86.素直になれた日
86.素直になれた日
「……じゃあ、行こっか?」
由愛に袖を引かれた陽翔は、少し驚きつつもうなずいた。
「うん」
廊下を並んで歩く。
周りの視線が少し気になるけれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、「ああ、今、俺たちって、ちゃんと両想いなんだな」っていう、静かな実感が心をあたためてくれる。
「次のテスト、範囲めっちゃ広くない?」と由愛が言えば、
「まあな。でも、まだちょっと時間あるだろ」と陽翔が返す。
そんな何気ない会話でさえ、今はなんだか特別に感じられた。
「陽翔くんって、意外と勉強得意だよね」
「いや、普通だって。むしろ由愛のほうが——」
「じゃあさ、今度……図書室で、一緒に勉強する?」
「え?」
「……その、テスト前とか、教え合えるし。どうかな?」
陽翔は一瞬、由愛の顔を見つめて、それから照れ隠しのように目をそらした。
「……いいよ。由愛となら、集中できそうだし」
「ふふ、ありがと。じゃあ、放課後にでも計画立てようね」
その笑顔が、まぶしい。
不思議なものだ。
ついこの前までは、こんな未来があるなんて想像もしていなかったのに。
今は、どんな未来も——この子と一緒なら、悪くないって思える。
階段の途中、ふと由愛が立ち止まった。
「……ねえ、陽翔くん」
「ん?」
「わたし、たぶんね……最初から陽翔くんのこと、気になってたんだと思う」
「……」
「最初は助けてもらったこととか、変に構わず普通に接してくれたことが、ただ嬉しくて……。でも、どんどん一緒にいる時間が増えて、陽翔くんのいろんな表情を見てるうちに、気づいたの」
「気づいた、って?」
「……気づいたら、好きになってたんだよ?」
陽翔は言葉を失った。
まっすぐな想いを、こんなふうに向けられることなんて、人生で何度あるんだろう。
「……ありがとう」
小さく、けれど確かにそう伝えた。
由愛の目がふっと優しく細くなり、照れたように微笑んだ。
その笑顔に、陽翔はまた少しだけ、好きの気持ちが増えた気がした。
——放課後、二人で図書室に向かう約束をしながら、階段をゆっくりと下りていく。
春の風が、校舎の窓から優しく吹き込んでいた。




