59.すれ違う想い
59.すれ違う想い
由愛の背中が校舎の向こうへ消えていく。
陽翔はただ、そこに立ち尽くしていた。
(……今、俺……)
あの瞬間、確かに踏み出そうとした。
でも、あと少しのところで言葉にできなかった。
——もし、あのまま告白していたら?
由愛は、どんな表情をしただろう。
嬉しそうに笑ってくれたのか、それとも……
「……考えても仕方ねえか」
ポケットに突っ込んだ手の中で、お揃いのキーホルダーを握りしめる。
(次こそは、ちゃんと伝えよう)
自分にそう言い聞かせ、校舎へと歩き出した。
しかし、この小さな「すれ違い」が——
これから先の二人の関係を、少しずつ変えていくことになるとは、
この時の陽翔はまだ気づいていなかった。
***
その日の夜。
スマホを手にしたまま、陽翔はベッドの上で天井を見つめていた。
(……連絡、しようかな)
いつもなら何気なく送れるはずのメッセージ。
けれど、今日ばかりは指が止まる。
『また……後でね』
由愛の最後の言葉が、何度も頭の中でリピートされる。
(あれって、どういう意味だったんだろう……)
何か続きを話そうとしていたのか、それとも、単なる別れの挨拶だったのか。
「……考えすぎか」
無理にでも普段通りを装おうとして、スマホを操作する。
だが——
メッセージアプリの画面を開いた瞬間、由愛からの未読のメッセージが目に飛び込んできた。
『今日はごめんね』
たったそれだけの短い文。
それなのに、胸の奥が強く締めつけられる。
(何に対しての「ごめん」なんだ?)
聞けば答えてくれるのかもしれない。
でも、今はそれを聞くのが怖かった。
陽翔はしばらくスマホを見つめたあと、静かに画面を閉じた。
(……明日、ちゃんと話そう)
そう決めたはずなのに——
眠れない夜が、長く続いた。




