62.交わらない視線
62.交わらない視線
放課後になり、陽翔はゆっくりと鞄を肩にかけた。
(……今日も話せなかったな)
由愛との距離が、少しずつ遠ざかっているような気がする。
廊下ですれ違っても、由愛はどこか他人行儀な態度を取るようになった。
——俺、何かしたか?
何度考えても、明確な理由は思い当たらない。
ただ、昨日の「ごめんね」のメッセージだけが頭に残っていた。
(やっぱり、ちゃんと聞いたほうがいいのか……?)
意を決して、教室を出る。
昇降口へ向かう途中、ふと窓の外に目をやると、校門の近くに由愛の姿を見つけた。
話すなら、今しかない。
少し急ぎ足で向かおうとした——その時。
「橘、帰り道一緒にどう?」
男子の声が聞こえた。
(……え?)
思わず足を止める。
由愛の隣には、同じクラスの男子——浅倉が立っていた。
陽翔は固まったまま、二人のやり取りを見つめる。
「えっと……」
由愛は少しだけ戸惑った表情を見せた。
——断る、よな?
陽翔は、無意識のうちにそう思っていた。
由愛が、誰か他の男と一緒に帰る姿なんて想像できなかった。
けれど。
「……うん、いいよ」
由愛は、静かに頷いた。
(……なんで?)
目の前の光景が、すぐには信じられなかった。
浅倉が笑顔で何か話しかけ、由愛がそれに頷く。
ふたりは並んで歩き出し、そのまま校門を出ていく。
由愛が、一度もこちらを振り返ることはなかった。
胸の奥が、ずしりと重くなる。
(……なんだよ、これ)
もやもやとした感情が、喉の奥に引っかかる。
陽翔は小さく息を吐き、俯いた。
このままじゃダメだ。
由愛が何を考えているのか、ちゃんと知りたい。
でも、どうすればいいのか——分からなかった。




