96.祭りのあと、日常のなかで
96.祭りのあと、日常のなかで
月曜の朝、教室の扉を開けた瞬間、ざわざわとした空気が陽翔を迎えた。
「おはよー……」
「藤崎〜、昨日のキス、見てたぞー!」
「マジでリア充爆発しろ〜!」
男子たちのからかい混じりの声に、陽翔はたちまち顔を赤くする。
「えっ、うそ……どこで見てたんだよ!?」
「校舎裏の植え込みから!」
「盗撮してないよな……?」
「してないしてない! マジで現場に遭遇しただけ!」
騒がしい教室の隅っこで、由愛がそっと現れた。
「……陽翔くん、おはよう」
「あ……お、おはよう」
二人の間に、ふわっと気まずい空気が漂う。
……いつも通りに挨拶しただけなのに、やけにドキドキする。
そんな陽翔の様子に気づいたのか、由愛がふっと笑う。
「大丈夫だよ。……私も、ちょっと照れてる」
「……そっか」
「でも、昨日のこと……後悔してないよ」
「俺も。むしろ、すげえ嬉しかった」
小さな声で交わす言葉が、たまらなくくすぐったい。
周りの視線が気になって仕方ないのに、目を合わせるとつい笑ってしまう。
(なんだよこれ……)
文化祭は終わった。でも、二人の関係は、たしかに昨日とは違っていた。
クラスメイトが見ていようが、からかわれようが、もう止められない。
たとえば、放課後。
下駄箱の前で自然に並んで歩き出す瞬間。
たとえば、授業中。
ふとした拍子に視線が合って、二人とも笑ってしまう瞬間。
日常のなかに、ほんの少し甘い空気が混じっている。
それがたまらなく、嬉しい。




