった。

「何?これ。まさか先生の幽霊じゃ・・・」

そう思った途端、包丁が宙を舞ってその女子生徒に襲いかかってきた!

為すすべもない女子生徒は、顔を覆うしか出来なかった。


 ガキン!

金属同士が激しくぶつかり合う音がする。

指の間から覗き見ると、そこには、小さな金属の校章が包丁を受け止めていた。

胸元を見ると、それはその女子生徒の制服に付けられた校章に違いなかった。

「ど、どうして!?」

その女子生徒の驚きは、幽霊に襲われたことよりも、守られたことについて。

校章から小さな声が聞こえる。

「君が丸腰だったのが心配だったんでね、こうして後をつけてきたのさ。

 鏡の中の地縛霊になった僕らは、同じく鏡になるものに移動できるんだ。

 それだけじゃなく、小さな物を動かすこともできる。」

説明している間も、包丁は校章をギリギリと削り火花をちらしている。

このままでは押し切られる!

そう思った時、家庭科室のあらゆるものが動き始めた。

それは余っていた包丁だったり、忘れ物の透明な下敷きだったり、

顔が映るほどに磨き込まれた皿だったりした。

どうやら幽霊の生徒たちは、その女子生徒を心配して、後をつけていたようだ。

一本だけの先生の包丁は多勢に無勢、徐々に押されていった。

苦しくなった先生の幽霊が、包丁から窓の中の鏡の世界に逃げた時、

それこそが生徒たちが待っていた瞬間だった。

窓の中の鏡の世界には、生徒の霊が多数潜んでいた。

きっと、窓や金具など姿を映すものを移動してきたのだろう。

先生の幽霊は体格は良くとも、相手は多数の生徒の幽霊。

しかも幽霊は異形に姿を変え、元の子供の能力ではない。

先生の幽霊は、腕をちぎられ、顔をえぐられ、足を食いちぎられた。

その大きな体は、利点を活かすことなくボロボロになっていった。

「グアアアアアア!お前たち、あの時の復讐のつもりか!?小癪な・・・!」

「先生こそ、よくも今まで隠れていられたな!」

「俺はあの時、死ぬ間際、お前たちを刺した包丁を見ていたんだよ。

 だからそこから移動して姿を隠すことができた。

 次の獲物を探していたのに、余計な真似を!」

先生と生徒の霊は、窓の中の鏡の世界で激しく争い合っている。

しかし戦局は徐々に生徒側に傾いていった。

先生は肉を食いちぎられ、露出した骨を噛まれ、身動きが取れない。

やがて先生の幽霊は、恨みがましい声とともに崩れ去った。

「おのれ、この餓鬼ガキども・・・。

 死んでもなお俺の邪魔をするとは。

 おれはここで消える。行く先は地獄だろう。

 だけど未練はない。

 お前たちのような苦労知らずに、俺の力を見せてやれたのだからな。

 お前たちも未練を晴らして成仏することだろう。

 俺とは行き先が違うだろうがな。

 だからさらばだ。この不出来な生徒たちよ・・・!」

重々しい声とともに、先生の幽霊は、この世から、

そして窓の中の鏡の世界からも消えていった。


 「やった!やったよ!」

その女子生徒は大喜びで、暗闇の教室の中、

あちこちの窓の鏡に映る生徒の幽霊たちに言った。

生徒たちの霊も大喜び。宿願を果たしたことで涙する生徒もいた。

「ありがとう。

 これで僕たちも未練なく成仏できるよ。」

「でも、その前に、約束を果たさなくちゃね。」

「約束?」

すると生徒の幽霊たちは、窓の中できれいに整列を始めた。

それから、静かで美しい舞を踊り始めた。

舞はまるで龍宮城のタイやヒラメの踊りのようなのだが、

いかんせん踊っているのが朽ち果てた死体とあっては、見た目はグロテスク。

生前にクラスが一丸となって一生懸命練習したであろう舞い踊りも、

死人となってしまってからは、むしろ恐ろしい。

それでも、その女子生徒は苦笑を浮かべながらも、

幽霊の生徒たちの自慢の芸を楽しんだ。

そうして踊っている生徒たちが、光の粒に包まれていく。

一人、また一人と消えていった。成仏したのだ。

「みんな、素敵な踊りをありがとう。来世ではしあわせになってね。」

最後の一人が消えるまで、その女子生徒は涙を拭きながら手を振っていた。


 そうして、その女子生徒は、学校に潜む幽霊たちを成仏させた。

忘れ物を取りに来た割には時間がかかったので、

帰る時に用務員から不審に思われたようだった。

でも調べてもガラス一つも割れていないはず。問題はない。

ただ、せっかく友達になった生徒たちの幽霊を失い、物悲しさが残った。



 それから一年ほどが過ぎ。

あの女子生徒は二年生になった。

入学式で新しい新入生たちを拍手で迎える。

下の学校から進学してきた、新しい面々。

ところが、その顔や姿に見覚えがあるような気がする。

あちらもそれを感じたのか、その女子生徒のことを見ている。

最近、顔を見たのに会わなくなった人たちといえば、あの人たちしかいない。

その女子生徒は、懐かしい顔ぶれに、笑顔で手を振っていた。

今生は楽しい学園生活でありますようにと願いながら。



終わり。


 人は死ぬ時に未練があれば幽霊になる。

では幽霊はどこに現れるのだろう?

それは死ぬ時に見ていた場所ではないかと考えました。

死ぬ時に教室の椅子を見ていれば椅子に、

窓を見ていれば窓の中の鏡の世界に幽霊が地縛霊になる。

そう考えて話を作ってみました。


人を殺した側も殺された側も同じ幽霊になったら、

幽霊になっても争い合うのでしょうか。

やっぱり死んだら消えてしまう方が幸せになれそうです。


お読み頂きありがとうございました。


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