91.文化祭前日、君といる教室
91.文化祭前日、君といる教室
文化祭前日の放課後、教室は慌ただしい空気に包まれていた。
机は端に寄せられ、装飾の仕上げや準備物の確認にクラスメイトたちが右往左往している。
「こっちの段ボール、もう廊下に出しといていいぞー!」
「照明のコード、誰かチェックお願いー!」
そんな喧騒の中、陽翔は少し離れたところでスケッチブックをめくっていた。ポスターや案内板に貼るイラストの仕上げ中だった。
「陽翔くん、これ……ここに貼っていいと思う?」
ふと声をかけてきたのは、もちろん由愛だった。彼女はクラスの正面ボードを指さしている。
「いいんじゃね? そこ、みんな目に入りやすいし」
「だよね。ありがと」
作業中にも関わらず、由愛はいつもと変わらぬ落ち着いた笑顔を見せてくれる。
けれど——陽翔は知っていた。
(ほんとは、緊張してるんだろうな)
由愛は文化祭で、軽音部の手伝いとしてステージに立つ予定だ。
ギターの経験は少ないけれど、「やってみたい」と言ったときの彼女の目は、本当にキラキラしていた。
だからこそ、陽翔は応援したいと思った。
——そんな時。
「橘さん、明日ステージ頑張ってね!」
別の女子がにこやかに声をかける。
「ありがとう。ちょっと緊張してるけど、頑張るよ」
由愛は柔らかく微笑んだあと、ちらりと陽翔の方を見る。そして、目が合うと少し照れたように笑った。
「……陽翔くん、明日、見に来てくれる?」
「え、あたりまえだろ。むしろ最前列で見てるわ」
「そっか。……じゃあ、変なとこ見せられないなあ」
そう言って、由愛は顔を少し赤くした。
陽翔も、頬をかきながら目を逸らす。
「……楽しみにしてる」
「うん。私も、陽翔くんに見てもらえるの、ちょっと楽しみ」
喧騒の中で交わされた、ささやかな言葉。
でも、二人にとっては——何よりも特別な瞬間だった。




