92.文化祭当日、特等席から
92.文化祭当日、特等席から
文化祭当日。校舎は装飾で彩られ、普段とはまるで別の世界のような賑わいを見せていた。
陽翔は朝から、教室で模擬店の準備を手伝いながらも、ある一点だけを気にしていた。
(ステージ、あと一時間か……)
由愛が軽音部のサポートで出演する時間が近づいている。
そんな陽翔の様子に、クラスメイトの一人が笑いながら声をかけた。
「陽翔、お前ソワソワしすぎ。デート前の彼氏かよ」
「うるさい。べ、別に……」
「……顔、真っ赤なんだけど?」
陽翔はそっぽを向きつつも、どうしようもないくらい胸が高鳴っていた。
そして——いよいよ開演時間。
講堂に入ると、陽翔は早めに取っておいた最前列の席に座る。周りは生徒や保護者でごった返しているが、陽翔の視線はステージだけに向いていた。
やがて、照明が落ち、音楽が流れ始める。
スポットライトの中、由愛が現れた。
ギターを肩にかけた由愛は、白のブラウスに黒のミニスカートという衣装。髪をサイドでまとめ、普段より少しだけ大人っぽい雰囲気をまとっていた。
(……やば)
陽翔は息を飲む。
可愛いとか、綺麗とか、そんな言葉じゃ足りない。胸がギュッと締めつけられるほど、彼女が眩しかった。
演奏が始まると、由愛は緊張しながらも一生懸命に指を動かし、リズムを刻んでいく。
そして、ふと、ステージ上の彼女と目が合った。
その瞬間——由愛の表情がふっと和らいだ。
笑った。
たったそれだけで、陽翔は胸がいっぱいになった。
(……ほんと、好きだ)
曲が終わると、拍手が一斉に沸き起こった。
陽翔も誰より早く、誰より大きな拍手を送る。
演奏を終えて楽屋に戻る由愛を、講堂の裏で陽翔は待っていた。
そして、扉が開き、彼女が現れると——
「……どうだった?」
由愛が、少しだけ照れくさそうに聞く。
「最高だった。マジで、惚れ直した」
「……えっ」
思わず口にした陽翔の言葉に、由愛は目をぱちぱちと瞬かせ——そして、頬を染めて小さく笑った。
「ふふ……嬉しい」
自然と、二人は手をつなぐ。
人目なんて、もうどうでもいい。
今日の由愛は、世界でいちばん輝いていた——陽翔には、そう見えた。




