68.覚悟の一歩
68.覚悟の一歩
陽翔はマンションのエントランスに向かって歩き出した。
足取りは自然と速くなる。
胸の奥がざわつく。
浅倉と由愛が二人で話している——それだけのことなのに、どうしようもなく落ち着かない。
(俺は……こんな気持ち、認めたくないのか?)
由愛が誰かと親しくすることが嫌なんじゃない。
浅倉だから、嫌なんだ。
それが何を意味するのかなんて、もう分かりきっていた。
——けれど、言葉にするには勇気がいる。
エントランスの前に立ち、陽翔はふと足を止めた。
正直、ここまで勢いで来たものの、どうすればいいのか分からない。
呼び出すのか?
でも、何て言う?
「俺も話したい」?
「体調、大丈夫か?」?
そんな言葉で、この気持ちが伝わるわけがない。
スマホを取り出し、由愛の名前を見つめる。
——そして、深く息を吸い込んだ。
(……覚悟を決めろ)
画面をタップし、コール音が鳴る。
——1回。
——2回。
——3回。
『……もしもし? 陽翔くん?』
少し驚いたような、けれど優しい声が聞こえた。
「……今、家にいる?」
『うん……あの、どうして?』
少しの沈黙。
その間に、陽翔は考えをまとめる。
このまま誤魔化しても意味がない。
だから、ストレートに——
「話したいことがある。今、出てこれる?」
携帯を握る手に、少しだけ力がこもる。
由愛は、一瞬だけ言葉を失ったようだった。
そして——
『……うん。ちょっと待ってて』
その返事を聞いた瞬間、陽翔は強く息を吐いた。
(よし……)
数分後、マンションのエントランスから、由愛がゆっくりと姿を現した。
陽翔は、彼女の瞳を真正面から見つめた。
「……由愛」
その瞬間、彼女の表情がふわりと揺れる。
今、言わなければ——きっと後悔する。
陽翔は、静かに口を開いた。




