94.文化祭の夜に、二人きり
94.文化祭の夜に、二人きり
夜の校庭には、模擬店の灯りがほのかに揺れていた。
ラストを飾る打ち上げイベント——生徒たちの有志ライブが終わると、歓声と拍手が空に舞い、文化祭はクライマックスを迎える。
「すごかったね、最後のバンド」
「うん、プロみたいだった……!」
校舎を出たばかりの陽翔と由愛は、まだどこか熱気の残る校庭を歩いていた。空は紺色に染まり、校門前の街灯が淡く足元を照らす。
周囲は友達同士で盛り上がる笑い声が絶えない。その中で、二人は自然と校門から少し離れたベンチに腰を下ろした。
「……楽しかったな、今日」
「うん、すごく。陽翔くんが一緒だったから、余計に」
由愛は笑いながら、そっと陽翔の隣に体を寄せた。
ほんの少し、腕と腕が触れる距離。
彼女の長い髪から、シャンプーの甘い香りがふわりと漂う。
「……なあ、橘」
「え、なに?」
「今日さ、すげえドキドキしてばっかだった。……火の時も、ライブの時も、ずっと」
「うん、私も……。でも、それって……」
由愛がそっと顔を向ける。その距離は、ほんの数センチ。
喧騒の中で、二人だけの時間がふっと浮かび上がるように静かだった。
「ねえ、陽翔くん」
「ん?」
「キス、してもいい?」
声は震えていなかった。でも、その瞳は、まっすぐに陽翔を見ていた。
「……ずるいな、それ」
そう言いながらも、陽翔は微笑むと、そっと手を伸ばして彼女の頬に触れた。
そして——
そっと、唇が触れる。
ほんの数秒の重なり。それだけで、二人の心はぎゅっとつながった。
「……ふふ、ありがとう」
「こっちこそ」
周囲の騒がしさが、今はまるで遠い世界の出来事のように感じられた。




