43.夜に溶ける声
43.夜に溶ける声
「……なんかね、たまに、こういう気持ちになるの」
由愛の声は、静かな夜の空気に溶けるように響いた。
「こういう気持ちって……?」
「うーん、なんて言うのかな……。ちょっとだけ、寂しいっていうか」
「……寂しい?」
「うん。でも、理由とかは自分でもよくわかんないんだよね」
スマホ越しに伝わる、少し曖昧な笑い声。
——寂しいのに、理由がわからない?
陽翔は、自分の胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
「……そんなとき、いつも誰かに電話してるのか?」
「ううん、そんなことしないよ。今日が初めて」
「……初めて?」
「うん。だから、藤崎くんには特別に貴重な経験をさせてあげます」
「……お前な」
由愛の冗談めいた言い方に、思わず力が抜ける。
でも、確かに彼女の声は少しだけ安心したように聞こえた。
「じゃあさ、俺がこのまま話してたら、寂しくなくなるのか?」
「……ふふ、どうだろうね?」
「適当だな」
「そういう藤崎くんは?」
「……俺?」
「今、どんな気持ち?」
夜の静寂の中で、その質問は不意に落ちてきた。
どんな気持ちか——。
言葉にしようとしたけれど、うまくまとまらない。
ただ、わかるのはひとつ。
(今、俺は……)
「……たぶん、橘の声を聞いて、少し安心してる」
正直な気持ちが、するりと口からこぼれた。
電話の向こう側で、一瞬の沈黙。
それから——。
「……そっか」
由愛の声が、どこか柔らかくなった気がした。
「なんかね、今の藤崎くんの言葉、すごく嬉しい」
「……そ、そうか?」
「うん。だから、もう少しだけ……このまま話してていい?」
「……ああ」
気づけば、陽翔の心も静かに落ち着いていた。
スマホ越しの声が、心の奥に優しく響く。
(……お前のこと、もっと知りたい)
そんな想いを抱きながら、夜は静かに更けていった——。




