74.屋上での距離
74.屋上での距離
屋上の扉を開けると、柔らかな春の風が吹き抜けた。
陽翔と由愛は、いつものようにフェンス沿いの場所に腰を下ろす。
「いい天気だね」
由愛が空を見上げながら、穏やかに呟く。
「そうだな」
陽翔もつられて同じように空を見上げる。
雲ひとつない青空が、まるで今の二人の関係を映しているようだった。
由愛が鞄から弁当を取り出し、ふと陽翔の方を見た。
「陽翔くん、今日もお弁当?」
「まあな。母さんが作ってくれたやつ」
「ふふ、お母さんの手作りか……いいな」
「ん? 由愛の家は弁当じゃないのか?」
「ううん、うちは朝適当に作るから、だいたいパンとか軽めのものが多いかな」
「なるほどな……」
そんな他愛のない会話をしながら、それぞれの弁当を開く。
しかし——。
ふと気づくと、由愛がじっとこちらを見つめていた。
「……な、なんだよ」
「ねえ、陽翔くん。ちょっと交換しない?」
「え?」
「そっちのおかず、一口食べてみたい」
にこっと笑いながら、由愛が箸を持ってこちらに差し出す。
(……これって……)
以前だったら、何とも思わなかったかもしれない。
でも、今は意識してしまう。
「えっと……じゃあ、そっちのも……」
陽翔も遠慮がちに言うと、由愛は「もちろん」と嬉しそうに自分のパンを半分に割った。
互いに食べ物を交換しながら、ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。
(……なんか、こういうのも悪くないな)
風に乗って、由愛の髪がふわりと揺れる。
その横顔を見つめながら、陽翔は胸の奥がくすぐったくなるのを感じていた。




