56.知りたくない答え
56.知りたくない答え
由愛の「好きな人がいるから」という言葉が、頭の中で何度もリピートされる。
(好きな人……いるのか)
それは当然のことのはずなのに、心臓を強く締めつけられるような感覚があった。
由愛は学校一の美人と噂される少女。普段からモテるし、彼女を好きになる男がいても何もおかしくはない。
むしろ、いない方が不思議なくらいだ。
(でも、それなら……誰なんだ?)
胸の奥がざわつく。
知りたいような、知りたくないような。
どんな顔をすればいいのかわからず、陽翔は曖昧に「そうか……」とだけ返した。
由愛は、それ以上何も言わなかった。
静かな沈黙が流れる。
夕日が長い影を作り、二人の間に落ちる。
陽翔は拳を強く握りしめた。自分がパッとしない、特別目立つところもない人間なのは分かっている。
(俺じゃない可能性の方が高い……よな。釣り合うはずがない)
期待したい気持ちもある。
でも、それ以上に「違った時」のことを考えてしまう。
もし今、「好きな人って誰なんだ?」と聞いたとして——
返ってくる名前が自分じゃなかったら。
(……そんなの、耐えられない)
陽翔は息を吐き出し、意識的に表情を整えた。
「……そっか」
「うん」
「そろそろ帰るか」
「うん……」
二人は並んで歩き出す。
いつもの帰り道。
いつもの並び方。
でも——
(さっきの言葉を聞いてから、由愛が遠く感じる)
心の中に、言葉にできない何かが渦巻いていた。




