66.近づく影
66.近づく影
陽翔は足を止めたまま、浅倉の背中を見つめていた。
彼が向かう先に、由愛の家があるのは間違いない。
(……偶然、ってことはないよな)
由愛は体調不良で学校を休んだ。
少なくとも、陽翔にはそう伝えられていた。
けれど、その彼女のもとへ浅倉が向かおうとしている。
それが何を意味するのか——考えたくはなかった。
浅倉は歩くスピードを変えずに進んでいく。
電車を降りてから、まっすぐ迷いなく。
(どうする? ついて行くのか?)
こんなの、ただのストーカーみたいじゃないか。
でも、確かめずにはいられなかった。
陽翔は小さく息を吐き、遠くから気づかれないように距離を保ったまま後を追った。
——数分後。
浅倉はあるマンションの前で立ち止まり、再びスマホを取り出した。
通話を始めるのかと思いきや、彼はそのままエントランスのインターホンを押した。
(……本当に、由愛の家に?)
鼓動が強くなるのを感じながら、陽翔は少し離れた場所から様子をうかがった。
しばらくすると、オートロックの扉が開く音がした。
中から現れたのは——由愛だった。
「……浅倉くん?」
「やあ。突然ごめん」
由愛は驚いた様子だったが、すぐに表情を和らげる。
「ううん、大丈夫。でも……どうして?」
「昨日、あんまり元気なさそうだったから。大丈夫かなって思って」
陽翔の心が、小さくざわつく。
由愛は、そんなことを浅倉に思わせるほど、元気がなかったのか?
「わざわざ来てくれたんだ……ありがとう」
「顔を見て、元気そうなら安心できるからさ」
浅倉の声は柔らかかった。
彼のその穏やかさが、陽翔にはやけに引っかかる。
——浅倉は、由愛のことをどう思っている?
ただのクラスメイトとして? それとも……。
「じゃあ、少し話せる?」
「……うん。ちょっとだけなら」
由愛は一瞬ためらうような仕草を見せたが、やがて頷いた。
そのまま、二人はマンションのエントランスの中へ消えていった。
陽翔は、ただその光景を遠くから見ていることしかできなかった。




